18 最凶剣伝授
赤剣老主が消えてから僕は夜の街を走り、自宅に戻った。
鍵がかかっている扉を叩く。
「誰だ?」
スネイルの声だ。どうやらクレアと一緒に居てくれたらしい。
「僕だ!」
「ジンか!」
鍵が開いた扉に転がり込んで息を切らす僕にクレアが走り寄る。
スネイルとイアンもいた。
「胸を怪我してるじゃない!」
赤剣老主にやられた胸の傷から血が流れていた。
「大丈夫だ。それよりも先輩達が殺された」
「先輩達が殺された!? 先輩達っていい加減な卒業課題を出した人達よね?」
「そうだ」
「一体誰に?」
赤剣老主と答えても心配されるだけだろう。
「今は説明している時間がない。このままだと最悪僕が犯人にされてしまう。イアン」
「な、なに?」
「イアンはもう見習い騎士として正式に騎士団に入ってるだろ? こんな時間だけどマチルダ先生に取り次げないか?」
マチルダ先生は騎士として王都防衛騎士団に所属している。騎士団の任務としてマチルダ先生は軍学校で教鞭を取っているのだ。
イアンなら取り次げるかもしれない。
「ダメかもしれないけどやってみるよ。何か大変な事態みたいだしね」
イアンは快く頼みを聞いてくれた。
「サンキュー! というわけで俺とイアンはまた騎士団の営所に出かけてくる。スネイルは悪いけど僕が帰ってくるまでクレアと居てくれないか?」
「わかった!」
僕は破けた上着だけ着替えてまた玄関に向かう。
「気をつけてね。ジン」
「ああ、行ってくるよ。クレア」
貸家からまた出て、夜の街を小走りで騎士団の営所に向かう。
「で、一体誰がその先輩達を殺したの?」
クレアの前では言わなかったが、イアンにならいいだろう。
「赤剣老主だ」
「せ、赤剣老主? 剣伝録に出てくる大悪人の?」
「ああ、今回の件は赤風教が絡んでるんだ。赤剣老主は関係ないみたいなんだけど」
「ま、まさかオスカーにそんな力があるの?」
「いやオスカーは関係ないし、狙われたのは俺じゃない。ケイだ」
「ケイってジンの学友の?」
「そうだ」
「なんで?」
「突拍子のない話なんだけどケイはフランドル王室の関係者らしいんだ」
「えええええ!?」
「とにかく急ごう!」
そう。僕がマチルダ先生に会うのは濡れ衣を着せられないようにするということもあったが、それよりもケイを守るという目的があった。
赤剣老主はケイを殺すつもりはなかったので赤風教が本気になることもないとも思うけど、ケイを邪魔だと思っている誰かが王室にいるから殺されそうになっているのだ。
ひょっとしたら黒衣の男はケイの暗殺依頼を受けたのかもしれない。
騎士団の営所につく。
真夜中に女騎士の寮に上げろと行っても守衛は中々首を縦に振らなかったが、イアンが
「正式な見習い騎士のイアンです! 赤風教による殺人事件が起きたんだ。対策が遅れたらアナタの責任になりますよ!」
と脅すと通してくれた。
守衛にマチルダ先生の私室の前まで案内してもらう。
「先生! マチルダ先生!」
ガチャと部屋の扉が開く。
「誰ですか? こんな遅くに……ジンくん」
「せ、先生……夜分遅くすいません」
マチルダ先生は少し透き通るネグリジェを着ていた。
ついそっちの方に目が行ってしまう。
薄着の下は白い下着で均整のとれた身体に女性の脂肪が乗っているのがよくわかった。
「きゃっ! も、もう! 女生徒か女騎士の方だと思ったのにっ! なんなんですかっ!」
「す、すいません! でも殺人事件が起きたんです! 犯人は赤剣老主で、スラムには死体が転がっています!」
「赤剣老主ですって? 本当なの?」
「はい。これを見てください。奴につけられたんです」
左胸を見せる。
「赤華紋!」
マチルダ先生は剣をとって廊下に出た。
「急いでロイド兄さんに知らせなくては! ジンくんも来て!」
先生はネグリジェの上から腰に鞘に収まった剣を着けた。
「せ、先生。その格好で行くんですか?」
「え? も、もうっ! ちょっと待ってて」
しばらく待っていると鎧具足を纏って女騎士になったマチルダ先生が部屋から出てきた。
騎士団の高級将校の宿泊施設に移動しながらマチルダ先生に剣聖ロイドとの関係を聞いた。
「ロイド兄さんって剣聖ロイドですか? 兄妹だったんですか?」
「いえ。究源流の兄弟子って意味よ。ほとんど師匠だけれどね」
「なるほど」
剣伝録によれば、赤剣老主とロイドは互角とされている。
さらに王都防衛騎士団長でもある。
そのような人物がこの状況下で助けてくれるのは非常に心強い。
マチルダ先生に助けを求めれば、ひょっとしたらと思っていた。
なぜなら赤剣老主や赤風教には並の人物では対抗できないからだ。
「じゃあ私が話してくるからジンくんとイアンくんはここで待ってて」
「はい」
高級将校の宿泊施設前でしばらく待たされる。
すぐにマチルダ先生が十人ほどの男を連れて出てきた。
ロイドはすぐにわかった。銀髪の長髪をオールバックで固めていた。左眉の上には大きな刀傷がある。
「ジン……くんでいいのか。すぐに現場まで案内してくれ」
「はい」
赤剣老主ほどではないが、剣気を出していなくても圧力を感じる。
ロイドの他にも【弓戦闘・極】の四段階目『魔弾オットー』、【槍戦闘・極】の三段階目『ライトニングスピアのパーシヴァル』らしき人物もいた。
それだけ赤風教を警戒しているということだろう。
「こっちです」
例の路地裏に辿り着く。
ロイドをはじめとする騎士達が死体を検分し始めた。
ロイドは時折、僕に状況を確認してきる。
「赤剣老主は黒衣の男を部下と言ったんだな?」
「はい」
「何故殺した?」
「多分そんなに意味はないんだと思います。僕に不覚をとったからと言っていましたが」
「その……ケイくん。だったかな? その彼が王室落胤というのは何か証拠が?」
「いえ。特には。赤剣老主がそう言っていただけで」
「そうか。嘘かもしれんな」
「嘘?」
「我々を惑わす策だよ」
「策? そんなことしますかね?」
「するだろう。奴は狡猾だ」
赤剣老主は頭も良さそうだったが、そのような策を弄する人物には思えなかった。
◇◆◇◆◇
長い現場検証が終わって僕は団長執務室にマチルダ先生と呼び出された。
団長執務室に入ると厳しい顔のロイドがいた。
「ジンくんだったな。まずは色々ご苦労だった」
「いえ。夜分遅くにこちらこそありがとうございます」
「マチルダも」
「いえお兄様も」
挨拶が終わるとロイドはため息を吐いた。
「今回の殺人事件は確かに赤風教が関わっている。被害者の傷、黒衣の男の剣、いずれも赤風教の存在を示している。しかし……だ」
何故かロイドが僕の顔を見る。
「赤剣老主がいたというのは本当か?」
「ええ? 赤剣老主がそう名乗りましたよ」
「本物かどうかわからない。偽物が赤剣老主を名乗っていただけかも。凶悪な犯行を擦り付けるには最適な人物だ。それとも君は以前から赤剣老主知っていたのか?」
以前から赤剣老主を知っていたかと言われれば、剣伝録に書かれていることや噂の域を出ない武勇伝しかしらない。
「知りませんでしたが」
だが、あんな人物が赤剣老主以外にいるとはとても思えない。
「他にも可能性はある。君が赤風教の幹部で実は犯人とか?」
「なっ!? どうしてどうなるんですか?」
「見たところ君は相当に強いようだ。だがゼロ能力者のようだね。赤剣老主は強ければ差別はないのでゼロ能力者や亜人の教徒も多いと聞いている」
現場検証をしていた時にステータスプレートを見せるように要求された。嫌な予感はしたが、的中してしまった。
赤風教のがマシに思えてくるとマチルダ先生が庇ってくれた。
「ジンくんが赤風教徒だなんてあり得ません!」
ロイドは手でマチルダを制した。
「俺はあくまで可能性の話をしている。疑っているわけではないのだが……赤華紋こそ赤風教幹部の証左なのだ。端的に聞くぞ! 赤華紋は本当に今日、無理やり刻まれたのか?」
事実なのに……。
しかし、赤剣老主のあの異常な行動を本当だと信じて貰うのは、確かに難しいかもしれない。
マチルダ先生が急に明るい声を出した。
「兄さん! ジンくんの左胸なら私はつい最近も見ています。赤華紋なんてありませんでした!」
そう言えば、マチルダ先生の厳しい課外授業で、何回か上半身が傷だらけになって服が破れてしまったことがあった。
「なんだと!? まさかお前、この少年と肌を重ねたのか?」
「ち、違いますよ! もう兄さんはなにを言ってるのっ!? 剣の訓練ですっ!」
一瞬ロイドが僕に激昂した。もの凄い圧力だった。
「本当か? ならなぜコイツを庇う?」
どうしてそういう発想になる。
「生徒なら当たり前でしょう!」
「と、ともかくだ。赤剣老主が現れた話は百歩譲って信じても良いが、そのケイとかいう学生が王室の落胤という話は間違いましたではすまない。なんの証拠もないのだ」
確かにそうだ。それはそもそも赤剣老主の推測なのだ。
だが赤剣老主が間違えるだろうか。間違えるとは思えなかった。
「この件は私が預かる。他言も無用だ」
僕は団長執務室を出て、騎士団の役場も出た。
とりあえず帰宅するために星の下を歩く。
マチルダ先生に助けてもらって辛うじて殺人事件の犯人にされたのは防いだが、ケイを陰謀から守る手段は全く得られなかった。
ロイドはもしも……ということを考えないのだろうか。
確かに証拠はない。証拠がなければループして交渉してもロイドを説得することは難しそうだ。
それにロイドが僕の意見を聞かないのは他の理由もありそうだった。
僕が考えながら歩いていると後ろからガチャガチャと鎧を鳴らす音が近づいてきた。
「マチルダ先生」
「ジンくん。先生、兄さんがあんなに頭固いとは思わなかったよ。喧嘩して出て来ちゃった」
先生の天真爛漫さ。それがロイドに僕の話を信用して貰えない理由の一つになっている気もしないでもない。
先生はロイドを兄と思っていてもロイドのほうは妹と見てないのでは。
「ごめんね……」
「いえ、先生がいなかったらケイの話を信じてもらえないどころか犯人に仕立て上げられていたかも」
「そっか。ところでジンくん。ちょっと剣を構えて振ってみてくれないかな」
「いいですけど」
急だが、剣のことでも世話になっている先生の申し出だ。断る理由はない。
剣を構えて振ってみる。
「そ、そんな。凄い」
「え?」
「今は技能レベルをチェックするアイテムを持ってないから正確なことはわからないけど、ジンくんは【剣戦闘・極】の一段階目までは確実に来ているよ」
「本当ですか!?」
「うん。それどころか奥義を開眼すれば私と同じ二段階目になるよ……こんな成長が早い子見たことないよ……なんだか嫉妬しちゃうなあ」
おそらく赤風教徒との死闘や赤剣老主が見せた数々の技の一端が僕を飛躍的に成長させたのだ。
「嫉妬ですか……」
「ううん。嫉妬なんて嘘嘘。教え子が私と同じぐらい強くなってくれるなんて嬉しいよ。そうだ!」
「そうだ?」
「ジンくんが究源流に正式に入門して、私から究源流の奥義を伝授されれば良いんだよ。そうすれば兄さんの弟子にもなるわけだから話もきっと聞いてくれるよ!」
今までの僕なら正統派と言われる究源流の奥義を授かるのは魅力的に感じただろう。
そしてマチルダ先生から奥義を伝授してもらうことも可能かもしれない。
ロイドやステータスプレートで偏見を持つ流派の剣は今の僕には少し色あせていた。
何よりあの剣を見た今となっては究源流よりも先に習得したい思う。
陰謀からケイを守らないといけないし、何より僕には魔族との戦いに終止符を討つという大きな夢もある。
「先生、ありがたいお話なんですが、僕には先に学びたい剣があるんです」
「え?」
【フランシス王国王都、路地裏入り口。ロードしました】
僕は剣を振り上げ、無心で赤剣老主に斬り下ろす。
「加減をしているとはいえ、ワシの剣気を受けて歯向かえる精神力とはな。見事じゃっ!」
赤剣老主は振り下ろす僕の剣を川を流れる水のように躱した。
その瞬間、僕の左胸の服がはじけ飛び血の華が咲いた。
僕を駆け抜けた赤剣老主は抜いた剣すら見せなかった。
――これだ! この動きと剣だ!
「ふはははは。もしお前がワシにただ尻尾を振っていたら殺していたぞ」
仰向けに地面に倒れていた僕は自分の胸を見る。
「それぞ我が赤風教団幹部の証。赤華紋」
「ろ、老主……」
「うん?」
「教義には従えませんが、赤華紋が刻まれたということは僕も赤風の奥義を学ぶ資格があるのですか?」
「ふふふふふははははははーっはっは!」
赤剣老主が大笑いする。
「お前のような奴は初めてじゃ! コウロウ山の赤風教本部に来るが良い! 高弟がお前に奥義を伝えようぞ!」
「老主から奥義を教えてほしい!」
「高弟が教えると言ってるじゃろうに。何故ワシから?」
「王室の陰謀や老主の考えを知らない赤風教徒が友人のケイを殺そうとするなら僕が守る。そのための力が今欲しいんです。コウロウ山に行ったら間に合わない」
「……うーむ。動機がのう。守るではなく殺すとかならワシの好みなんじゃが」
赤剣老主が目をつぶって白い顎髭を触った。
「それに誰よりも強くなりたい。剣聖ロイドと会ったけど老主より強いとは思えなかった」
「ふはははは! 当たり前じゃ! 良いだろう! 赤風教四代目教祖であるこのワシが自ら赤風の奥義を手ほどきしてやろうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、赤風の剣の要訣とお前に向いている奥義を見せるだけだ。後は自分で学べ。再び会った時に進歩が無くても不覚悟と見て殺す」
望むところだ。
僕には【セーブ&ロード】がある。
赤剣老主! お前の技、必ず奪ってみせる!




