16 最凶現る
「出てこいよ。出てこないなら俺のほうからそっちに行こうか?」
目の前の男はただ単純に強いということだけではない。
話し方、態度、先輩達の殺し方。
それらすべてに危険を感じる。
だが僕はそう思いながらも簡単に建物の角から身を出してしまった。
「……」
「へぇ。堂々とね。お前、自分が死地にいるってわかってるか?」
どうも驚くべきことに自分は目の前の男と戦いたいらしい。
確かにこの男の魔手を無事に切り抜けるには【セーブ&ロード】の力が必要だ。
そもそもいつも朝にクレアの顔を見ながら慎重に【セーブ】しているのだ。
【ロード】してそこまで戻ったってよかったのだ。
けれど僕はそのことを考えながら【セーブ】してしまった。
「死地にいるか。本当にそうかな?」
「普通、お前ぐらいの手練になれば、相手の実力と自分の実力がわかるものだがな」
確かに目の前の男は自分はよりも上だ。
けれどマチルダ先生ほどではない。
とするならば、この男は【剣戦闘・極】の一段回目だろう。
「案外、僕のほうが強いかもしれないぜ?」
「あまり面白くない冗談だな」
「こっちもあまり面白くない。いくらダメな先輩とはいえ問答無用にバラバラにするとはな」
「お前が面白くなければなんだというのだ!」
男は片手にランプを持ちながら斬りかかってきた。
――ギャンッ
激昂しているとはいえ、やはり油断しているのだ。
夜のスラムに剣と剣がぶつかり合う音が響き渡る。
――ギャンッギャンッ
こちらは最初から完全に防御に徹している。なんとか受けることができた。
「ほう。やるなと言いたいとこだが、そこまで防御一辺倒では受けることはできても反撃すらできまい」
やはり油断を続けている。
こちらはどうか。全身全霊、瞬きすることも儘ならない。
何故なら今僕が戦っている相手は真剣を使っているのだ。
オスカーの時は木剣だった。マチルダ先生は僕を殺す気なんてない。
頭のイカれた、剣の鬼が殺す気で僕に斬りかかってきている。
――ギャンギャンギャンッ
「ほれほれっ。さっきの減らず口はどうした?」
「こ、これでいいんだ……」
――ギャンッ
黒衣の男が鍔迫り合いの形勢をとる。
僕はついニヤリと笑ってしまう。
こちらは鍔迫り合いに持ち込むだけで全力だ。
それを感じ取れる黒衣の男は剣に力を込め直す。僕はそれだけで後ろに吹っ飛んで裏路地を転がることになった。
「弱い奴が笑うな。ここで殺されるんだぞ。命乞いをしてみろっ!」
コイツはわかっていない。
鍔迫り合いに持ち込むこと自体が数合前の僕には不可能なのだ。
マチルダ先生の修行が花開いたのか、あるいは死を感じさせる凶刃が五感を研ぎすまさせるのか、僕は今猛烈に強くなり続けている。
そして驚くべきことに僕はまだ【ロード】を一度も使っていない。
「まあ良い。くだらんっ! 命乞いもさせんっ! 死ね!」
黒衣の男はランプを石畳に叩きつけた。
剣は片手持ちだが、ランプを片手に斬りつけてきた時とは比べ物にならないスピードだ。
ランプの油が燃え尽きる前に僕を斬れると踏んでいるんだろう。
そして……それは正解だった。
――ザシュッ
今までのような剣と剣がぶつかる金属音ではない。肉を斬る軽い音がした。
同時に僕の左腕から燃えるような熱い痛みが伝わってくる。
「ぐわああああああああああああ」
「ふふん。口ほどにもない。隙だらけだったぞ」
黒衣の男が笑ったのと僕の身体から離れた左腕が赤を撒き散らせながら風車のように回転して石畳に落ちたのは同時だった。
黒衣の男は僕の苦しむさまを見てまた余裕のある顔をする。殺気も小さくした。
一言ぐらいは言える余裕があるようだ。
「隙だらけだったのは左腕だけだったんじゃないのか?」
「なに?」
「首も頭も心臓も狙える隙はなかったはずだ」
「お前は本当にっ! 口だけはっ!」
図星を突かれた男が激昂する。
こっちは激昂じゃすまないんだぞ。
【フランシス王国王都、路地裏入り口。ロードしました】
「あ、もういたんですか?」
「例の依頼は終わらせてきましたよ。アリの生息地にガキどもを案内しました」
数十秒後にはバラバラになる哀れな先輩の声がまた聞こえてきた。
しかしそんなことに今は構っている余裕はない。
脂汗ベットリの顔を拭いながら左手を握ったり広げたりした。
「……よし。繋がってる!」
左手の具合を確認すると、ちょうど悲劇が起きていた頃だった。
心のなかでも思う。
すいません。でも俺が朝にロードするよりマシでしょう。
僕らを殺そうとした先輩だけど後何度かバラバラにされたらなんとか救って見せますよ。
「出てこいよ。出てこないなら俺のほうからそっちに行こうか?」
再びヤツの前に出る。
「へぇ。お前がクズどもつけてる時に値踏みしたんだが、思ったよりも強そうだな。もちろん俺ほどではないが」
「余裕なのもいまのうちだけかもしれないぜ?」
「抜かせっ!」
やはりまだ黒衣の男はランプを持ったまま攻撃してきた。
――ザッ
だが剣を合わせずに初太刀を躱すことができた。
もちろん初太刀がどんな斬撃をしてくるかはわかっていたが、物凄い上達だった。
――ギャンッギャンッ
さすがに二太刀、三太刀めは躱された男が本気を出してきたのか躱すことはできない。
受け太刀で対処する。
だが見える。【ロード】前より明らかに見える。
―――ギャッギャッギャンッ
最後の剣撃の音は黒衣の男の斬撃ではない。
僕の反撃を黒衣の男が防いだものだ。
「調子にのるなあああああああああ!」
来るっ!
――ザシュッ
黒衣の男はやはりランプを投げ捨てて全力の斬撃をしてきた。
もちろん左腕に……。
【フランシス王国王都、路地裏入り口。ロードしました】
「はぁっはぁっ……あの痛み。長くは受けたくないしな。速攻ロードしてやったぜ」
斬撃を受ける前にロードしてもいいかもしれない。
特に先輩を助ける前はその必要があるだろう。
【フランシス王国王都、路地裏入り口。ロードしました】【フランシス王国王都、路地裏入り口。ロードしました】【フランシス王国王都、路地裏入り口。ロードしました】【フランシス王国王都、路地裏入り口。ロードしました】【フランシス王国王都、路地裏入り口。ロードしました】【フランシス王国王都、路地裏入り口。ロードしました】
そして……その時は訪れた。
「お前……クズどもをつけていた時は力を隠していたな!」
「そういうわけでもないんだけどな」
黒衣の男がランプを捨てて渾身の斬撃を放つ。
―――ギャンッ
僕はそれすらも見切って正面から鍔迫り合いに持ち込めた。
良し! コイツの斬撃は見切った! 次こそ!
「ロード!」
【フランシス王国王都、路地裏入り口。ロードしました】
「あ、もういたんですか?」
「例の依頼してきましたよ。アリの生息地にガキどもを案内しました」
僕は有無を言わず、剣を抜きながら路地裏に躍り出た。
だが先輩達は気づかない。
気づいたのは黒衣の男のみだ。
―――ギャンッ
黒衣の男は慌てて剣を抜き、僕の剣を受けた。
片手にランプ、片手に剣だ。
そしてお互いにお互いを剣で弾いた。
「驚いたぞ! 小僧! まさかこんな思い切りの良い攻撃をしてくるとはな」
「ダメな先輩でも斬らせたくなかったんだ」
「ほう。なるほど。甘いことを言うくせにできるみたいだな。見誤ったようだ」
悪いね。アンタは間違ってないよ。
黒衣の男は最初からランプを捨てた。
――ザシュッ
「ぐわああああああああああああ」
腕が赤を撒き散らせながら風車のように回転して石畳に落ちた。
――カランカランッ
もちろんその腕は黒衣の男の腕で剣を持っていた腕だった。
さきほどの斬撃はもうループで嫌というほど見ていたのだった。
黒衣の男は完全に戦闘能力を失っていた。
先輩達は腰を抜かして座り込んでいる。
「さあ。話してもらいますよ」
「な、なにを?」
「一体先輩方はこの男になにを依頼されたんですか?」
先輩の鼻先で僕の剣が赤い雫を滴らせる。
「お、俺達はケイとかいう奴をアリの棲家に連れて行っただけで……」
「なんだって? 僕じゃなくてケイ? どういうことですか?」
「し、知らねえよ。そいつに聞け」
一体どういうことだろうか?
右手を押さえて僕を睨む男を見る。
脅したぐらいで喋るような男とも思えなかった。
―――パチパチパチパチ。お見事お見事。
その時、遠くから街中に響くように拍手の音が鳴る。
え? と思った瞬間、いや気がついた時には、先輩達と黒衣の男は首から噴水のように血を吹き出させていた。
「老主……様……」
黒衣の男が目を見開いて断末魔の言葉を発した先には剣を赤で染め上げた老人がいた。
いつの間に? いや、なんだ、コイツは!?
マチルダ先生も強いと思ったけどそんな次元じゃない。
足が震えて、いや足の感覚さえなかった。
自分が立てているのかどうかすらわからない。
「せ、赤剣老主……」
考えて発した言葉ではなかった。
だが無意識の言葉が、それ以外にない宇宙の真理のごとく正解だとわかってしまう。
「ふはははは。いかにもワシが、赤剣老主じゃ。少年の戦いを見ていた。中々楽しませてもらったぞ」
僕は【セーブ&ロード】を持っていることすら忘れてしまった。
いや、それを持っていたとしても無意味であることが直感でわかっていたのかしれない。




