10 新しい生活
僕の木剣が対戦者の手首を打つ。
「ぐわっ」
痛みに耐えかねて木槍を落とす。
彼が木槍を拾い上げようと身をかがめた首筋に木剣をそっと添えた。
「降参してください」
「わ、わかった降参する」
その瞬間、軍学校のマチルダ先生が僕の勝利を宣言した。
「それまで! 秋の武術大会、優勝者はハーゴ村のジン!!!」
これで王都騎士団に入るための軍学校に通えることになる。
武術大会には本人がいうようにオスカー以上に強い参加者はいなかった。
だから強くなった僕は【セーブ&ロード】すら一度も使う必要がなかった。
あの戦いはまだかなりのトラウマになっているので、正直ホッとしている。
「オオオオオオオォォ!」
「あのゼロ能力者マジで無傷の優勝をしやがった!」
「結構カッコイイかも……」
僕の勝利に歓声があがる。
オスカーとの戦いの観客は軍学校の生徒しかいなかったが、武術大会は王都の市民も見学に来ている。
中には騎士団への入団を夢見ながら、あまり強いスキルが得れなかった市民やゼロ能力者と蔑まれている者もいただろう。
好意的な応援も多かった。
「おいおい! 先に追い抜かれちゃったぜ!」
「やったね! ジン! 僕もまだ学校に入ったばっかりだから同じクラスになるかも!」
校庭に作られた仮設の闘技場から降りるとスネイルとイアンがすぐに駆け寄ってきた。
「スネイル、イアン。ありがとう」
スネイルはなんだかんだ要領がいいから【全鑑定・上】スキルの評価もあるし、問題なく入学試験に合格するだろう
三人で王都騎士団に入れるだろうことを喜びあっているとスネイルが言った。
「あれ? クレアさんは何処行ったんだ? さっきまで俺達とお前を応援してたのに!」
イアンも首をかしげる。
「そうだね。準決勝までジンが勝っている姿を見て喜んでたのに」
二人が観客の中にクレアの姿を探そうとする。
多分……いない。
「宿に戻ったんじゃないかな?」
二人が顔を見合わせた後にスネイルが僕に言った。
なんで帰るんだ?
「いや実は……ちょっと気まずい雰囲気になっていて」
◆◆◆
気まずい雰囲気と言っても喧嘩をしているわけではない。
オスカー戦の後、僕はクレアと安宿に入ってベッドに倒れ込んでしまった。
致命傷に近いダメージを何度も受けた記憶が僕の精神を限界まで消耗させたらしい。
何十時間も寝てしまった。
そこまではいい。けどなんだか気持ち良いものを感じてふと起きるとクレアの口唇が僕の口に触れるか触れないかという距離だった。
彼女は僕が起きたことに気がづいて慌てて離れた。
それからというものクレアとはほとんど話せていないのだ……。
でも僕はクレアに話さないといけないことがあるのだ。
「ただいま」
「あ、おかえり」
安宿の部屋に戻るとやはりクレアはいた。
あの日、クレアは消耗した僕を運ぶようにこの宿まで連れてきてくれた。
それから三日間、ここに住んでいるけど、座る場所はベッドしかなく、しかも一つしか無い。
クレアが借りた部屋はツインルームではなかった。
端と端に背中合わせで座る。寝る時も僕らはそんな感じだ。
おやすみぐらいはいうが無言。
「優勝したよ」
「知ってる。おめでと」
「うん」
「夢……叶うね……」
「かな」
僕がクレアに話さないといけないことはこの安宿のこともあった。
実は軍学校に入学すると多くは無料ということもあって寮に入る。
王都に自分の家を持つ小金持ちの子弟だったり、屋敷を持つ貴族の子弟はそこから通うこともあるが、基本的には寮ぐらしだ。
妻帯の学生もいるが、もちろん寮には妻を置けない。妻でもない女性なら尚更だろう。
そこで僕はクレアのことを真剣に考えて一つの答えを出した。
「僕さ。クレアのおかげって言うかルーレットでお金もあるから王都に家を借りようと思ってるんだ」
「え?」
「そこから通うから、今みたいにクレアも一緒に住まない?」
クレアが目を丸くして驚いてから、顔を下に向ける。
「ホント?」
「うん」
目から光るものが零れている。
「私、ジンも居なくなっちゃうだろうし田舎に帰ろうかと……」
「なんとなく、そんなこと考えてたんじゃないかなあと思ってたよ。ギャンブラーが他人に考えを読まれるようじゃ終わりだよ」
「もうっ!」
ベッドに押し倒された。
くっついてしばらく微睡む。
目を覚ますとクレアのやや切れ長の瞳が目の前にあった。
二人で少し笑い合う。
「私はサンパタ村の出身なの」
「サンパタ! ひょっとして!」
「うん。ジンのご両親と同じ。私はお父さんだけだったけどね」
クレアが自分のことを語りはじめた。
サンパタは村と言っても交易の要所で穀倉地帯でもあるので、そこそこ発展していた。
村は魔族領やエルフ国に比較的近く、やはり8年ぐらい前に魔族とモンスターの侵攻を受けている。
僕の両親と同じということはその時に父親を失ったということだろう。
「ウチはまだ幼い妹と弟がいたのに母子家庭になったの」
一気に生活は厳しくなっただろう。
「私は16になっていたからスキルの神殿で良いスキルを貰って自活すればお母さんに迷惑をかけないで済むかなと……ひょっとしたら戦闘系スキルで騎士団に入れるかなって」
クレアがベッドのなかで剣を構えるふりをして笑う。
僕もつられて笑った。
「けど……実際に手に入ったのは【ギャンブル・極】だったんだ~サンパタの村の酒場でたまに交易商の人にバイトでカードを配ってたからかな」
「あ~あ。かわいそ交易商の人」
「え?」
「交易商の稼ぎを根こそぎやったんだろ?」
「もうっ! 村では配ってただけで賭けには参加はしてなかったの!」
きっと普通の女の子、いや、美人のクレアは村のアイドルとして育ったんだろう。
でも魔物が村を襲ってからは王都に来て一人で生きてきたのだ。
「はじめて会ったときから直感でジンのことは可愛いし好きだなとも思ってたけど……オスカーと戦うまでは本気の本気じゃなかったと思う」
直感か。クレアらしい。
「だからどんなことでも気軽にできたんだけど、あの時から私の頭のなかがジンで一杯になちゃって。素っ気なくしちゃったり、田舎に逃げようとしたり……ごめんなさい」
「でもなんでだよ。オスカーとの戦いなんか余裕だっただろ? 今日の大会と同じだよ」
僕とオスカーの決闘はクレアからしてみれば、余裕の勝利だったハズだ。
それに彼女はあまり剣のことには詳しくない。
「ジンが騎士団に入団したいから決闘したって言っても私がけしかけたみたいになっちゃったし……それで何度も心のなかで謝ったの……」
「なんでだよ。俺はオスカーと戦いたかったし助かったよ」
実際クレアのおかげで良い結果になった。凄く感謝している。
「わかんないよ。わかんないけどっ! ジンだったら何度でも……何度でも……何度でも……私のことを絶対に助けてくれるって……そう思ったの……」
泣くクレアの頭を優しく撫でる。
あの時も思ったけどループの記憶がひょっとして僅かにクレアに。
まさかとは思う。でも僕は奇跡を信じはじめていた。
「立派な団員になるから一緒に住もうよ」
「うん……うん……ありがとうね」
クレアは笑顔になって目端の涙を綺麗な指先でぬぐった。
「ところでジン。ルーレットの報酬をまだ貰ってくれてないよね。私のはじめて……」
「い、いや。それは~」
そう。僕にはクレアを一晩自由にできる権利を持っていた。
「ふんっノリ気じゃないみたい。スネイルくんとイアンくんに聞いてるよ。随分と綺麗なお義姉さんがいるらしいね」
クレアが僕をジトッと見る。
「うっ……」
アイツら余計なことを!
義姉さんはあくまで義姉さんなのに。
「ウソウソ。私は現地妻でもいいから」
「現地妻ってそんな」
「でもいいの? ジンは16歳で私22歳だよ」
「だから僕は年上が好きなんだって」
「もうジンって結構口が上手いよね。ふさいじゃうんだから……」
クレアが僕の口唇に自分の口唇をあわせてきた。
この日から僕は一緒のベッドで普通にクレアと寝れるようになった。もちろん家を借りて一緒に住むことにした。
いつも応援ありがとうございます!




