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「怪盗紳士月影」異聞  作者: 無銘印字屋
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かつての伝説

かつて短編で出したものの続編です。

一回目は短編で出したものと同じです。

<かつての伝説>


 黒檀のように輝く都会の濡れた大地は、夜に入り人々の灯す欲望の誘い火をその身に宿す。


 その幻惑の灯を意に解さぬとばかりに踏み行く一人の老紳士。

 その身に降る天からの涙はもはや霧にさえ近く、何者かからその姿を隠さんとしているかのよう。

 ……ならば天も彼の味方なのだろう。


 霧雨の中ひるがえる黒いマントと濡れるがままとなっているシルクハット。

 どこぞの夜会の帰りかとも見紛うその姿を、彼は一見それとは不釣り合いとも思える下街の裏路地へと運ぶ。


 いきなり霧雨の奥から聞こえる無遠慮な足音に紳士は物陰に身を隠す。

 武骨な官警の制服に身を包んだ一団は己が正義であると疑いもせず、あたりを睥睨すると配下に苛烈な指示の激をとばした。


「あやしい奴は見逃すな! 相手はあの”怪盗紳士”だ! 」

「この雨で見失ったなどとは言い訳にもならん! 探せ! 」


 一斉に放たれた猟犬のごとくに彼らが疾走していく中、もはや紳士の姿は先ほどの場所からは消え失せていた。


 次にその姿が現れたのは貧民街の屋根の上だった。


 湿ったマントを風にはためかせた彼の眼前に広がる欲望の街。

 それを睥睨するかのようにそびえたつ黒い塔は、不夜城のごとくに今宵も無数の灯りをその身に宿す。


 この国の中心、大統領府がそこにある。


                *


 謎の紳士が見ていた夜景を、彼はその高い塔の中から見てはいなかった。


 人から「大統領」と讃えられ崇められていた彼はその執務室の豪奢な机に苦り切った表情で座り込み、室内の狂乱を睨みつけていた。


「産業大臣邸に忍び込んだ者の足取りはまだつかめないのか! 」

「ただ今、街の総ての区域に全警官を配置し、蟻の一穴も見逃さぬ体制を……」

「甘い! 相手はあの”怪盗紳士”だぞ! 」

「まったく、革命の英雄がいったい何故……」


 執務室の席に座り続ける大統領の存在は闇よりも濃く彼らの上にのしかかかっているのだろう。

 だが彼が支配するこの国の夜景を映すガラスの大窓を背にしながらも、彼らのBOSSは無言のまま手元の小箱を見ていた。


 蓋を開けられたその宝箱には、今回奪われたものと同じ代物が入っている。

”割符”。彼らはそれをそう呼んでいた。


 陶器か何かの破片に黒光りする塗料が塗られ、その上に部屋の灯りを跳ね返すかのように輝く何かの紋様が金の彩色で描かれている。

 ……一瞬それが黒いもやで包まれたかのように見えにくくなったのは疲れからくる目の錯覚か。


”ここで食い止めなくては悲劇がおこるぞ! ”


 それは遠い記憶の中からの叫び。


 一寸先も見えないどしゃぶりの夜。

 山奥の山荘。警告をたずさえた”彼”を仲間たちは困惑で迎えた。


”見損なったぞ! 私だけでも行く! ”


 止めるひまもあればこそ、”彼”は再びどしゃぶりの闇の中へと消えた、”彼”を止めようとしてのばした手も届かせられないままに。


 そして小箱からふと目線を上げたBOSSの視界にもありありと”彼”の姿がよみがえっていた。

 あの日自分たちがのばしたまま届かせられなかった手を、今度は自分たちへと向けて。


”返せとでも言うのか、この”割符”を”


 そしてその”彼”の姿は”怪盗紳士”のそれへと変わって消えた。


 もしかして。

 まさか。

 しかし。


 ……いや、そんなことはありえん。


 BOSSは抵抗の意思も新たに虚空を見据えた。


                *


 同じ時の同じ闇の中、別の場所で祈る者がいた。


 下街の中でも街娼が集う荒れ果てた建物の一画で、祈っていたのは尼僧だった。


 急いでそろえられた家具の中、祈る机の上に乗せられていたのは大統領執務室にあったあの”割符”と同じもの。

 形は違うものの同じ塗料に同じ金の紋様。

 いつ雨がやんだのか窓から差し込む月明かりの下、一人一心不乱に尼僧は祈っていた。


”どうか……どうかあの人をお助けください……”


 窓から入り込むひそかな月の光をうけて手元の”割符”が輝いた気がした。


 いや、それは気のせいではない。


 その力はゆっくりと、しかし力強く膨れ上がっていったかと思うと一瞬後、驚愕する彼女と部屋を爆発的な光で満たしていた。


            *


「そこまでだ! ”怪盗紳士”! 」


 官警が手にした灯りが次々と老紳士へ浴びせかけられる。


 手で一瞬光をさえぎったその下から、老いたとはいえ未だ鋭い眼光が彼らに放たれる。


 まわりを取り囲むのはまだ5、6名。連絡を受けてこの先増えるのは明らか。

 全盛期の頃ならともかく、今の紳士の力でこれを振り切るのは不可能だ。

 本人も含め皆がそう思っていた。


 紳士は懐の中の代物に意識を向けた。せめてこれだけでも。


 彼が懐から取り出したのは別のものだった。

 それを地面に叩きつけるとあたり一帯が視界を覆う煙に包まれた。


「逃がすな! 」

「取り囲め! 」


 2、3人が大地に投げられる音がしたが、それは逆に追われる者の足取りを追手に示したも同然。

 後から来た援護の者たちがその音を中心に煙を取り囲む。


 もはやこれまでか。


 その時、煙のドームを割り出でるかのように光が。

 あの爆発的な光が。


 何者かが煙の中から飛びだした。


 建物の上へと飛び上がったそれは、官警を見降ろし高笑いを発した。


「まさか……」

「人間業ではない……」


 その者こそ今彼らが取り囲もうとしていたかの怪人物”怪盗紳士”。

 もはや老境にさしかからんとするはずの彼のどこにこのような力が残っていたのか。


 雨雲を割り差し込んできた月の光を我がものとして浴びながらあたりを睥睨するその姿、あたりを取り囲む者たちは理屈ではなく、直観的にそれを悟った。


”怪盗紳士 月影、ここに復活せり”……と。


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