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告白

「あ、勿論兄さんみたいに危ない仕事はさせないよ。一般的なメイドの仕事だけ。給金もここの倍……いや、三倍出そう。どう?」

「え? 何の話ですか?」


 突然のことに話が飲み込めない。戸惑うわたしに、フユトさんは苦笑してみせる。


「何の話って……わからないかなあ。つまりさ、僕はコーデリアちゃんの事が気に入ってるんだよ」


 そう言うと、ユフトさんは急に真剣な顔になる。

 な、なんだろう。今まで見た事のない彼の表情に、ちょっとどきっとしてしまった。


「君が危ない目に遭うんじゃないかって考えると夜も眠れないくらいに胸が痛い。本当だよ。だから僕のそばで何の危険の心配をする事もなく、普通の女の子として暮らして欲しいって思うんだ。駄目かな?」

「は? え?」


 つまりわたしを引き抜きたいという事……?

 なにを言いだすんだこの人は。雇用主であるアルベリヒさんの前でそんな事を堂々と。それとも冗談なのかな……?


「フユト。お前はまたおかしな事を言って。コーデリアをからかうな」


 わたしの心中を代弁するようにアルベリヒさんがたしなめてくれた。

 うう、助かった……。実はなんて答えたらいいのかわからなかったのだ。冗談にしてはフユトさんは妙に真剣に見えるし。


「そ、そうですよ。びっくりしました。あはは……」


 若干の落ち着きを取り戻し、無理やり笑い声を搾り出す。そうだ。冗談に決まってる。

 わたしがこうして笑ってお茶を濁して、それでもうこの話はおしまい。何事もなかったかのように元通りの空気になるはずなのだ。

 けれどフユトさんは首を傾げる。


「えー、心外だなあ。からかってるつもりなんてないんだけど。二人にはどう見えるのか知らないけどさ、これでも僕は本気だよ。本気だからこそコーデリアちゃんをこのまま危険な場所に置いておきたくない。どう? コーデリアちゃん、真剣に考えてくれないかな? それとも、僕の事は嫌い?」

「え? いえ、その、嫌いというわけじゃないですけど……」


 嫌いとか好きとかいうもので決めて良い問題じゃないような……。


「それならいいじゃない。僕も、かわいい女の子がそばにいてくれる生活っていいなあと思ってたんだよね。コーデリアちゃんなら大歓迎」

「え? そ、そんな……」


 わたしは行くとも言ってないのに……!

 無意識のうちにアルベリヒさんに助けを求めるように視線を向けると、目が合った。


「フユト、くだらない事言うのはやめろ。やめないのならさっさと帰れ。コーデリアだって困ってるだろ」

「でも、コーデリアちゃんは僕の事嫌いじゃないって言ってくれたよ? それに、危険な事をさせる兄さんのそばにいるよりは、僕のところに来るほうが、彼女にとってはずっといい事だと思わない?」

「それを決めるのはコーデリアだ。お前は独りよがりが過ぎる。コーデリアの気持ちも尊重しろ」

「ふうん。兄さんはコーデリアちゃんに任せるっていうんだ」


 助け舟を出してくれた事は嬉しかったが、それを聞いてなんだか胸が痛んだ。わたしの考えを尊重する。まっとうな意見だけれど、それって、アルベリヒさんはわたしがここを出て行こうがなんとも思わないって事なのかな……。

 わたしはアルベリヒさんのそばにいたい。でも、アルベリヒさんは、わたしがいなくても別に平気なのかな……。もしもわたしがフユトさんについていくって言ったら受け入れるのかな……? そんなの嫌だ……。

 わたしの心の痛みなど知らないフユトさんがこちらに顔を向ける。


「じゃあ改めて本人に聞くけど、コーデリアちゃんはどうなの? 僕のところに来る気は無い?」

「え、ええと、フユトさんのお気遣いは感謝しますけど……でも、わたしは、ここにいたい……です」

「どうして? 言ったでしょ? 給金も増やすし、なにより、君にとって危険な仕事だってさせない。約束するよ。それなのに嫌なの?」


 だって、わたしはアルベリヒさんが好きだ。だからアルベリヒさんのそばにいたい。でも、それを素直に口に出すなんてとてもできない。


「それともここから離れたくない理由でもあるの?」

 

 フユトさんはまるでわたしの心を見透かしているように答えづらい問いを投げかけてくる。

 確かにフユトさんの出す条件は破格なんだろう。危ない仕事だってさせないと言う。本当に私の身を案じているのかもしれない。だからこそ、ここに留まる理由を知りたがっているのかも……。

 そんな人に、真実を言わずに断るには、どんな理由を使えば良いんだろう……。

 言葉に詰まっていると、フユトさんがぱっと顔を明るくした。何かとても良い事を思いついたかのように。


「そうだ。それなら少しの間僕の家で暮らしてみない? お試し期間って事でさ。気に入ったらそのまま住み続ければいいし。きっとうまくいくよ。ほら、アンブローシャスもコーデリアちゃんになついてるみたいだし」


 アンブローシャスがわたしの腕の中で身じろぎする。フユトさんの言葉を肯定するように。


「よし。それじゃあ早速引越しの準備をしよう。荷物運ぶの手伝うからさ」


 フユトさんが立ち上がるとわたしの椅子の背もたれに手をかける。


「い、いえ。わたしはそんな……本当にその、結構ですから」

「遠慮しないで。ちょっとの間でいいから。ほら」


 フユトさんはわたしを立ち上がらせようとさらに促す。

 ど、どうしよう。フユトさんってこんなに強引な人だったっけ……? 確かに前にこの家に来たときにも、多少強引にドレスを贈ってもらったりしたけれど。


「やめろフユト」


 その時、アルベリヒさんが声を上げた。立ち上がると、押しとどめるようにフユトさんの腕を押さえる。

 それに驚いたのか、ロロがぱっと駆け出して部屋の隅のチェストの陰に隠れた。


「なんで兄さんが邪魔するの? コーデリアちゃんの意志に任せるんでしょ?」

「確かに言ったが、どう見てもコーデリアは乗り気じゃないだろ」

「急な話だから戸惑ってるだけだって。ねえコーデリアちゃん?」

「いいや、お前が勝手に盛り上がってるだけだ。しつこくするのはやめろ」

「兄さんこそ勝手にそう思ってるだけでしょ? 部外者は口を出さないで欲しいな」


 二人の間に不穏な空気が流れ、わたしは慌てて止めようとする。


「あ、あの、ふたりともやめて――」


 けれど、それはかき消されるように、二人の声は熱を帯びてゆく。


「部外者じゃない。俺はコーデリアの雇用主だ」

「あれ? さっきはコーデリアちゃんの意志を尊重するとか言ってたくせに。どんな心境の変化?」

「うるさい。さっきからお前の言葉が不愉快なんだ。強引で、身勝手で。今すぐそのうるさい口を閉じてこの家から出て行け……!」

「いいよ。コーデリアちゃんの荷造りが済んだらすぐにでも。それとも、兄さんはコーデリアちゃんに行って欲しくないのかな?」

「だから……! そうやっておかしな事を言うのはやめろって言ってるんだ!」


 アルベリヒさんはフユトさんの腕を乱暴に掴む。よほど腹に据えかねたみたいだ。

 どうしよう。こんな事になるなんて……わたしが曖昧な態度を取ったから? わたしのせい?

 こんな事になるなら、もっと強くフユトさんの誘いを断ればよかった。

 わたしが原因でふたりの仲がこじれてしまうんだろうか? そんなのだめだ。ふたりを止めなければ……! 


「や、やめてください!」


 わたしは椅子からがたんと立ち上がりながら思わず叫んでいた。

 

「わたしはどこにも行きたくありません!」


 その勢いに二人は驚いたみたいだ。

 けれど、一瞬の間を置いた後、フユトさんが今までと同じように口を開く。


「どうして?」


 またこの質問だ。

 曖昧な理由ではフユトさんは納得してくれないのかもしれない。

 この人が納得する理由を言わない限り、この問題は堂々巡りするばかりなのだ。

 どうしよう。どうしよう。

 なんて言ったら良いんだろう。

 でも、このふたりを止めなければ……。

 俯くと、アンブローシャスの黒い瞳がこちらを見ていた。素直で純粋な瞳。わたしの事を信じきって、その身を預けてくれている。

 アンブローシャスだって、こんな事望んでないよね。フユトさんが家族と諍いを起こすだなんて。ごめんね。わたしがはっきり言えないせいで。

 アンブローシャスに心の中で謝ると、わたしは思い切って顔を上げる。


「……わ、わたしは――わたしは、アルベリヒさんの事が好きなんです。そばにいたいんです。だからフユトさんのところには行けません。ごめんなさい……」


 ああ……言ってしまった。


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