突然の誘い
「また失敗かあ……」
ベッドに腰掛けながらわたしは呟く。
「どうして上手くいかないんだろ」
後頭部に手をやれば、鏡を見なくとも髪の毛が不揃いで不恰好なのがよくわかる。アンジェリカさんの手によって短く切られてしまったわたしの髪の毛。
あれから自分に対してうせものさがしの魔法を使ったのだが、何度試しても髪の毛は切られたままの長さから変化しないのだ。
想定外だ。正直なところ、髪を切られても、魔法があるからきっと元に戻るだろうと楽観視していた。それがまったく効果が現れないとは。
何故だろう。何か制限があるのかな? 自分自身の失せ物には効果を発揮しないとか……?
試しにお財布から硬貨を一枚取り出すと、目を閉じてえいっと背後に放り投げる。硬貨は床にぶつかると、そのままどこかに転がってゆく音がして、やがて止まった。
それを確認した後で、わたしは例の呪歌を歌う。硬貨を探し出したいと願いながら。
けれど、閉じた瞼の裏の視界は真っ暗なままで何も変化なく、呪歌も最後まで歌いきってしまった。
胸の前で握りしめていた両手を開いても何もない。
やっぱり……。
わたしのうせもの探しの魔法は、どういうわけか自身の持ち物には効力を発揮しないようだ。
昔はそんな事なかったような気がするんだけどなあ……。
以前に考察したように、年月を経て魔法の質が変化してしまったんだろうか。
自分以外の誰かのために発する力だなんて、なんだかメイドという職業と似ている。わたしはそういう人生を歩むように定められているんだろうか。
考えていても仕方ない、髪の毛は諦めよう。ほっとけばそのうち伸びるだろうし。それに、もしかすると短い方が快適かもしれないし。被害が髪の毛だけだったのが不幸中の幸いだ。
自分でも意外なほどショックを受けていなかった。髪の毛を切られてしまった際に、アルベリヒさんが当事者であるわたしよりも焦っていたのを目にしたからかもしれない。アルベリヒさんが気にかけてくれた事が嬉しくて、わたしの中での髪の毛の価値がさほど重要ではなくなったみたいだ。
とはいえ不恰好なままでいるわけにもいかない。髪の毛を切りそろえるべく洗面所へ向かおうと腰を上げる。
と、そこで思い出した。
さっき投げた硬貨、探さないと……。
◆ ◆ ◆ ◆
肩に着かない程度の長さに整えられたわたしの髪の毛を見て、アルベリヒさんは不思議そうな顔をした。
「魔法で髪を元に戻さなかったのか?」
やっぱり。言われると思った。でも、正直に答えたら、アルベリヒさんは気にしてしまうかもしれない。アンジェリカさんがわたしの髪を切ったのだって、アルベリヒさんを振り向かせるためだったのだろうから。原因は自分にもあると考えてしまうんじゃないだろうか。
だから誤魔化すことにした。どうせ髪の毛なんてすぐに伸びるだろうし。
「ええと、実は前から短くしてみたかったんですよ。長いと色々お手入れも大変だし。だから今回のことはちょうど良いかなーと思って」
そう答えると、アルベリヒさんは「ふうん」と言ったきり、特にそれ以上聞いてくることもなかった。
どうやら納得してくれたみたいだ。
髪の毛が短くなってなんとなく身軽になった気がした。それは良いのだが、今までは背中に流していたために気にならなかったサイドの髪の毛が、顔を下向けるたびにはらりと顔の前に落ちてきて煩わしい。
だから耳に掛けるのだが、何故か左側の髪の毛だけが、耳から外れて何度も垂れ下がってくるのだ。正直、邪魔で仕方がない。
うーん、左側の髪の毛だけ変な癖でも付いてるとか……? 編んでみたりすれば収まるかな? あとで試してみよう。
日課である買い物の最中にも何度も髪を直していると、隣を歩いていたアルベリヒさんが道端でふと足を止めた。手を繋いでいたわたしも自然と立ち止まる。
見ればアルベリヒさんは道の脇の露店の商品を眺めている。
手頃な値段のアクセサリーなんかを扱うお店だ。何か気になるものでもあるのかな?
見ていると、やがてアルベリヒさんは何かを手に取り、露店の主人に代金を支払う。
「ほら、これをお前にやる」
「え?」
「さっきから髪の毛を気にしてたみたいだし、これを使えば良いんじゃないかと思って」
そう言って差し出してきたのは、黒いヘアピンだった。同じく黒い猫のシルエットをかたどった飾りが付いている。
「わあ、この猫の飾りロロみたい! かわいい!」
早速ヘアピンで髪をとめる。すると、先ほどまで煩わしかった髪の毛が嘘みたいにすっきりとまとまった。
アルベリヒさん、わたしが髪の毛を気にしてることに気づいてくれた上に、かわいいヘアピンまで買ってくれた。わたしの事を気にかけていてくれてるのかな。だとしたら嬉しい。嬉しすぎる……!
「アルベリヒさん、ありがとうございます! ええと、似合いますか?」
おそるおそる尋ねると、アルベリヒさんは答える代わりに微かに笑みを見せた。
前にドレス姿を見せた時みたいに「サイズがぴったり」だとか的外れでデリカシーのない発言をしない。その事実にちょっと驚いてしまった。アルベリヒさんも成長したのかな。
それともやっぱり、わたしの髪の毛が短くなってしまった事に罪悪感を感じてるとか……? だからヘアピンを買ってくれたのかな……。
その可能性に突き当たると、嬉しさと同時に少しだけ胸が痛んだ。
「アルベリヒさん、今日の晩ご飯は何が良いですか? 好きなもの作りますよ」
ヘアピンのお礼とでもいうように、わたしはアルベリヒさんに尋ねながらその手を引っ張った。
◆ ◆ ◆ ◆
数日後、久しぶりにフユトさんがお屋敷に姿を見せた。
何故か腕に小型のうさぎを抱いて。聞けばうさぎは彼の使い魔だという。耳が垂れていて、チーズケーキの表面のような美味しそうな色をしている。
「アンブローシャスっていう名前なんだ。コーデリアちゃん、よかったら抱いてみる?」
「いいんですか? やった!」
そうして抱いたアンブローシャスはわたしの腕の中で大人しく鼻をひくひくさせている。
か、かわいい……! ぬいぐるみみたいだ。
思わず頬ずりしてしまう。わたしの足元で顔を洗っているロロもかわいいけど、アンブローシャスもかわいい。やっぱり動物は癒されるなあ……。
「ここだけの話、女性受けも良いんだよね」
女性受け……まさかそれを基準に選んだのかな? だとしたら不純だ……。
でも確かにかわいい。撫でる手が止まらない。まさかこれは魅了の魔法を使う恐ろしい使い魔なのでは。
わたしが興奮気味に撫でていると、その様子を眺めていたフユトさんが何かに気付いたようだ。
「コーデリアちゃん、髪の毛短くなったんだ。そのヘアピンかわいいね」
「でしょう? このヘアピンはアルベリヒさんがくれたんですよ! わたしの荒ぶる髪の毛をまとめられるようにって」
自慢するように頭を傾けてヘアピンを見せる。
「ふうん、それは良かったねえ」
なぜかフユトさんが横目でにやにやしながらアルベリヒさんを見る。
途端にアルベリヒさんが顔をしかめた。
「おい、コーデリア。余計な事を言うんじゃない」
えー、もっと自慢したいのに……。
それに全然余計な事なんかじゃないと思うけどなあ。むしろアルベリヒさんの優しさアピールになるのに。
「でもさ、それって、怖い女の人に髪を切られたのが原因なんでしょ? 他にも大変な目に遭ったって聞いたよ。コーデリアちゃんの魔法目当ての奴らに拐かされたとか」
「知ってるんですか?」
驚くわたしに、フユトさんは得意げに頷く。
「僕ら魔法使いには独自の情報網があるからね。それに、その際に随分と派手に撃退したって噂も聞いたし」
「でも、それはアルベリヒさんがわたしを助けようとしてくれたからで……」
「そう。兄さんがねえ……」
なんだろう。なんだか引っかかる言い方だ。
「けどさ、コーデリアちゃん。その事件の数々だって、元々は兄さんに原因があると思わない?」
「え?」
「兄さんがコーデリアちゃんに魔法を使わせるからそんな事が起こるんだって」
「フユト、お前なにを言いだすんだ」
むっとしたようなアルベリヒさんにも構わずフユトさんは続ける。
「僕は心配なんだよ。このまま兄さんのところにいると、コーデリアちゃんが不幸になっちゃうんじゃないかって。傷ついたり、危ない目に遭ったり。今までは運良く回避できてたけど、いつか取り返しのつかない事になるかもしれない。コーデリアちゃんは怖くないの?」
そんなの、考えた事もなかった。確かに何度か怖い目にはあったけれど、その原因がアルベリヒさんにあるって言うんだろうか……?
「というわけでさ、よかったら僕のところに来ない?」




