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地獄の底から天を衝け!〜仮面の狼編〜  作者: 正坂夢太郎
第一章 境界線は透明
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地獄の入口

 第一章 境界線は透明




 ガンガンガンガン!

 意識の隅でうずくまる俺の上で、金属が打ち鳴らされた。

 ガンガンガガン! ガガガンガン!

 どこか小気味よいリズムを奏でている。俺は目を開けた。


「……はよ」

「おはようございます!」


 薄い毛布をはがし、体を起こす。中華鍋とフライパンを持ったさくらは、にっこりほほ笑んだ。


「ごはんできてますよっ」

「ああ、ありがと」


 後頭部の寝癖を直しながら立ち上がり、さくらの後に続いて納戸を出る。

 ……結局、俺の寝床は納戸になった。今のところは。屋根裏部屋をさくらと共同で使うのには、さすがに無理がある。しかし、納戸は狭いし寝心地が悪いから、早いとこおっちゃんにはなんとかしてもらいたいもんだが……


「おォー起きたかヌケサク」


 おっちゃんは厨房に立っていた。もちろん、朝ごはんを作っている。さくらが来てからは、さくらも朝ごはん作りを手伝うようにはなったが、それはあくまで補助であり、現在でも、主な料理役はおっちゃんの仕事だ。悔しいことに、おっちゃんが作る料理は、うまい。


「座ってろ」

「ああ」


 テーブル席の椅子に座布団を置き、座って待つ。香辛料の効いた旨そうな匂いが鼻腔を満たし、腹の虫が鳴いた。

 少しするとテーブルに食べ物が並び、みんなが席に着いた。さくらを交えての食事も、もう慣れたものだ。

 朝食を食べ終えると、おっちゃんは「ちょっと待ってろ」と言い、いそいそと居間へすっこんだ。俺とさくらは顔を見合わせる。


「ほれ」


 おっちゃんは満面の笑みで何かを持ってきた。えんじ色っぽい何かだ。


「制服だ」

「制服だ!?」


 俺は立ち上がる。「そんなの買う金あったのか、ウチに!」

「制服がなきゃ学校に行けねェだろうが」


 おっちゃんは俺に制服を投げてよこした。受け取り、広げて見る。えんじ色の生地に薄い白ストライプが入った、ブレザー型の制服だ。さくらの制服も、似たようなものだった。


「大事にしろよ」


 おっちゃんはそう言うと、裏口から出て行った。おそらくタバコでも吸いに行ったんだろう。


「さっそく着てみてもいいのかな」


 さくらは興奮気味に制服を胸の前に掲げた。


「……いいんじゃないか?」

「やったっ」


 嬉しそうに小さく飛び跳ね、制服を持っていそいそハシゴを上っていく。俺も着替えることにした。パリッとした裾に腕を通す。食器棚の鏡で確認すると、なかなかどうして、似合っている。


「朔くん」


 呼ばれて振り返る。えんじ色のブレザー、折り目が付いたストライプのスカート……さくらは無邪気にくるくるとターンした。グレーのスカートがふわりと浮かぶ。


「どうですか」

「いいんじゃないか」

「やったっ」


 さくらはまたくるくるとターンした。


「……散歩にでも行くか」

「はいっ」


 俺たちは裏口から外に出る。土手に座ってタバコをふかしていたおっちゃんが俺たちの姿を認め、にやっと笑った。


「お似合いじゃねェか二人とも」

「ちょっとそこらを散歩してくる」

「あァ行ってこい、気ィつけてな」


 おっちゃんはひらひらと手を振った。さくらはひらひらと手を振り返した。




 ◇◆◇◆




 八百屋のおっちゃんからリンゴを二つもらい、ひとつをさくらに投げ渡す。さくらは危なげにキャッチした。


「あらためてこの町のことを説明しておこうと思ってな」


 リンゴを食べ歩きながら説明する。安全な場所と危険な場所の見分け方。道の歩き方。いざというときの隠れ場所。信頼できる人間のこと。そういうことを、懇切丁寧にさくらに説明してやる。さくらはふむふむと頷く。


「……で、まあ、いい加減、これも話しておかないとだな」


 制服の襟をつまむ。


「?」

「それだ」


 さくらの制服の胸にある校章を、ビシッと指さす。


「『九天高校』について……さくらは何も知らないだろ」

「……うん」

「教えなきゃいけない頃だ」


 俺は空き地にある横向きのドラム缶に腰を下ろした。さくらも横に座る。


「どこから話すべきか……」


 空には灰色の雲がたゆたっている。それがただの雨雲なのか、それとも工場の排煙なのかは、俺達には分からない。


「……この世界は、今、二つに分かれてる。超能力者と非能力者……」


 さくらはリンゴをむしゃむしゃかじりつつ、真剣に俺の言葉に耳を傾けている。


「俺たちは非能力者の側だ。で、俺たちは、超能力者に、こう……バカにされてるっていうか、意地悪されてる」

「なんでですか?」

「超能力者は非能力者より偉いからだ。……でも、いちおう、非能力者への救済策もある。学費の免除だとかがそれだ。で、それの最たるものが、『九天高校』」


 俺は自分の制服の校章を指さす。


「『九天高校』は、行き場のない高校生への救済措置。普通の学校には通えないだとか、金がなさすぎるだとか、誰にも言えない家庭環境だとか、そういう、特殊な非能力者を集める高校だ」

「わたしたちの高校」

「そう。それが『九天高校』。設備とかはすげー整ってるらしいし、教育だってちゃんとしてるらしいけど……問題がある」


 俺はピッと指を立てる。


「外部からの壮絶な差別だ」

「外部から?」

「さくらに説明してもわかりにくいかもしれないから、わかりやすく言うとだな。非能力者の中で、いちばん救済措置を受けられるのは、九天高校の生徒なんだ。でも、その生徒は、トクベツ何かに秀でてるわけでもない。だから、九天高校以外のヤツらから疎まれるわけだ。『なんであいつらだけいい高校に行けるんだ』ってな」

「よくわからないです」

「そうか。まぁわからなくてもいいんだ。でも、注意は必要だ。この制服を着てあたりをうろつくってのは――吉舎府ここらへんの人たちは俺たちに理解があるからいいが――いつどこで襲われてもおかしくない。だから、絶対に俺から離れるな。特に夜は、絶対に一人で外に出るな」

「……うん」

「同じ非能力者同士ならまだ勝ち目があるが、超能力者に目をつけられたらおしまいだ。超能力者ってのは、俺たちと同じ人間じゃない」


 俺は芯だけになったリンゴを片手で掴む。


「あいつらは、俺たちのことを簡単に殺す」


 ぐ、と手に力を込めると、リンゴがバキ、と軋み、砕けた。


「超能力者に会ったら全力で逃げるんだ。そうしなきゃ死ぬ」

「しぬ、って?」


 さくらがぽうっとした声でそう訊いてきたので、俺は面食らう。


「死ぬ、ってのは、心臓が止まるってことだ。これ以上生きられなくなるってことだ」

「それは、こわいです」

「だろ。だから逃げなきゃいけない。俺が『逃げろ』って言ったら、さくらは一目散に逃げろ。そうすりゃ死なない」

「うん」


 俺は息を吐く。

 粉々に砕けたリンゴを、空き地の地面にばらまいた。




 ◇◆◇◆




 入学の日は、すぐにやってきた。


「じ、地獄の入口行ってきやがすっ」


 さくらは緊張しているのか、さっきから何回もトイレに行っている。めっちゃ噛んでるし。


「忘れもんはねェな」

「ああ」

「安全な道を通れよ」

「わかってる」

「迷わねェようにな」

「わかってるって」


 おっちゃんのしつこい忠告を聞き流しつつ、頭の中で九天高校へのルートを確認する。


「お待たせしましたっ」

「よし。行くか」

「行ってこい」


 らぁめんよつばを後にする。背後におっちゃんの視線を感じたが、振り返りはしなかった。




 ◇◆◇◆




「専用車両?」

「ああ」


 駅のホームで首をかしげるさくらに、九天高校学生証を見せる。


「九天高校の生徒は専用車両に乗るんだ。そういう決まりになってる」

「かっこいい!」

「……そうか」


 言うが早いか、ホームに九天高校専用車両――通称「赤箱あかはこ」が滑り込んでくる。四両編成の赤塗りの二階建て車両だ。


「か……かぁっこいい……!!」


 乗り込むと、えんじ色の制服を着た生徒が既に何人も乗り込んでいた。しわ一つない制服は新入生の証……どうやらこの車両は大半が新入生らしかった。中にはさまざまな理由があって制服を着ていない生徒もいるが、学生証さえ持っていれば赤箱への乗車は認められている。


 俺たちはてきとうな座席に座り込む。赤箱が走り出す。車両の中は話し声やよくわからない雑音で満ち満ちていた。

 九天高校は、問題生徒がかなり多い。「行き場のない高校生」を集める高校なのだから当然だ。でも、今のところは、そこまでメチャクチャなヤツも見当たらないようだった。なんというか、人間としての最低のラインはわきまえている、そんな感じだ。


「よぉ、久しぶり!」


 いつの間にか目の前に金髪のちゃらちゃらした男子が立っていた。パリッとしたえんじ色の制服を着ている。新入生だろう――初めて見る顔だ。


「どこかで会ったか?」

「今ここで会った。今から俺らは親友だ!」


 チャラ男はそう言って俺に左手を差し出してきた。握手か?


「ああ、よろしく」


 手を握ると、何かがぺたりと手の甲に貼りつく感触があった。パッと握手をほどき見ると、シールが一枚貼られていた。太陽の柄のシールだ。


「俺の名前は相模友久。よろしくな、太陽の友よ!」

「……あぁ」

「朔くん、知り合い?」

「いや。でも、知り合いになったみたいだ」

「?」

「俺の名前は白詰朔。相模、クラスは?」

「1-E!」

「じゃあ同じだな。クラスでもよろしく」


 赤箱が揺れる。


「着いたみたいだよ、朔くん」

「ああ」


『九天高校前』の看板が視界に滑り込んでくる。俺たちは席を立った。相模も俺たちに付いてくる。


「そっちの子は……シロサクの彼女か?」

「同居人だよ。福寿さくらってんだ」

「ふ、福寿さくらです」

「へぇ~」


 駅から高校までは緩やかな上り坂になっている。歩いて数分で着くが、坂なんてものはない方がいい。疲れる。


「相模は入学セレモニーには出るか?」

「いんや、俺はべつに。興味ないし」

「さくらはどうする?」

「えっ、えっと……ちょっと気になるかもです」

「じゃ、行くか」

「二人が行くなら俺も行こっかな~!」

「適当な奴だなお前」


 九天高校の入口が見えてくる。大きな門だ、寂れた様子もないし、綺麗だ。普通の高校とも違う雰囲気を纏っている。


「あれが地獄の入口かぁ」


 相模がそう漏らした。相模はケロッとした顔をしていた。


「どれですか?」


 さくらはそう言ってあたりをきょろきょろと見回していた。

『九天高校前駅』のホームには可動式ホーム柵が設置されている。

駅前広場が存在する。

駅から九天高校へ向かう道には、細長い青色照明が地面に埋め込まれており、夜間は自動で点灯する。

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