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第3話 そして、誰もいなくなった


 放課後。俊平は部活にも入っていない帰宅部であったため、身の丈に合わない学生服を着て、学生カバンをえっちらおっちらと重そうに両手で抱えて歩いていると


「俊平!」


 ひょいっ


「ぴゃ―――!!」


 急に腋から手を突っ込まれて持ち上げられ、俊平は三たび情けない悲鳴を上げる


 おそるおそる振り返ると、そこにいたのは


「佐之助!」


「ようっ」


 友人エロガッパの西村佐之助だった。

 彼は写真部に所属するカメラマン。女子のキワドイ写真を撮るために粉骨砕身している猛者である。


 そんな彼は俊平とは小学生時代からの幼馴染であり、親友であった。


「相変わらず軽いな!30kgもないんじゃないか?」


 ひょいひょいと俊平の身体を上下に上げ下げしながら佐之助はケラケラと笑う。


「あ、あるよ! ………四捨五入したら」

「四捨五入しないといけないのかよ。」


 そういって俊平を肩車する佐之助。佐之助の身長は170cmと中肉中背だが、その軽すぎる体重に納得できるほどの低身長である俊平なら全く苦にならずに肩車をする事が可能だったようだ


 俊平も複雑そうに佐之助の頭に腕を回して落ちないようにする

 この年になって肩車というのは、存外に恥ずかしいものであった


 しかし、悲しいことにお子様体型である俊平にはこれ以上ないほど似合っていた


「それで? なんで僕のところに肩車しにきたの? 部活は?」


 自分がお子様体型なことはもう仕方のないことだも諦め、佐之助がなぜここにきたのかを問う。


「おうよ。お宝画像を手に入れたから、ちょっくらお前さんにもお裾分けをと思ってな。あと部活は休みだ。ほら、修学旅行が近いだろう? だからさ、その準備のための期間でどこの部も大体休みだっぜぃ!」


 そう言って懐から人差し指と中指で挟んでシュビッ! と三枚の写真を取り出すと、頭の上の俊平に一枚差し出した


「これ? ぶーっ!」


 そこにあったのは、空手部大将、百地瑠々(ももちるる)のお着替えシーンであった

 俊平はたまらずに写真を見た瞬間に顔を真っ赤にして吹き出してしまった


「この変態! いつか捕まってしまえ!」


 佐之助の肩の上からポカポカと頭を殴る俊平。しかし悲しいかな、全然威力が無いのである。


「わー! 待て待て! これは百地が無防備すぎるせいだ! 決して盗撮じゃない! よく見ろ! 道場の中で着替える奴があるか! 緩んだ胴着で汗を拭いてるだけだっぜぃ!」


「でもこっそり撮ったんでしょ?」


 この状況をこっそり撮ること自体、盗撮ではなかろうか。

 俊平はジト目で佐之助を見下ろすと


「おうともさ! 逃げる、隠れる、騙くらかすにおいて俺っちに勝てるやつはそうそういないっぜぃ!」


 なんとも自信満々な答えが返ってきた

 それを盗撮と言わずになんという。


「おまわりさんこいつです!」


「容疑はその辺の下級生に被せてきたよん。だから俺っちってばすでに表面上は無実なんだわ」


 なんとも用意周到な返しに俊平も呆れ気味だ。


「エロは死んで治したほうがいいかもね」


「バカ言え。エロは死んでもエロだっぜぃ!

 んで、もう一枚の写真がコレだ。」


 呆れたため息を漏らす俊平。エロは死んでも治らないらしい。

 性懲りもなく、二枚目の写真を頭上に掲げ、俊平に手渡した。

 手渡された物はなんとなく掴んで目を通してしまうわけで、興味が全くない、というわけではないことがわかり、佐之助も「やっぱり俊平も男なんだなぁ」と若干ニヤケ顔だ。


「えっと。ん? 僕と縁子ちゃん?」


 俊平が目を通した写真はエロ画像ではなかったらしい。

 佐之助がエロ画像を手渡さなかったことに安堵のため息を漏らす俊平。

 しかし、なぜ自分と縁子のツーショット写真が? と首を捻る俊平だが、考えても仕方のない事であり、なぜこの写真を自分に見せたのかを問おうと口を開くと


「おっと間違えた。コレは売る用だった。コレだこれ。」

「ちょっとぉ! 気なるよ! さっきの写真はなんだったの!? 売る用ってなに!?」


 予想外の答えをいただき、佐之助の肩の上で激しく狼狽する。

 まさか自分の映った写真で売買がされていたとなると、プライバシーの問題がいろいろとヤバい。

 なんてことをしているんだと佐之助を肩の上から追及すると


「いーのいーの。俊平はもっとエロに興味を持ったほうがいいっぜぃ! だから毛も生えないし精通もしてないんだよ。ほい、水泳部の巨乳ちゃん、岡野真澄のおっぱいドアップ写真だ。俊平も男だ。こっちのほうが好きだろう?」


「いらないよ! それに余計なお世話だよぉ」


 ズビシッと佐之助の頭にチョップをかまし、写真を元に戻させる

 小さな声で「毛も生えない………うぅ」と肩を落としていたことは心のエロい佐之助はスルーしてあげることにした。それが親友の優しさである。


まったくもう。と佐之助の肩の上で一通りプンスコした俊平は、いらん世話を焼く友人に若干の苛立ちを覚える


「で、最後の一枚がアニメ研究部、田中花音のパン―――」


「興味深い話をしているな。話しを聞かせては貰えないか。なあ、西村。それに緑川。」


 ややハスキーな声がまたも背後から聞こえ、ビクリと肩を揺らす佐之助と俊平。

 二人そろって恐る恐る振り返ると


「げぇ! 百地!!」

「瑠々ちゃん………」


 そこに居たのは、先ほど話題に上がった空手部の大将。百地瑠々であった。


「それで? その写真には何が映っているんだ? 答えてくれないか、西村。『パン――』の後は何が入るのだ? んん?」


 ずいっと整った顔を寄せて責めるような視線を佐之助に突き刺す。

 その視線光線に大量の冷や汗を流す佐之助。

 彼が手元の写真には、百地瑠々のへそチラ画像と岡野真澄のおっぱいドアップ画像と田中花音のパンチラ画像が握られているのだ。

 言い逃れは出来ない。


(さらば佐之助、キミのことは忘れないよ。フォーエバー南無。)


 と心の中で念仏を唱える俊平。


(ただ、僕まで巻き込まないでよぉ!)


 佐之助の肩の上で写真を見せられていた俊平も『エロ』の称号を与えられてしまう可能性が広がり、今後の学校生活に絶望の色が混ざる


「こ、この写真は、パンダの写真だっぜぃ! いやぁ、この前動物園に行った時に撮ったんだよなぁ。『珍珍ちんちん』ってなまえだったっぜぃ! リピートアフタミー、『ちんち―――」


 ――― ブゥン!!


 瞬間、百地瑠々の身体が一気に間合いを詰めた。

 俊平と佐之助の眼には彼女がブレたようにしか見えたかった。

 ブレたと思ったその時には、すでに彼女の左の上段回し蹴りが佐之助のこめかみまであと1㎝というところで停止していた


「ぴゃ―――!!」

「ぎゃ―――!!」


 遅れて俊平の太ももと佐之助の髪の毛を風が撫でる。

 一撃で死にかねない威力のその蹴りと技術を見て、何とも言えない恐怖に支配された俊平と佐之助は、情けない悲鳴を上げながらその場を動くこともできずに硬直したままガクガクと震えるという器用なことをしていた。



「嘘こけボケナス。そんな名前のパンダが居てたまるか。そしてさりげなく言わせようとするな!」



 そういって佐之助の震える左手から二枚の写真をひったくってしまった瑠々。



(ああ、もうだめだぁ!)


 俊平が頭を抱えてそう思った、まさにその時、佐之助は右手でスマホの無音カメラ(犯罪だよ)を起動していたのが俊平の目に映った。


 無音カメラの撮影は終わっていたのか、撮った後の画像が表示されており、そこに映っていたのは―――先ほどの回し蹴りの際に舞った、スカートの中身だった。


「………。」


 佐之助は、どんな状況でも歪みなかった。

 ちなみに、ピンクの水玉だった。

 なにがとは言わない。


「………む、本当にパンダの画像だと!? いつの間にすり替えたのだ………」



 そしてさらに手に持っていた写真は、本物のパンダの写真にすり替えられており、佐之助を摘発する証拠としては完全に成り立たないものであった



 ―――逃げる、隠れる、騙くらかすに置いて、俺っちに勝るヤツは居ないっぜぃ!



 そのスキルをもっと有意義なことに使おうよ、と心の中で愚痴る、俊平なのであった。



「じ、じゃあ俺っちは社交ダンスのお稽古があるからお先に帰らせてもらうっぜぃ!」

「うひゃっ!?」



 佐之助は俊平を肩の上からぺいっと放り投げ、漫画のような逃走をしてこの場から離脱した


「………。」

「………。」



 取り残された瑠々と俊平は気まずそうに顔を見合わせ、


「「………はぁ」」


 同時にため息を漏らした。


「なんかごめんね、瑠々ちゃん。」

「………犯人はアイツしかいないのだが、こうも巻かれては仕方がない。聞くとは思えんが、緑川からも今後はやめるように言っといてくれ。」


 佐之助の行動に呆れて頭を手で押さえながらも、一応その友人である俊平に佐之助の行動を諫めるように提言する。


 空手部の大将ということで身長も高く顔も整ってはいるがその凛々しい姿に周りの生徒には近寄りがたいオーラを発している瑠々。それゆえに5歳は………いや、それ以上に年下に見えるこの小さな少年に名前で呼ばれて『ちゃん』付けまでされてしまうと何とも言えないむずがゆさが背中を走る。

 ただ、本人がそう言う性格だというのは同じクラスになってからのひと月でよく知っているし、不快ではないため、口には出さない。


「うん。聞いてくれるとは思えないけど、僕からも言っておくよ。」

「助かる。」


 俊平も、エロに生きる彼がその行動を止めるとは思ってはいないが、それで被害を受ける子も現にここにいるわけだし、注意くらいはしておこうと思っていた。


「時に緑川」

「なに?」

「最近縁子と仲がいいらしいな」


 唐突な話題転換に少し戸惑う俊平だが、いつまでも女の子とエロガッパの話を続けているわけにもいかないと、すぐに話題転換に乗ることにした


「ん、んー。そう、なのかな? 自分じゃよくわからないけど、最近はたしかに縁子ちゃんが僕に話しかけてくれるね。」


 そのおかげで嫉妬の視線が痛いけどね。と心の中で呟く。

 しかし、縁子と話すこと自体は嫌いではないし、もっと仲良くなりたいとも思っている。

 どういう意図で自分に話しかけてくるのかはわからないが、それで実害があるわけでもないのでこのままもっと仲良くなれたらいいなとは思っている。



「私達にとっても縁子は大事な幼馴染だ。縁子に何かあったら許さんが、縁子のことをよろしく頼んだぞ」


 瑠々はどこか危なっかしいほわほわした雰囲気を纏っている縁子のことが心配らしい。

 普段の凛とした表情ではなく、慈愛に満ちたものすごく優しい笑顔でそう言った。


「ん? うん。わかったよ。」


 なぜこのタイミングで縁子のことを任されるのかわからない俊平だが、俊平にとっても縁子はかなり仲良くなってきた友人であり、大事にしたいと思っているため、瑠々のセリフにしっかりと頷いた。



「あー! 瑠々! 俊平君!」


 と、噂をすればそのタイミングで件の縁子が現れた

 狙っていたとしか思えないようなタイミングでの出現に、俊平と瑠々は顔を見合わせて苦笑するしかない


「むー? 私の顔を見て二人して笑うってどういうことー!」


「あはは、ごめんね、縁子ちゃん」


「もう。俊平君を見かけたから一緒に帰ろうと思ったのに。声かけた瞬間に笑うとかないよー」


 ひとしきりプリプリした縁子は頬を膨らませながら瑠々と俊平に文句を垂れる。


「はは、すまんな、ちょうど縁子の話をしていたのでな」


 その姿がかわいらしくてまたしても笑ってしまう瑠々だが、縁子を笑ったのは、まさに噂をすればという状況だったので仕方がないのだ。


「私の話? なになに、何の話?」


 しかし、もう笑われたことを気にしていないのか、瑠々の話に食いついた。

 自分のことを話されていたのだ。気になって当然はであるのだが………


「き、切り替えが早いな。器が広いのか、器に穴が開いているのか………」

「両方じゃない?」


 瑠々のつぶやきをバッサリと切り捨てる俊平も、その切り替えの早さには驚いた。

 三歩も歩けば何もかも忘れてそうなレベルだ。


「二人ともひっどーい!」


 からかわれる縁子の半泣きの声が路地に響いた。

 それが、彼女がご近所に残した、最後の肉声になるとは、この時は誰も想像できなかった。



 そんなこととはつゆ知らず、縁子はお返しとばかりに俊平をいじりながら帰路を辿るのであった。



              ☆




HR(ホームルーム)を始めるぞ。席に着けジャリ共」


 無精ひげを生やしたやる気なさげな男。

 俊平たちのクラスの担任の矢沢聡史やざわさとし(25歳)だ。


 口も悪いし常に気だるげ。しかしなぜか生徒たちからの人望は高い。


 今もHRを始めると言っているが、教卓に頬杖をついて持参した椅子にだるそうに座っている。

 HRを始める気があるのかと疑いたくなる気分だ


「えー、連絡事項はとくになし。あとは………今度ある修学旅行でいく班分けでもしといてくれ。6人グループを5班な。じゃあよろしく」



 実際に始める気は無かったらしい。

 生徒たちの自主性に任せていると本人は言うが、ただの職務怠慢である。



「6人グループかぁ。………誰といっしょかなぁ」


 先生と同じように頬杖をつきつつ誰かが自分を誘うのを待つ。


 なんだかんだで友達はいても仲のいい友達はおらず、自然と受身系男子を形成していた俊平は、グループが決まっていくクラスをぼんやりと眺めていた



「よう俊平。俺っちと同じ班になろうっぜぃ!」


 するとどうだろう。学校一エロガッパなことで有名な親友(エロガッパ)。もとい西村佐之助(エロガッパ)がありがたいことに班に誘ってくれた


 の、だが。


「おいチビ介ェ! テメェは俺の班だ」

「おいおいマジかよ雄大! あのチビを班に入れても足手まといだろ?」

「ヒャハハ! パシリゲェ――ット!」


 学校一有名な不良グループである赤城雄大、青葉徹、黄島蓮のチンピラ信号機共がさらに声を掛けてきた

 が、


「フ………フフ………。み、緑川はぼ、ボクの班だ。縁子の近くになんか行かせない。縁子はボクのことがす好きなはずなのに、ククキキ………。しかし、最近縁子と仲がいいみ緑川がボクの班に居れば必然縁子もぼボクの班に」


 さらに学校一根暗で影薄なことで有名な坂本浩幸さかもとひろゆきまでもが俊平を自分の班に組み込もうと不良しんごうきどもをモノともせずに近寄って来たではないか。



 ちなみに、坂本は縁子に消しゴムを拾ってもらったことがあるのだ!



「坂本が動いたにゃ!」

「明日は吹雪かのう」

「いや、こりゃ修学旅行の日に異世界召喚されちまうぜ!」

「珍しいことに坂本が動いたなら、それに協力してやるのがクラスメイトってもんだ!」

「俺は誰だ!?」


 普段、人と話すことのない坂本が積極的に俊平を取り込もうとしているのを見て、同じ班になった人たちも連携して俊平を取り込みにかかる


「ちょーっと待ったァ―――!!」


 そこに待ったを掛けたのが、クラスのムードメーカー兼、学校一有名なおっさん思考の佐藤篠さとうしのだ。


「俊平ちゃんはおじさんの班のマスコットとして必要不可欠なんだよ! 勝手に持って行かれちゃ困りますな、キミタチ。」


 特徴的なサイドテールをぴょこぴょこと揺らし、ちっちっち、と指を動かす。


「そうだそうだ! ウチの班にはマスコットが居ないんだ。おっさんしかいないんだ!」

「せやから緑川が必要なんや、おっさんはもう必要あらへん!」

「俺は誰だ!?」


 そしてそれに同調する佐藤篠と同じ班の面々。

 食道楽で食えるものは何でも食べる学校一有名な大食漢。飲食店に行けば“団体一名様入りましたー!”と大声で言われたことのある、太田稔おおたみのる

 関西弁で喋っているのが、なんでも消せる、ただし取り出せない学校一有名な凄腕マジシャン。最近は財布と預金残高をマジックで消してしまい修学旅行の為に飲食店でマジックのバイトをしているらしい加藤消吾かとうしょうご

 といった同じ班の仲間からもおっさん扱いされる篠の額に青筋が見えたのは気のせいではないはずだ。



 しかし、さらにそこに加わる人物が居た


「俊平くん! 私達の班、一人空いてるから、ここにおいでよー!」


 なにを隠そう、学校一有名な美少女、北条縁子である。

 彼女たちの班は言わずもがな、生徒会のメンバーで構成されている。


「おいおい、よりにもよってチビの俊平かよ、冗談はよしてくれよ縁子」

「まぁそういうな、瞬。緑川は小さくても努力家なのだ。知ってるだろう?なあリキ

「………。」

「ほれみろ。力も俊平のことを認めている。私からは異存はないぞ、緑川。」

「ああ、瑠々の言うとおりだ。ま、俺はどんな人でも歓迎するがな。瞬の我儘だけですべてが決まるわけじゃない。」


 虹色光彦を筆頭に、北条縁子、百地瑠々、松擦力、早風瞬の超人メンバーだ。

 そんな中に、特技といえば多少手先が器用な程度であるチビ介の俊平が入っても、迷惑になるし、そもそも、縁子の発言のおかげで周囲の目がよりいっそう厳しいものになった


 新たな戦力の参加に俊平はもう涙目だ


 その様子を見たクラスメイトたちも、「なんか知らんけど俊平を取り合っているらしいぞ」「まざるか?」「そうだな」「俺は誰だ!?」


 と無駄な団結力を発揮し、俊平いじりと同時にすべての班で俊平の取り合いが始まってしまった。


「ふぇあ!? 僕は分身できないよ!?」


 内心で自分の意外な人気にびっくりしていた。

 信号機ふりょうのところには好んでそこに行こうとは思わないが、まさか坂本にまで声を掛けられるとは夢にも思わなかったのだ

 それに合わせてクラスメイト達が場の雰囲気だけで自分を取り合っているという不可思議な状況に、もはや俊平は泣き出しそうな心境であった


 縁子や光彦、瑠々たちと話す機会が多い俊平はたびたび嫉妬の視線に見舞われることがあるが、それでもなおクラスメイト達に(マスコットとして)愛されていたことにややうれしさもあるが、収拾がつかないこの状況はいかんともしがたい


 クラスメイトが騒いでいるこの状況。普段なら止めそうな光彦だが、積極的にからかっている瑠々や縁子を見て、苦笑をもらしながら、今回は目を瞑ることにした

 その様子を見て心の中の小さな俊平は『ぴゃ―――!!』と情けない悲鳴を上げながら思考を放棄するしかなかった。



「よし、じゃあこうしよう。俊平の手足と頭を切り離して、そしてそれを各班に1パーツずつ配ればそれで文句ねえな。とりあえず、俺っちの班は左足を貰うっぜぃ!」


「よくないよ! 僕の左足は取れないよ佐之助ェ!!」


「ふむ。では私達の班は右腕を貰うとしよう」

「なら私の班は左腕ね!」

「………そそれじゃ、ぼボクの班はあ、頭を」

「俺は誰だ!?」


「だから僕の頭も腕も切り離しできないってばぁ! 瑠々ちゃんも篠ちゃん浩幸くんも悪乗りしないでよぉ!!」


 生徒会メンバーでもある空手部の大将。普段から凛とした瑠々からも悪乗りされてしまい、さらに追い打ちを掛けるようにムードメーカーの篠や陰気の浩幸にパーツの予約をされ、俊平は助け舟を求めて担任の矢沢聡史を見る


「あ? 俊平をとりあってんのか? じゃあ俺ぁ余った胴体でいいや。」


「あんた先生でしょ――――!!!」


 頼みの綱であった矢沢先生からもいじられてしまい、本格的に泣き出しそうだ。

 心の中の小さな俊平は『ブルータス!!!』と叫びながら頭を抱えてうずくまった。

 やる気なさげでありながら、生徒とのコミュニケーションをしっかりと取っていることから、人望に繋がっているのだと思われる


 だからといって、いじられる側の俊平にとってはたまったものではないのだが。



 ………。



「………あん? なんだこれ?」


 だが、そんな俊平いじりも、唐突に終わりを迎えることになった。


 途中からなぜだか加速していく俊平いじりを、必然的に自分の班には俊平の右足を貰うことになっていた赤城は面白くなさそうに見つめていた。

 そんな彼だからこそ、教室の異変に気付いたのだ


「どうした雄大………なんだこれ?」

「どうした二人と………なんだこれ? 魔法陣?」


 それを怪訝に思った取り巻きの黄島蓮と青葉徹が教室中に張り巡らされた魔法陣に気付く。


「え? え? どういうこと!? 何が起こってるにゃ!?」

「知るかよ! なんかの行事か!?」

「俺は誰だ!?」


 他の生徒たちも異変に気づきはじめ、突然現れた魔法陣に狼狽する。

 あるものは今起こっている現象が学校行事かなにかかと一縷の希望を求めて矢沢に視線を向ける


「んあ? っんだよこれ! おい! 誰でもいいから扉と窓を開けろ!」


 矢沢も何が起こっているのかわかっていないらしく、だんだんと光量が増していく魔法陣に冷や汗を流しながら生徒たちに迅速に指示を出す。



「ぅおらあ!!」


―――ガンッ!!


 という轟音が掛け声とともに教室に響く


 名簿の関係で最前列の端の席に居てそこから動いていなかった赤城が、自身の隣にある廊下側の擦りガラスに先ほどまで自分が座っていた椅子を叩きつけたのだ。

 だが―――


「んなァ!?」



 割れやすいはずの擦りガラスには、傷一つついていなかった。


「あれ? んっ―――あれ? 窓も開かないよ! 鍵開いてるのに!」


 俊平も、グラウンド側の窓を必死に開けようとするも、まるで溶接されたかのようにピクリとも動かない

 自分の筋力が無いから………という線もあるが、考えたくはなかった。


「いったい何が起こっているのだ!? とにかく、みんな、動くな!!」

「くぅ………落ち着くんだみんな! あまり暴れ回ると危険だ!」


 突然の事態に慌てながらも指示を出す瑠々の声と、皆を落ち着かせようと声を張り上げ、混乱によって生じる二次被害を押さえようとする光彦



「俊平くん!!」


 それを無視して、縁子は一直線に俊平の下に駆け寄る


「ッ! 縁子! 動くと危険だと―――」


 ただ、俊平と縁子の距離はさほど離れていなかったため、すぐに距離を詰めることは出来た


「ゆかり―――」


 俊平も反射的に手を伸ばす。

 だが、その縁子が伸ばした手が俊平に届く前に………




 カッ!



「なにごとじゃ!?」

「うわっ!」

「ぎゃあ!!」

「まぶしッ!」

「俺は―――」



 魔法陣の輝きが爆発するように教室全体を覆い尽くしたのだ。




 ほんの数秒の出来事であった。


 その光に塗りつぶされた教室が色を取り戻した時、その教室の中にはカバンと机と椅子を残して、誰も居なくなっていた



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