第2話 嫌になるなぁ
事の始まりはしばらく前のことである。
お昼休み。一人の小柄な少年が、自分の机の上にお弁当を広げていた。
「あぅ~~。お腹すいたぁ~。」
彼の名前は緑川俊平。高校二年でありながら、身長が137cmと、小学生と比べても小柄な少年である。
小さなお弁当箱には、子供が好きそうなアニメのイラストが描かれており、弁当を包む布も、紅白のボールにモンスターを詰め込んで戦わせることで有名なゲームの柄であった。
その容姿と同様に、中身も子供っぽいことがあり、よく他人にからかわれることもあるが、やはり自分はそういう趣味を止められないため、いつもと同じようにかわいらしいイラストの入ったお弁当の布を広げるのであった。
お弁当箱を開けば、自分で作ったキャラ弁が目に入る。
早起きして作ってきたかいがあった。
のりとたまごと桜でんぶで某電気ねずみの顔がご飯ゾーンに顔をのぞかせ、ほっこり顔になる。
思いのほかよくできたお弁当なので、食べるのがもったいないと感じるほどである。
明日は某妖怪猫の地縛霊にしようかな、などと考えながらダボついた上着からちょこんと指先を出して、いただきますと手を合わせはしたものの、虫も殺せなそうなその少年は、やはりそのキャラ弁に箸をつけるのがもったいないと箸を彷徨わせていると―――
「俊平くんっ!」
「ぴゃ―――っ!!」
突然後ろから声を掛けられて椅子から跳びあがってしまった
甲高く情けない悲鳴を上げたおかげで、周りのクラスメイトからもクスクスと笑う声が聞こえてきて、恥ずかしそうに頬を染めながら「ご、ごめんねみんな。」と頭を下げる
それから後ろを振り返り、顔を上に向けると、ふくれっ面をした美少女がお弁当箱をもって立っていた
「もー! そんなに驚くことないでしょー! わたしまでびっくりしちゃったよー」
「え、えっと。ごめんね、縁子ちゃん。どうしたの?」
彼女の名は北条縁子
学校では1,2を争うレベルの人気を誇る美少女だ。
身長は165cmと俊平とは約30cmも離れているため、俊平の目の前には彼女のそれなりに実った二つの果実がある。
だが、俊平は年齢とはそぐわず、身長と同じように中身もまた幼いため、その二つの果実に興味を持つこともなく、すこし窮屈そうに縁子の顔を見上げる。
実は彼はまだ精通もしていないのである。
周囲のエッチな話題に興味を持てても理解ができないことが多々あった。
同時に縁子も自身の色気についてかなり無頓着であり、現に俊平の目の前に胸がある状態なのにもかかわらず、特に気にした様子もない。
普段からほんわかした雰囲気を醸し出している彼女だが、話しかけただけで飛びあがられてはやはり少々傷ついてしまうらしい。
そんな美少女をプンプンと怒らせてしまった俊平を、周りの男どもは『なに北条さんを驚かせてんだ殺すぞチビィ!』と、もし目からビームが出たら確実に蜂の巣になって死ぬであろう視線を周囲からバンバンと受け、委縮しながら縁子が自分に何の用があるのかを尋ねる。
「えへへ、一緒にお弁当食べようよ。」
縁子が微笑みながらそう言うと、再び周囲から殺気を感じ、俊平は小柄な体格をさらに身を縮めてめてブルブルと震える。
しかし、だからといってせっかく誘ってくれているのを無碍にするわけにもいかず
頭を振って極力殺気を無視するように心がけてから
「うん。いいよー。」
周囲の殺気の気配を知りながら、縁子に微笑み返して己の机の上に置いていたキャラ弁を端に寄せる。
「でも、光彦くん達の所に行かなくてもいいの? いつもは光彦君たちとたべているのに。」
普段、彼女は剣道部の主将で生徒会長を務めている『虹色光彦』
女子空手部の大将で書記の『百地瑠々(ももちるる)』、
吹奏楽部フルート担当。庶務の『松擦力』
陸上部、100m走、9秒88の日本記録を誇る会計の『早風瞬』
という彼女の幼馴染でありながら学校を代表する美形軍団と一緒に生徒会室でご飯を食べている。
ちなみに縁子は帰宅部で副会長だ。だが、部活で忙しい会長よりも生徒会長らしい仕事をこなしているという噂がある。
実際、縁子が生徒会長だと誤認している生徒が大多数存在する始末だ。
「んー、みんな部活のミーティングがあるみたいで、私は一人になっちゃったんだよね。だから俊平君のところに来ちゃった♪」
ぽわぽわわ~ん とシャボン玉を飛ばしながら微笑む縁子。
その微笑みにクラスメイトの過半数(女子も含め)が胸を押さえて頬を染めた
学校を代表する美少女の微笑みは、クラスメイトに効果は抜群のようだ。
来ちゃった♪じゃないよぉ………と内心で困ったように毒づきながらも、それを表に出さないように気を付けて「そーなんだ」と言葉を返す
縁子はその辺の椅子を拝借し、俊平の机に己の弁当箱を乗っける。
「あ、俊平君のお弁当かわいいね~。手作り?」
「うん! みてみて! 自分でもよくできてると思って、箸を付けられなくなってたんだぁ」
お弁当箱を縁子に見やすいように回転させ、自慢のキャラ弁を縁子に見せる。
縁子はゲームやアニメには詳しくはないが、さすがにそのキャラクターはテレビでも友人の話題からでもよく見かけるので、わからないということは無かった。
「そうなの? じゃあ私が食べちゃおうかなー?」
「ええー!? こまるよぉ………」
俊平は小食とはいえ、自分が食べられえる量を考えて入れたお弁当である。
それが無くなってしまうとあれば、午後の授業、体育まで体力が持ちそうになかった
とはいっても、彼は運動も苦手なため、大して体力を消耗するわけではないのだが。
縁子に食べてしまうぞと脅されてしまえば、さすがに食べないと食われてしまいそうなので、電気ねずみの長い耳から箸をつける。
小さな口でもそもそと幸せそうに食べる俊平を縁子はほっこりしたような顔で見つめる
「俊平くん、かわいい♪」
「んくっ。かわいいって言わないでよぉ………。自分でも気にしてるんだからぁ………」
縁子が「かわいい」と言った瞬間。周囲の男子から羨望と嫉妬の視線が降り注ぐ。
彼女のような次元が違う美少女とは、会話することすら敵わないのだ。
俊平も例外ではなく、極上の美少女と言っても過言ではない縁子と会話をするだけで胸が高鳴ってしまう。
同時に周囲からの嫉妬光線でも胸が高鳴ってしまう。
そもそも、高校二年に上がってから、なぜ縁子が自分に構って来るのか、俊平自身もよくわかっていない。
彼女と接点なんてあっただろうかと首を捻るものの、縁子は生徒会の幼馴染達以外と行動することがほとんどないのため、こうして俊平に構って来るほうが異常なのだ。
かわいいと言われて肩を落とす俊平。それを見て小動物みたいだなぁとさらに口元をほころばせる縁子。
そのまま談笑しながらお弁当を二人で食べ進めていると、縁子がふと俊平のダボついた上着の隙間から右腕に付けてある時計に目が向いた。
「あれ? 俊平くん、その時計って、前からつけていたっけ?」
「ん? これ? えへへ、ふりかけについてる応募券をハガキに貼って応募したら当たったんだぁ。かっこいいでしょ」
それは紅白のボール型をした腕時計であった。紅白の柄の上には御三家と呼ばれる赤、青、緑色の三体のモンスターが描かれており、かっこいいと言うよりは子供っぽさが増す腕時計だった。
そんな俊平の姿にさらにほっこりする縁子。
「お? こんなところに居たのか。縁子、弁当食おうぜ。」
そこに水を差したのが、剣道部のミーティングから帰ってきた生徒会長の虹色光彦であった。
同時に周囲の女子たちが色めき立つ
しかし、鈍感系主人公を極めたらこうなると言わんばかりのキラキラオーラを無自覚で放出するばかりで色めき立つ女子たちのことが全く見えていない様子だ。
黙って並んでいると、ベストカップルとしか見えない縁子と光彦が並び、周囲もアレには勝てないと諦めムードだ
こうなると縁子と一緒にお弁当を食べている俊平がただのモブどころかただのカスにしか見えなくなる
「ごめんね光彦。私もう俊平くんと食べてるんだ」
だが、そういって光彦に断りを入れる縁子
すると、光彦はややショックを受けた顔をして、縁子と弁当を食べている者を恨みがましく睨みつける
「ひぅ!」
そこには、睨みつけられて萎縮する学校一小柄なことで有名な少年がいた
光彦はなぜ縁子がこんなのと一緒にご飯を食べているのだ?と首を捻るが、
「こらー光彦! 俊平くんを怯えさせないの!」
近くに寄った縁子に背中をバシッと叩かれバツがわるそうに顔をしかめる
しかし怯えさせてしまったのもまた事実なため、光彦は俊平に「すまなかった」と頭を下げた。あわてて俊平も「すこし驚いちゃっただけだから。僕こそごめんね」と両手をわたわたと振る
その様子にホッとした光彦は、さも名案が思いついたと言わんばかりの顔で、俊平にとっては地獄のような提案をする
「そうだ、俺も一緒にここで弁当を食べてもいいだろうか?」
勘弁してよぉ!! と内心で叫びながらも縁子と視線を合わせてから「うん、いいよ」と縁子の時と同じように断ることなどできない訳で、光彦の提案を受け入れた。
「そういやテレビでやってたけど、最近このあたりの博物館でよく展示品が盗難される被害があったらしいぞ」
「あー、私もそのニュース見たよ! 大きなツボと、絵画が急になくなったんでしょ? 防犯カメラにも何も映ってなくて、ノイズが走ったと思ったら次の瞬間には消えてたって」
「それ僕も見たよ。犯人はいったいどんな手口を使ってるんだろうねー」
ここ最近話題になっている博物館の展示品盗難事件の話題に移るも、俊平の心の中ではすでにテンパっていた
次元の違うイケメンと会話しているというだけで、なぜかクラスの女子からも妬ましさで憤死しそうな表情でこちらを睨みつけられていたのだ。
コレでクラスの男子からも女子からも嫉妬と羨望光線を受ける羽目になり、針のむしろ状態になってしまった。
特に普段からクラスメートに嫌われているわけではないのだが、もはやそんな状態で食べるお弁当に、味など判るわけがなかった。
☆
「僕、ちょっとトイレに行ってくるね」
お昼ご飯を食べ終え、これ以上視線に耐えられそうもない! と思った俊平はそそくさと教室から出て深呼吸をしに行った。
「うん、いってらっしゃーい。」
縁子が微笑んで手を振って見送ってくれるのに合わせ、俊平もダボついた上着から指先すら出ない状態で手を振ってから教室から出た。
「ふぅ~。まいったなぁ。」
目の前にイケメンと美少女がいると心臓に悪い。
かといって、小心者の自分には彼女たちを遠ざけるなんてことは出来ない。
まあ、遠ざけたいわけでもないのだが。
目の前に二人が並ぶと、ちんちくりんの自分なんかいないも同然のカスじゃないか。
それに、さすがにあのレベルの美形が目の前にいると自分だって緊張しちゃうし、なのに周りからはうらやましがられるし、いいことなんかあんまりないのに。
まぁ、人と話すのは楽しいから、別にいいんだけどね。
と心の中のもやもやを適当に追い出して、ジュースでも買ってこようかな、と廊下を歩く。
「おいチビ介ェ!」
「ぴゃ―――っ!!」
すると、再び背後から突然大声で声を掛けられて肩をびくーん! と跳ねさせて驚く。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには、一番会いたくない人物が立っていた
「ブハハ! 声かけただけで飛びあがるとか、どんだけ小心者なんだよテメェ、まじダセェ!」
「言ってやるなよ雄大。飛びあがって少しでも大きく見せようとする小動物の威嚇みたいなもんだろ」
「ヒヒヒヒ、雄大を威嚇してんの? チビ介が? あっりえねぇって! ギャハハ!」
カラフルな頭の色をした三人組が立っていた。
彼らは馬鹿にしたような顔で俊平を見下しながら、包囲するように俊平に近寄る。
「ど………どうしたの? 雄大くん………。僕に何か用事?」
内心では「おしっこもらしそう………」とガチでブルブルと震えているものの、ぎこちない笑顔の仮面を貼り付けて要件を聞く。
雄大と呼ばれた赤髪の青年は、本名を赤城雄大といい、いわゆる学校の不良であった。
その取り巻きである青い髪をした青葉徹
同じく取り巻きである黄色い髪をした黄島蓮
心の中で「僕なんかに構わないでなんとかレンジャーでもやっててよぉ!」と叫びながら、返答を待つ。
「気安く名前で呼んでんじゃねェよチビ。パン買ってこいよ。」
「えっ………う、うん。」
正直、俊平が人のことを名前で呼ぶのは癖みたいなものであり、『自分は名字よりも名前で呼んでもらった方がうれしいから』という理由で名前を知ったらすぐに名前を使うようにしているのだ。
馴れ馴れしいと言われればそれまでだが、そのおかげで身長の小さい彼でも学校で浮きすぎることなく、クラスメイトたちと親しい友人関係を築けているのだ。
学校では人気者というわけでもないが、学校一小さい彼の存在は、どうやっても学校の中で少々目立っていた。
そんな彼がなんとなく気に食わなくて、さらに体格でも劣り気も小さい彼は、赤城雄大にとっては実に使い勝手のいいパシリであった。
「あの、お金………」
「あ?」
「ひぅっ! ………い、行って来るね」
このように彼の遙か上空から一睨みすれば、彼は大抵の言うことは聞いてくれるのだ。
「おら、早く行けよ。俺らに餓死させる気か? ああん?」
取り巻きの青葉徹が小柄な俊平の尻を蹴り飛ばして急かす
「うぅ………」
前かがみになりながらよたよたと走り出す俊平。
その姿を見てケタケタと笑い飛ばす取り巻きの二人。
正義感が強く、生徒会長でもある光彦にこのことを報告すれば問題は解決するかもしれない。
だが、それをすると縁子や他の生徒会メンバーにも迷惑がかかり、さらに苛烈な嫌がらせが返ってくる可能性がある。
それになにより、赤城のパシリをさせられていることを、誰にも話したくなかった。
「む? なんじゃ、そんなに急いでどうしたのじゃ、俊平よ」
若干涙目になりながら走っていた俊平に声を掛けたのは、こげ茶色の髪になぜか葉っぱを乗せていて、腰にはアルコールの入った瓢箪をぶら下げ、年寄りっぽい口調で喋る女の子だった
「妙子ちゃん………」
妙子と呼ばれたその少女は、葉隠妙子。俊平と同じクラスの少女だ。
なぜ頭に葉っぱを乗せているのかと聞いてもはぐらかされ、誰かがイタズラで葉っぱを取ろうとしたら「やめんか! 変化が解けるじゃろう!」とマジ切れされてしまうため、やや不思議ちゃん扱いされているが、俊平のクラスには個性の強い人が多いので、その程度は許容範囲内だった。
彼女が丸メガネをかけてしましまの尻尾と狸耳があって、瓢箪ではなく陶器の酒瓶だったなら、何かのキャラに居そうである
「その、購買までパンを買いに………」
「む? 今日の俊平の弁当はピカチ●ウのキャラ弁ではなかったか? その体でよう食うのう」
「………あはは」
いつのまにか自分の弁当の内容を知られていたらしい。
実際、俊平は自分で食べる分の弁当はお腹いっぱい食べたため、もう食欲は無い。俊平は購買に行くことを愛想笑いでごまかした
「………そんなわけないじゃろ。なんじゃ、またチンピラ信号機にパシられておるのか? 儂に言えばその程度のこと簡単に解決してやるというのに。」
と思ったらごまかしきれていなかったようだ。ため息と一緒に説教が飛んできた。
あまり人に知られたくないヒミツだったが、情報屋を兼ねている彼女の前には隠し事は無意味であったようだ
「自分で何とかしようとする気がないのは感心せんのう。まぁ、逃げ出すよりはマシかもしれんが、時として『逃げるが勝ち』ということわざがあることを忘れてはならんぞい」
「う、うん」
「購買はまだ混んでおる。ほれ、行くなら走れ。まだ間に合うぞい」
妙子に背中を叩かれ、急いでその場から離れる俊平。
中学生の頃からの付き合いだが、彼女は俊平をよく心配してくれていた。
そんな彼女に心の中でありがとうと言いつつ、購買へと向かうのであった。
☆
購買にはすぐにたどり着けた。
だが、購買にはすでに人がごった返しており、人が通れそうな隙間はない
小柄な体格を生かして購買に押し寄せる人の波を、身を小さくして小さな隙間を見つけてはそこに体をねじこみ、よしえさん(購買のおばちゃん)の所にたどり着くと、目の前のパン三つ(108円×3)を素早く手に取り、よしえさんに500円玉を放り投げる。
見計らったかのようなタイミングで176円のおつりが入ったビニール袋が返ってきた。
買ったものは素早くこれに入れなさい、ということらしい。
よしえさんの気遣いに感謝しながら、来た道を同じような要領で戻り始める。
購買はいつも戦争だ。
この時ばかりは小柄な体格でよかったと感謝するが、そもそも自分は普段からお弁当だし、本来なら購買には寄る必要はないんじゃないかな。と思うと、すごく憂鬱な気持ちになった。
「なんでいっつも僕ばっかり………」
なぜ自分ばかりパシられるのだろう、と思案するも
それはきっと、“小さいから”なのだろう。とすぐに結論は出た。
身体の小さい俊平は、体格の違う大きな人に見下され、どうあがいても覆ることのない身長の差はどうしようもない劣等感を産んでいた。
身長がでかい。それだけで人生にアドバンテージが付いているのだ。
身長の低い俊平に小細工をしてやっとできることは、身長の高い人ならば力づくで、何も意識することなくできることなのだから。
購買だってそうだ。もしもガタイのある赤城雄大が直接購買に向かったらどうなるか。
周りの人を押しのけて堂々とよしえさんからパンを買うことができるだろう。
それも、俊平よりも圧倒的に速く。
非力で小柄で小心者。
それが俊平を構成する三要素であった。
「………はぁ」
ビニール袋を抱えて走りながら、ため息を一つ。
牛乳を飲んでも背は伸びない。
いっぱいご飯を食べようにも胃の容量が小さい。故に背も伸びない。チビのままだ。
そんな彼にできることは、もはや暴力を振るわれないために言うことを素直に聞くことしかできないのだった。
そして、彼はそんな自分のことが―――
「―――嫌になるなぁ。」
嫌いだった。