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Aki's Works BEST '13 ~ '15

寝言が、呼んでいる

作者: 木下秋

余談ですけど、寝言に返事をすると、死ぬんですって。


その寝言を言った人が。


あっ。


……。


冗談です。

 1



 暗闇の中にいた。

 身体が、はりつけにされているように、動かない。

 周りの闇に、生気を吸い取られているようで、力も入らない。

 浮いているような、沈み続けているような感覚。

 目は開いていたが、何も見えない。黒一色だった。

 そこにいたのは自分だけではなかった。

 遠くから、何かが近づいてくる。

 見えるわけじゃない。匂うわけでもない。

 それでもわかる。何かが近づいてくる。

 苦しみ、悲しみ、嫉妬、憎悪。そして――殺意。

 人の心に生まれうる、負の感情。それらを全て一箇所に集め、圧縮したようなモノ。

 それが、近づいてくる。蛞蝓なめくじのように、ゆっくりと。

 逃げたい。今すぐ逃げたい。でも、身体はピクリとも動かない。

 呼吸が荒くなる。全身が鼓動しているように感じる。

 冷たい汗は止まらない。開ききった目を、閉じることすらできない。

 だんだんと、それは大きくなる。

 じょじょに、少しづつ近づいてくる。

 呼吸を忘れてしまうほどの――

 恐怖。



     *



 目を覚ますと同時に、森下もりした拓磨たくまはゆっくりと上半身を起き上がらせた。

 生きている。よかった――

 当たり前のことだが、疑ってしまうほどに恐ろしい夢だった。

 右手で額を押さえる。じっとりと汗をかいていた。

 額だけではない。全身が汗で濡れている。しかし身体は冬の寒空の下に晒されていたように冷え切っていた。

 顔を洗うために洗面所に向かい、お湯を出そうと水を出しっぱなしにする。

 螺旋を描くようにして穴に吸い込まれてゆく水を眺めていると、昨日の夢が頭の中にフラッシュバックした。

 暗闇……動けない……寒い……近づいてくる……殺意……恐怖……――

 またあの夢だ。

 もう何日、あの夢を見ているんだろう。

 この部屋に引っ越してきたのが確か一ヶ月くらい前だったから――

 気付くと水はお湯に変わっていて、白い蒸気を放っていた。

 両手ですくって、顔を洗う。お湯の暖かさで、ようやく心は落ち着いた。

 タオルで拭いて、鏡を見る。

「……ひっでぇ、クマ……」



     *



「ひっでぇクマだな!」

 隣の席に同じ授業を取っている友人、斉藤さいとうあゆむが席に着くと、拓磨の顔を見るなり言った。

「日に日に酷くなるな」

 歩はリュックからノートや筆記用具、そしてこれから講義が始まるというのに、携帯ゲーム機を取り出した。

 拓磨は疲れ切ったような顔で歩に言う。

「昨日は二時間も眠れてない」

「つれぇわー! 昨日は二時間も眠れてねぇわぁ! つれぇわぁー!」

 歩は朝から元気一杯だった。血色の良い、健康そうな笑顔でおどけて見せる。

 拓磨は歩を恨めしげに睨みつけた。

「ごめん、ごめん」

 お手上げ、といったようなジェスチャーをしながら、歩は先ほどとは一変、真面目な表情で謝る。

「どうしたよ。クマもそうだけど、頬もこけてるぜ」

「最近全然まともに眠れてないんだ。まず眠りにつくまでに時間かかるし、やっと寝れたと思っても、すぐ起きちゃうんだよ。何回も」

 拓磨は夢の話まではしなかった。言っても信じてもらえないと思っていたし、それに――信じたくもなかった。

「やっぱあの部屋ヤべェんじゃねぇの? いくら学校から近いったってさ……。あのアパート、他の部屋はみんな人住んでんのに、あそこの部屋だけ空いてたんだっけ?」

「あぁ……」

 確かに歩の言う通りだった。

 去年、大学が決まると同時に一人暮らしをする事が決まったが、拓磨は部屋探しを始めるのが少し遅かった。始めてみれば、学校の周りの優良物件は全て他の新入生達に抑えられてしまっていて、拓磨は学校へは三十分以上かかってしまう所に住むしかなかった。

 今年の春、学校を卒業してここを離れる人もいるだろうと思い部屋探しを再び始めるも、“時すでに遅し”。今年も去年と同じように、新入生達にいい所は持って行かれてしまっていた。

 そんな時、たまたま空いていたのが、今住んでいるアパートの一室だったのである。

 不動産屋は「お客様と同じ大学の、新入生の方がここに住むことが決まっていたのですが、昨日突然キャンセルされてしまって……」なんて説明をした。

 確かに今思えば怪しさ満点だったが、家賃も安く、学校まで五分、二階の角部屋なんてうまい条件は魅力的過ぎた。拓磨は即決で、ここに住むことを決めた。

 それに拓磨は今まで、そういったモノを見たことがなかった。馬鹿馬鹿しいと、信じてもいなかった。

 しかしここまで来ると、拓磨も考えを改めようかと思えてきていた。

 本当にあの部屋は、ヤバいのかもしれない。

「あの部屋についてはさ、俺調べといてやるよ。他の講義の友達とか、サークルの先輩、後輩にも聞いとく」

「頼むよ」

 拓磨が深いため息をつく。

「寝る前にはさ、ホットミルクを飲むといいらしい! 身体もあったまって、リラックス効果もあんだって!」

 歩は普段おどけてばかりいるが、基本いい奴だ。

 拓磨は精一杯笑顔を繕って返事をした。

「試してみる」

「あっ! あとさ、睡眠繋がりなんだけど、オススメのアプリがあんのよ!」

 歩は携帯を取り出して操作をし、画面を拓磨に見せてくる。

 時間の表示画面や“アラーム設定”という文字、“START”と書いてあるボタンが並んでいる。

「目覚ましのアプリ?」

 似たようなアプリは拓磨の携帯にも入っていた。

「そうなんだけど、それだけじゃなくってさ!」

 歩は興奮したようにまくし立てた。

「これさ、アプリ作動してから寝ると、眠りに入った時間とか深い眠り、浅い眠り、そうゆうのを認識してグラフにしてくれんの! んで目覚ましの時間設定して、その時間近づいてくると、浅い眠りの時に起こしてくれるワケ! すごくね? しかもそれだけじゃなくてね……」

 歩は画面に表示されたグラフなどを見せながら説明をしていたが、ここで一度携帯を手元にもどした。まだ何かあるらしい。

「これ! 録音モード! これさ、物音に反応して、寝言を録ってくれんの! これ、俺の寝言」

 歩は画面に表示された“三時五十分”とある部分をタッチする。


『ガサッ……ガサガサッ…………「ううん……」…………』


 あははっ、と歩は笑った。拓磨もつられて笑う。

「これ最初のやつは寝返りの音ね!」

「寝言っつうか、ただの呻きじゃねぇか!」

 あはははっ。

 笑うと何だか気が楽になった。元気を出させようとしてくれている、歩の気持ちも嬉しかった。

「なんてアプリ?」

「“Good Sleep”!」

 ホットミルクもアプリも、試してみよう。そんな事を思っていると、先生が教室に入ってきて講義が始まった。

 歩は机の下でゲームを始めた。拓磨はというと、睡魔に襲われていた。

 拓磨がぐっすり眠れるのは授業中の間だけ。

 単位……ヤバい……――

 拓磨は結局、悪夢にうなされるのであった。



 2



「ひっでぇクマ……」

 次の日、別の講義で一緒になった歩は、拓磨に向かって言った。拓磨のやつれようはもう、からかえるレベルでは無くなっていた。

 席に着き、リュックから筆記用具とノート、携帯ゲーム機を取り出す。

「ホットミルク、効かなかったぜ」

 拓磨が気だるげに言った。

「アプリは?」

 歩が問うと、拓磨は携帯を取り出し、アプリを起動させて歩に渡した。

「あらら……そもそも、ほとんど眠れてないのね……」

 拓磨の昨日の睡眠度合いを表したグラフは、それはもう酷いものだった。

 十二時にはアプリを作動させているが、眠りにようやく入ったのは深夜二時半。しかし三十分もするとすぐに目を覚ましていることがわかる。そして四時に再び眠りに入り、一時間眠りにつき、五時に目覚める。アラームに設定されている時刻は八時となっているが、それからは眠りにつけなかったようだ。

「それ不思議なのがさ」

 拓磨は俯いたまま、静かに言った。

「三時に一回起きてるだろ? それ、覚えてないんだ」

 歩は固まった。一時間も起きているのに、そんな事があり得るのだろうか。

「そんな……マジ……?」

 こくり、と拓磨は頷く。

 歩は画面を操作し、録音画面を表示させる。


 “三件の新しいデータがあります”


 時刻は、“二時三十五分”、“二時四十八分”、“二時五十七分”、とある。

 歩は最初の、“二時三十五分”のデータを再生した。


『ガササッ……「う……ん……うぅっ……」………………カリッ……カリッ……カリッ……カリリッ……カリカリッ…………』


 最初の音は寝返りなどの、布団の擦れる音だろう。

 そして、苦しそうに呻く、拓磨の声。

 ……最後の音は……?

 何かを引っ掻くような音が、遠くで聞こえた。

 その音を聞いて、拓磨がビクリと反応する。

「今のは……?」

「えっ、昨日の録音データだよ……。寝言の」

 歩は答えると、二つ目の、“二時四十八分”のデータを再生させた。


『ガササッ……「……うぅ……ううぅ……ぐっ……げほっ、げほっ」…………カリッ……カリッガリッ……ガリッ……カリッ…………』


 苦しそうに咳き込む拓磨の声が入っている。

 そして一定の感覚で聞こえてくる“何かを引っ掻くような音”。

 その音はだんだんと、大きくなっていた。

 二人とも、動けなくなっていた。

 これは……なんなんだ……?

 二人は黙って目を合わせる。拓磨は少し、震えていた。

 歩は三つ目のデータを再生しようと、ゆっくりと指を伸ばした。

「やめろッ!!」

 拓磨が叫び、歩の腕を掴んだ。

 騒がしかった教室中が、静まり返る。

 拓磨は少しして、ハッと我に返って歩の腕を離した。

「ご、ごめん……」

「いや……」

 歩は戸惑っていた。この拓磨の様子は、尋常ではない。

 二人の間に沈黙が流れ、教室が再びざわめき出すと、歩が口を開いた。

「本当に覚えていないのか? この音も……三時からの事も……」

 この“Good Sleep”というアプリは、使用者が眠りにつかないと録音機能は作動しない。即ち、拓磨が起きていて、覚えていない一時間の間は録音もされておらず、何が起きていたのか、知りようもなかったのだ。

「覚えてない……覚えてないけど……」

 拓磨は目をつむり、自分を落ち着かせるように両手を揉み合わせながら、静かに言った。

「その音はなんだか……聞きたくないんだ……」

 二人はもう、何も言えなかった。



 3



 公園のベンチで、拓磨は目を覚ました。

 講義を終えて歩と別れたのち、午後の講義を受ける気を無くした拓磨は部屋に帰るのも嫌で、近くの公園に来ていたのだった。

 ベンチに座りウトウトとしていて、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 左手に巻いた、デジタル腕時計を見る。十八時四十分。

 五月に入ってだいぶ暖かくなってきたとはいえ、夕方になればまだ肌寒い。

 (帰ろう……)

 拓磨はゆっくりと立ち上がり、歩き出す。

 家に帰る途中、歩からメールが来た。


『先輩の友達で 、その部屋について、知ってる人がいるらしい! 今から会いに行く! 何かわかったら連絡する!』


 俺の為に、歩は動いてくれている。拓磨はもう救われた気持ちだった。

『ありがとう! 待ってる!』そう返信をした。

 それに公園で久しぶりにぐっすり眠れたことが、拓磨の心を回復させた。夢や録音データにビクビクしていたことが、急に馬鹿らしくなってくる。

 勝手に思い込んで、怖がっていただけだったなんて恥ずかしい。あの夢だって今思ってみれば、内容なんて殆ど思えていない。音だって、隣の部屋の住人が隠れて猫でも飼っているんだろう。

 拓磨は自分の中で、そう納得することにした。



     *



 深夜二時。

 歩からの連絡は来ない。

 そして、拓磨は眠れなかった。

 無理もない。公園で五時間以上は眠ってしまっていたからだ。

 しかし、拓磨はもうそこまで怖がってはいなかった。歩からの連絡が無いのは気がかりだったが、もうどっちにしろ、この部屋は来月には出ようと決めていた。

 深夜のバラエティ番組や、昔読んだマンガを読み返したりしていたが、ついにやることがなくなる。

 こんなだったら、レンタルショップで映画でも借りてくるんだったなぁ……。そんな事を考えていた。

 暖房器具の一切ない部屋は、少し冷える。もう布団に入ることにして、拓磨は洗面台で歯を磨いた。

 鏡を見て、クマをなぞる。

 もう少しで、この部屋とも、このクマともおさらばだ。

 布団に入って横になり、“Good Sleep”を起動させると、電気を消した。


 部屋が――暗闇に包まれる――


 瞬間、あの夢の映像が、質感が、見ていた時の自分の感情が、蘇った。


 いやなことを、思い出してしまった。


 拓磨は急に、恐怖心に襲われる。

 電気を付けようかとも思ったが、恐怖のせいで動くことも出来ない。

 目線を動かし、壁にかかった時計を見る。月明かりの中でぼんやりと浮かんだ時計は、二時四十四分を指していた。


 あの記憶のない、三時になってしまう。


 拓磨は寝よう、寝てしまおうと目をギュッと瞑った。しかし、そこにあるのもまた、暗闇だった。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン…………


 自分の、心臓の音だけが聞こえる。

 その音が気になって、眠れない。


 …………カリッ………………カリッ…………………………カリカリッ………………


 自分の心臓の音とは別の音が――聞こえてくる。

 “何かを引っ掻くような音”が。


 …………カリッ…………カリリッ…………カリッ…………


 その音に自然と、耳を澄ませてしまう。

 隣の部屋の音なんかじゃない。

 明らかに、この室内に響いている。


 …………カリッ……カリッ…………カリッ……カリリッ…………


 そしてその音は、だんだんと大きくなる。

 何かが、近づいてきている。

 厭なモノが。

 この世のものではない、負の塊のようなモノが、すぐそばにいる。そう確信した。

 腐臭が、冷たい空気の中で漂っている。

 気付くと、拓磨は動けなくなっていた。

 そして見開いた両目を、閉じることもできない。


 拓磨は気付いた。あれは夢なんかじゃなかったんだ。

 

 その音は、拓磨の足元、玄関の方から聞こえてきた。

 そして音の大きさからして、もう部屋の中に居る。


 ……ガリッ……ガリッ……ガリッ……ガリッ…………ガリガリッ……


 音の正体が、拓磨の視界、下の方から現れた。


 深海に揺らめく海藻のように、縮れて、乱れた、長く黒い、髪。

 それが獲物を捉えるため伸ばした触手のように、幾つもに分かれた束になってゆらゆら揺れている。

 異常と言っていいほどに長い髪の女が、天井を這うようにしてしがみついている。その姿は、蜘蛛にも見えた。

 髪の隙間から見える両腕はか細い。しかし――


 ……ガリッ……ガリリッ……


 両手の長い爪を天井にあり得ない力で食い込ませながら、少しづつ拓磨の真上に近づいてくる。


 右腕。……ガリッ……


 左腕。……ガリリッ……


 拓磨の真上に辿り着くと、女は両腕の動きを止める。

 小刻みに震えている。

 

 ウッ、ウッ、ウッ、ウッ、ヴッ、ヴッ、ヴッ、ヴッ、ヴッ、ヴッ……


 泣いているような、それでいて嬉しそうでもある、狂気の声が聞こえてくる。


 拓磨は動けない。

 怖い、寒い、逃げたい、動けない、見たくない、聞きたくない……!

 夢であって欲しい、そう思った。


 ゴキッ、ゴギリッ


 耳を塞ぎたくなるほどに残酷な、肉の中で骨が砕ける音がした。

 女の首が、グルリと回る。

 目が合ったのを感じた。

 そこに眼球は無かったが、黒く深い闇が、拓磨を捉えた。

 女の、切り傷のようにバックリと開いた口。その口角が、不気味に釣り上がる。


 耳をつんざく――絶叫。


 拓磨は感覚で分かった。連れて行かれる――


 震える指先で、布団を掴む。抵抗しようと、必死に首を動かして直視しないようにした。

 女の向こう側の天井が、深い黒に染まってゆく。

 触手のような髪が伸びてくる。

 拓磨は、必死に息をし、正気を保とうとし、全身に力を込めて――


 目を瞑った。



 4



「よく無事でいられましたね」

 住職はお祓いを終えるとそう言った。


 拓磨は翌朝起きると、すぐに家を飛び出した。どうやら昨日はあの後気絶してしまっていたらしい。

 町の中を彷徨い、目についた寺に飛び込んだ。外で掃き掃除をしていた住職は拓磨を見るなり、

「早く中に入りなさい!」

 と言って、拓磨をお堂に入れてくれた。

 お祓いは三時間以上かかった。その最中の記憶は、拓磨にはほとんど無い。

 拓磨はここ一ヶ月の間に起きていた出来事、全てを住職に話した。

「おそらく、その部屋に憑いたモノの仕業でしょう」

 住職はその道のプロ、といった様子だった。拓磨に簡単な言葉で説明をする。

「そういったモノは、その場所に永く居続ければ居るほど、元の姿も、人であったことも忘れてしまいます。突き動かすのは、死ぬ直前に強く思った、“念”。それのみです」

 拓磨は一昨日録っていた録音データを聞かせた。すると住職は二つ目のデータの途中で、

「いや、もういい。止めてください」

 とさえぎり、停止させた。

「その録音データには普通の人間には聞こえない、死人しびとの声が入っています。一つ目のデータには微かに、二つ目のデータでは、大きく、強くなっている。あまり、聞かない方がいいでしょう」

「その声っていうのは……?」

 拓磨が聞くと、住職は真剣な顔つきで言った。

「……向こう側から、呼んでいる声ですよ」

 拓磨は全身が総毛立つのを感じた。

「もう一つ、二つ目のデータの後に録れたデータがあるんですけど……」

「それを、聞いたのですか?」

 住職の顔色が曇る。

 拓磨は勢い良く首を振って応えた。

「おそらく、二つ目のデータよりも強い“念”が入っている。聞いてしまえば強い影響を受け、最悪……憑いてしまう事もあり得る。すぐに、消した方がいい」

 拓磨は頷き、言われた通りにデータを消そうと、携帯を覗いた。


 “新しいデータが一件あります”


 録音データを見ると、四つのデータがあった。

 “四時十二分”とある。昨日の夜、気を失った後に録れていたようだ。

 まだ何かあったのか……?

 拓磨は思わず、震える指を伸ばしてしまっていた。スピーカーに、耳をすませる。


『ガサガサッ…………ガサッ…………………………』


 布団のこすれる音しか入っていなかった。

 ホッとすると同時に、おかしな事に気付く。

 今は消えてしまっているが、先ほど開いたデータの隣には、“New!”の文字があった。新しい、再生されていないデータであることを教える為だ。

 昨日の三つ目のデータの隣に、その文字は無い。

 再生されている。そんなバカな。

 拓磨は昨日一日中、携帯を肌身離さず持っていた。拓磨の手を離れたのは、歩に渡した一回だけ。

 まさか自分で知らないうちに再生していた……? いや、そんなはずはない。公園にいた時……?

 拓磨は気付いた。


 あの授業中、俺は――眠ってしまっていた――


「まさかあの時……歩が……」

 結局、あれから歩から連絡はなかった。

 拓磨の手の中の携帯が突如震え出す。

 画面には“斉藤歩”の文字。

 電話がかかってきていた。

「歩っ!!」

 拓磨が電話に出ると、歩の震える声が聞こえてきた。

『……た、拓磨…………お、お、おれ………………』

 歩は、三つ目のデータを聞いてしまった。

 あのデータには、何が入っていたのだろうか。

 そして歩は今、何を見ているのだろう。


『……カリッ…………カリッ…………カリリッ………………』


 電話の向こう側から――



 あの音が聞こえた。

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[一言] 始めまして!斉藤玲子と言います。 チープな話作りをやってます(^-^; 電車待ちの間に読ませていただきました! 最後のドキドキ感、味わいました… ホラーは得意じゃないんですが気になって…
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