~身近立つ 天までけぶる 血煙の 乙女の瞳 空をあらはす~
何の変哲も無いというのは、表面上をさす前提の言葉なのかもしれない。昨日と同じように今日を過ごした人間は、必ずと言っていいほどこの言葉を使いたがる。でも森羅万象という言葉も存在するように、変化も確かにそこに存在する。程度の基準は人それぞれだけど、大概は今日にまで影響を与える事象に巻き込まれれば、昨日の身に起きたことが非日常であることを実感する。
「……」
学校の教室にてコハナは昨日と変わり映えのない空を見上げていた。慣れた制服に着込み、慣れた机の上に肘をついて。
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止めをさした鬼面のロボットから湯気のように煙がくすぶっている。ボーっとなった頭のまま状況を把握しようとしたが、眠気に似た気だるさがそれを妨害する。
バシュッ!
私を収容した傷だらけのロボットが、体内から私を吐き出した。巻きついたケーブルがそっと私の体を支える。足で立とうとするも力が入らず、やむなく体を横にした。気のきいたケーブルが、ロボットの体内に収容される。
ハァ…ハァ…
私は横になった体勢のまま、ロボットを見上げた。傷だらけだった体は、なぜか無傷の状態になっていた。獅子の鬣を連想させる鬼面の目も、今は光に満ち溢れている。
「…助けて…くれたの?」
ロボットは何も言わない、何とか身を起こした私はさらに続けた。
「ありが…とう…、」
やはり何も言わない、そもそも何も言えないのだろうか?意思があるなら、なにか答えが欲しい。首を振るでも、手を差し出すでも。
「……」
ロボットは何も言わないまま、背を向けようとした。
「待って!」
呼びかけに応じてくれた。やっぱりこのロボットには意思があるみたいだ。ロボットがこちらに顔を向ける。
「…あなたは一体、なんなの…?」
アシガルの新兵器。それにしてはアシガルの挙動も不審すぎる。むしろ彼らとは敵対しているのかもしれないし、なにより鬼面ロボットと同じ仲間かもしれない、けどこのロボットだけは信じてもいい気がした。
「……」
相変わらずロボットは声を出さない。その代わりのように腕の振袖のような装甲からマチェーテを取り出した。切っ先をアスファルトに向け、引っかき始める。
ギッギギ……
文字だった。
『キ…キ………ョ……ウ』
キキョウ?
最後まで書き終えたところで、ロボット……キキョウは頷いた。
「それが、あなたの名前?」
キキョウは頷いた、そんな気がした。
サイレンの音が近づいてくる、キキョウは大きく跳ねて姿を消した。
「!……、」
キキョウの行方を確かめる気力も無く、私は眠気に身を任せてその場に倒れた。