表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/125

『ダークゾーン』:貴志祐介(小説)

お尻の穴までネタバレしているので、嫌ならちゃんと拭いてから読もう!























 久々に読んだ貴志祐介作品。ふと本屋に寄ってみると平積みされており、気になって手にとってみるとどうやら将棋をテーマにした話だそうだ。将棋といっても、将棋そのものではない。あくまで将棋をモチーフにした、よくある戦略ゲーム風のオリジナルゲームを、マトリックスのような仮想空間で行う。ただ、将棋の影響は大きい。殺した敵ゴマは持ち駒にできるし、また一定ポイントでの昇格もある。サバイバルゲームに将棋の要素を足した物、と考えると実態にかなり近いと思う。ただし、戦うのは生身の人間ではなく、異形と化した元・人間たちなのではあるが。

 ゲーマーであるから興味が湧いたのもあるが、実は私自身も将棋をモチーフにした小説もどきを書いたことがあり、貴志祐介は将棋をどういうふうに小説に仕立て上げるのか、それを読んでみたくて買ったというのが主な動機だ。

 まあ、実際に読んでみると、かなり面白い。序盤は……

 中盤以降、ダレてくるのだ。このダークゾーンというゲーム、一回の戦いで決着するわけではない。7局4本先取なのだ。そして一回戦った後、すべての状態がリセットされて次の対局が始まる。なので、死が軽い。ピンチに陥っても「どうせ次で復活するし」で済まされてしまう。それに目次に1~8局までの表題があることから、全体の残りページから類推して「ここは負けるな」という風に意外と先を読めてしまう。死んでも復活する、という設定はゲームらしさを演出為に必要だったのかもしれないが、同じゲームを扱った『アカギ』の鷲巣麻雀はここら辺でも秀逸なゲームバランスだと感心する。もちろん、鷲巣麻雀でもゲームの点棒などは半荘ごとにリセットされるが、その半荘で取り合った「金」や「血」といった要素は次へ引き継がれるため、前の半荘を踏まえて次の半荘が始まり戦いに一貫性が生じるという効果もあった。ダークゾーンにもそういう要素は一応あることはある。主人公は目の虹彩が4つあるが、一敗するごとに一つずつ失ってゆく。それに伴い、キングとして備わっている超人的視力が徐々に失われてゆくという描写もある。ただし、元々超人的視力をあまり生かすことなく戦いが進んでいくことから、ほとんど「死へのカウントダウン」という形式でしかない。まあ、負けた後に何が待っているのか、このゲームの目的は何なのか、そこら辺がある程度明かされていれば「カウントダウン」にも意味はあっただろうが、それはほとんど最後まで明かされないまま。目的がはっきりしないとやはりゲームは面白くない。

 突然だが、一昔前に『ドラえもん』のオチについてある都市伝説があったのをご存知だろうか。それは「実はのび太は植物人間で、そののび太の見ている夢が『ドラえもん』のあの世界だ」というものだ。完全にネタバレになってしまうが、まさにこの『ダークゾーン』のオチは都市伝説と全く同じものだったのだ。

 主人公は植物人間状態で、その間に見た夢――異形と化して永遠に戦い続ける――がこの奇妙なゲームの正体だった。最後まで勝とうと必死になるも、結局勝とうが負けようが永遠に戦い続ける――ダークゾーンという時間の止まった異空間で。

 この結末がどうにも受け入れ難かった。途中からはそれっぽいと予想できるから、真実を知った時の衝撃もイマイチだったし、何よりもゲームの結果など全く関係ないぜ! というちゃぶ台返しもいいところだからだ。これだけ読んで最後は植物人間の無限の悪夢でした、というのもなぁ……胸糞の悪さを感じる。

 ただ、この作品全体に漂う「胸糞の悪さ」は、作者が計算して演出したものだろう。

 対局の間に挟まれる「断章」では、主人公の過去が語られる。これが最終的にゲームの真相へとつながってゆくのだが、その中で主人公はプロ棋士の卵であることが明かされる。

 当然ながらプロの棋士になるのはかなりの難関だ。『ドラゴン桜』の教師が100人束になって100年間指導してようやく一人くらいがプロになれるのではないか、と思われるくらいの厳しさなのだ。そのプロ棋士最大の難関が奨励会三段リーグ。これには年齢制限があり、26歳までにこの三段リーグを突破して四段(正確には四段=プロ初段なので四段は存在しないのだが、とにかく)になれなければ、それ以降プロになる資格を失ってしまう。そもそも、奨励会自体に入会することが難関だ。私も詳しくは覚えていないが、アマチュア段位で5、6段までいって、始めて奨励会に入ることができる。入会して最初は、6級kらのスタート。そこで勝ち上がりまくってようやく3段にたどり着くのに、どれだけの才能と努力を要するのか。一般人には“読めない”世界だろう。この奨励会も、入会するのはなんと小学生くらいかららしい。それだけ早期に英才教育を施すのだが、それでもプロになれるのはほんのひとにぎりだけ。

 そして念願のプロになってからも厳しい。プロの順位にはA、B、Cとあり、BとCはさらに二つのクラスに分かれている。C1、C2という風に。そこのクラスで勝ち上がってようやく次のクラスに進める。次のクラスに進むには、小学生の頃から英才教育を受けた鬼才、天才たちと勝負して勝ち上がっていかなければならない。しかも負け続けると降格もありえる。まさに「戦え、戦い続けろ」という小説内の言葉通りの世界なのだ。

 このように、将棋界というのは一般人の想像の及ばないような、異様な世界だ。実際『ダークゾーン』でも最初のうちは「異様なゲーム」に目が惹きつけられるが、その内「断章」で叙述されている、現実世界の将棋界の描写の方に目が行くようになる。現実のことだが、ゲーム以上に異常。しかも、これは本当に“現実”のことなのだ。

 『アカギ』のセリフに「一打、一打が血糊で濡れている」という表現があったと思うが、まさにプロの棋士の世界はだいたいそれと同じなのだ。まだアカギはアカギ「だけ」の骨身を削った一打かもしれないが、羽生の打つ一打、一打は羽生だけではない。すべてのプロ棋士を目指し、散っていった者の血糊を含んだ一打と言える。盤上から消えたコマの悲痛な叫びが籠った一打、一打なのだ。

 話がそれた。この断章も面白かったのだが、結局のところ痴話喧嘩に過ぎないのが残念だった。それもすごいうまいこと書かれていれば良かったのだが、イマイチ練込み不足だったように思える。下手ではないが、何しろ「先が読めてしまう」展開であり、今までの貴志祐介作品からすると平凡な印象を受ける。ただ、濡れ場を将棋に喩えて描写したところはちょっと笑った。貴志祐介作品には狙っているのか、安いAVみたいな描写がほとんどの作品で登場する。個人的には中々気に入っている要素だ。また、ダークゾーンのあとがきでも述べられていたが、貴志祐介自身も将棋を指すらしい。確かに、これもほぼ全ての作品で何らかの「ゲーム」的要素が含まれている。『新世界より』では学校のイベントで、超能力によって粘土でコマのような物を作って戦わせる遊びがあった。『天使の囀り』では登場人物の一人がパソコンの美少女ゲームのファンだった。今でこそそういったゲームは世間的にある程度認知されているが、この作品が書かれた当時の段階ではまだそこまでいってなかったように思う。『クリムゾンの迷宮』は作品自体がゲームのようだが、その中でもゲームボーイを彷彿とさせるカートリッジ式の機械が出てくる。ゲームは貴志祐介作品全体に影響を与えている、と言えば言いすぎかもしれないが、かなりの影響はあるだろう。

 ただ、作者も最近のコンピュータゲームに関してはよく知らないようだ。ダークゾーンで、「マス目に区切られてコマを動かして戦い、さらにコマが昇格するような(コンピュータ)ゲームはなかったか」思い出そうとするシーンがあるのだが、私はまっ先に『ファイアーエムブレム』を思い浮かべたのだが、FFやドラクエが出てきても、その名前が出てくることはなかった。全ての特徴が当てはまっており、唯一違う点は「取ったコマを使える」ところくらいなのに。

コマで思い出したが、このダークゾーンのゲームはクソゲーとまでいかなくても、かなり微妙なゲームかもしれない。軍人将棋のように相性が決められていて、特定のコマが三すくみの関係になっているのだ。ジャンケンに例えるなら、グーのコマを独占してしまうと、もはやそこで勝負あり、になってしまう。

 取ったコマから情報を聞き出すなど、心理、情報戦の要素が加わったのはいいが、戦闘のバランスが少し大雑把で、肝心の戦闘バランスが少々悪いように思える。ここら辺に関しては、さすがの貴志祐介もコンピュータゲーム関連の知識が不足していたこともあったのだろう。こういう能力モノ的な作品は最近の若手の方に軍配が上がるように感じた。ただし、プロ棋士志望の夢敗れる様など、若手には絶対書けないような領域まで踏み込んでいるあたり、「さすが貴志祐介」ではある。

なんだかんだ言いつつも、普通に読んでそこそこ面白いから二日くらいで一気に読んでしまった。ただ、貴志祐介作品の中では「ちょっと平凡」な仕上がりになってしまった感じだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ