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プロメテウスネタバレ前提考察

ネタバレ前提、むしろ見た人前提の、考察とすら言えない程度の妄想を宇宙へ垂れ流す。











 さて、どこから話そうか。そうなると『考察』と銘打ったものの、困り果ててしまう。この『プロメテウス』という映画、鮮烈なビジュアルでグイグイ物語を引っ張っていくが、なにぶん物語自体は断片的な情報しか与えられていない。

 一応、手元には『プロメテウス設定資料集』的な本がある。映画を観終わった後、買ったのだ。映画自体の謎を解明するためでもあったし、私は時々しょぼい絵を描いたりするが、そのときの(恐れ多くも)「絵の資料」としての目的もあった。

 とにかく、だ。

 この『プロメテウス』、よくわからないことがたくさんある。

 その一つは、作中に登場する宇宙人、「エンジニア」の存在だろう。

 まず、この名前からしてすごく不思議だ。彼らは人類を“創造”したとされる。なのになぜ、「クリエーター(創造者)」と呼ばれず、「エンジニア」と呼ばれるのだろうか? これは設定資料集にも書かれてなかった。ただ、「クリエーター」というのはキリスト教的唯一神という意味合いが欧米では強く、それゆえ敢えて避けられたのかもしれない。そこらへんは分からないが、もしかしたら、この「エンジニア」すらも実は「クリエーター」によって創造された存在なのかもしれない。そう、キリスト教的な天使のような存在だ。まさに神によって作られた「技術者」である。

 ある意味、ラストで「エンジニア」が見せた人間に対する理不尽で一方的な憎悪は、堕天使ルシファーに重なるものがあるように見えなくもない。どちらも根底にあるのは「俺たちの方が不完全な人間より優れているのになぜだ」という感情だろうか。続編(設定資料集では、もう制作が決定しているそうだ)ではそういった「クリエーター」的存在が出てくるのかもしれないが、当然ながら今のところ何とも言えない。

 まあ、そこらへんはしばらく置いておくとして、少し整理しておきたいことがある。

 まず、「エンジニアが人類を作ったというが、一体どの程度の“作った”なのか?」という点だ。それは①アウストラロピテクスレベルの起源(約300万年前)で人類を作ったのか、それとも②現代人の直接の祖先である、クロマニョン人レベルの起源(約5万年前)なのか。それか、③人類の文明の起源(約1万年前)なのか。

この中で③のみは絶対に有り得ない。もちろん、①か②の複合としてはあり得るだろう。壁画にも描かれているほどだから、人類文明に重大な影響を及ぼしたに違いないことは確かだ。ただ、「③だけが正しい」ということは絶対にない。

 なぜなら、劇中で「人類とエンジニアの遺伝子が一致した」からである。ということは、エンジニアと人類は遺伝子レベルで何らかの関係がある――それは人類が創造された、ということかもしれない。

 ここで「遺伝子が一致した」という現象について考えてみる。

 当然のことながら、私とこの文章を読んでいる皆様方とは、違う遺伝子である。個人個人の遺伝子が違っているのは当たり前である。でなければDNA鑑定などという捜査手法は成立しなくなる。では、人類という観点から見ればどうだろうか? 当然一致するはずである。要するに、同じ「遺伝子の一致」にも様々なレベルがあるということだ。

 では、人類とエンジニアはどの程度で「遺伝子が一致」しているのだろうか?

 私が思うに、「犬とオオカミくらいの一致」ではなかろうかと思う。ご覧になった方はわかると思うが、エンジニアの身長は目測で2メートル半~3メートルくらいはある。しかも種族全体で大体その大きさである。人間の中にも巨人症とか何やらでエンジニアレベルの身長の人間が稀に「世界びっくり人間」的なテレビ番組で報道されたりするが、それとは話が違う。種族全体の平均身長が、あまりにも違いすぎる。だから、この場合の遺伝子の一致は、「犬とオオカミレベルの一致」と見たほうがいいと、私は思う。

 その「犬とオオカミレベルの一致」でも、何百何千光年も離れた独自に進化した生物で一致するわけがない。つまり、そこには何らかの意志の介入があったという証拠だ。

 そしてこのエンジニアによる人類創造に関して、もう一つ気になった点が。それは設定資料集に書かれてあったのだが、『神は自らに似せて人を作り、また人に似せて自らを作った』という言葉である。この矛盾極まりない言葉を解釈すると、エンジニアは自らに似せて人間を生み出した(あるいはその遺伝子を作り替えた)が、また人間の影響を受けて自らも作り直した(改良した?)ということだろうか。まあ、エンジニアからすれば地球は見知らぬ惑星であり、そこには見知らぬ細菌やウィルスがウヨウヨしているわけで、それらに対する免疫を得るためだったのだろうか? ひょっとしたら、宇宙船内部にあったテラフォーミングされた空間はこれと関係しているのだろうか。それか、もはや地球自体が彼らにテラフォーミングされた結果として人類は誕生したのだろうか?

 船内で冷凍催眠から目覚めたクルーたちが一堂に会したとき、生物学者が「進化論を否定するのか」と言っていたし、映画の世界でも人類の歴史に進化論を揺るがすほどの大断絶はないのだろう。ただ、この生物学者、エンジニアの遺跡で道に迷ったとき、明らかに凶暴そうな蛇のような生物に出くわしてもちょっかいを出すという、ちょっと生物学者としてかなり問題のありそうな人だったので、信用していいか分からない。エンジニアの元々暮らしていた惑星と地球の環境はある程度似ていただろうし、それならたとえテラフォーミングを行ってもそれほど環境の変化をもたらすものではなかった=進化論的大断絶をもたらさなかった、のかもしれない。

 エンジニアの船内は、地球人にとって快適な環境に保たれていた。そして、冷凍催眠から目覚めたエンジニアは、ヘルメットがなくてもちゃんと生きていられた。それどころか元気に走り回って人間たちを殺戮していたくらいだ。でもホログラフで出てきたエンジニアたちはヘルメットもつけた完全装備だった。

 もう何か訳が分からなくなってきた。それを言うなら、最後に船長が特攻してエンジニアの宇宙船を撃墜するが、その後エンジニアは墜落した救命ボートにノーヘルで現れている。

 まあ、とにかく。このテラフォーミングの件は保留しとこう。テラフォーミングも可能性としてないではないが、多分それはないだろう。エンジニアの住む惑星と地球は、非常によく似ていた環境にあった。だからそこまで大規模な「作り直し」を強いられなかった。だからこそエンジニアは地球に干渉してきた可能性が高い。というか、これ以上考えても多分この線から何か有益な情報を導き出すことは不可能そうだ。テラフォーミングについては棚上げだ。

 他に推理する材料として、『宇宙における神の役割を演じるエンジニアたちは、何千年にもわたり幾度も地球を訪れては、肉体的にも知能的にも人類を進化させてきたんだ』(設定資料集より抜粋)という文言がある。

 エンジニアが描かれたと思しき壁画の最古の年数(約3万5千年前)と、この文面を見る限り、①のアウストラロピテクス時代というのはなさそうだ。数千年などというのは進化論的タイムテーブルから見ると極めて短期間で、その間にほとんど猿に近い生物が現代人の直接の先祖まで進化すれば、進化論は根底から覆される。だったら「進化論を否定するのか」とは言わないだろう。それに文章の意味から明らかに人類という種を創造したというよりは、「元々存在した人類を進化させた」と見るのが妥当だ。それにアウストラロピテクスの時代だと、何百万年もの時間が横たわることになる。壁画とあまりにも年代が離れすぎる。

 となると、やはり②のあたりの年代が妥当だろう。

 以上をまとめると、エンジニアたちは約5万年前に地球にやってきた。そして数千年の時をかけて、人類を肉体的にも知能的にも進化させ、現在の人類の祖先を生み出した。結果、人類とエンジニアは遺伝子レベルで――別々の惑星で独自に進化した生物同士ではありえないほど――近似した存在となった。

 可能性として、エンジニアも人間に合わせて自らを作り替えたかもしれないこと。

 映画の内容にも矛盾しないし、大体こんなもんだろう。

 と思うじゃん? 正直、私も設定資料集を見てびっくりした。少し長いがそのまま引用する。あのオープニングの、エンジニアが黒い液体を飲むシーンの解説。

 『「我々地球に住む生命の起源が、地球外生物が蒔いた種だったとしたらどうだろう?」(中略)彼ら(筆者注:エンジニアのこと)は地球に自分たちのDNAを蒔き、人類の誕生を促すために訪れたのだ。儀式に挑んだ若き“エンジニア”が杯を飲み干すと、彼の肉体は分解を始める。そしてその残骸は海へと吹き散らされ、最終的に人類へと辿りつく。』

 これが正しいとすれば、何百万年どころか何十億年前に、すでにエンジニアは地球を訪れていた可能性すら出てくる。

 先の引用も、この引用も、監督自身の言葉ではないから、一体どれが正しいのかはっきりしない。ただ一つ言えるのは、ここに科学的(笑)捜査は完全に行き詰まってしまったということである。

 それでも映画の内容に即した妥当な仮説を考えるとすると、「エンジニアたちは星々を巡りながら生命の誕生、進化を促していた。ある日(おそらく数百万年前くらいか? 確証なし)地球にやってきた彼らは、自らを犠牲にして自らの遺伝子を地球にばら撒いた。それからも様々な星で生命の“発芽”を促しながら、銀河中を旅するエンジニアたち。やがてそうやってばら撒いた“生命の種”から、知的生命体が生まれた。それが地球の人類である。そして地球に戻ってきたエンジニアたちは、当時原始人だった地球人を肉体的、知能的に改良し、やがてそれが現代人の祖先となる」といったところだろうか。この仮説だと、エンジニアは最低でも2回、地球を訪問していることになる。無論、年代など考慮すればすぐに矛盾が生じるような仮説に過ぎない。しかしながら、エンジニアという神の御技に匹敵するほどの科学力は、現代人の常識をはるかに超える、ということなんだろう。そうなんだろう。

 でもまあ、SF映画としては十分納得いくレベルの仮説が出来たと思う。

 ところが、ここに大きな壁が立ちふさがる。

 物語上の設定で、エンジニアは人類を含む地球の生命体を、例の黒い液体で絶滅させようとしていたらしいのだ。「数千年かけて人類を作り替えた」どころか「生命からつくってやった」のに、なぜ「滅ぼそう」としたのか?

 この経緯について、映画でも設定資料集でも全く触れられてない。

 いくつか考えられることはあるだろう。例えば、進化した人類がエンジニアに対して反抗したとか。ただ、あれだけの生物兵器を生み出せる科学力をもったエンジニアが、“洞窟のヘボ絵描き”である原始人の起こした反乱くらいであれだけ本気になって怒るのがどうも理解できない。地球にはエンジニアの基地的なものがあって、そこを乗っ取って=基地にあるエンジニアの武器も奪って、というのも考えられないことではないが、それなら壁画の絵にもっとそのことが書かれてあってもおかしくないし、そのエンジニアの基地が遺跡として残っていてもおかしくない。

 当然そんなのは発見されていない。

 通常の「宇宙人侵略モノ」であれば、宇宙人が一方的に人類に憎悪を抱くのも分かる。大抵の場合、宇宙人にとって人類はただ邪魔な存在に過ぎないからだ。

 ただし、この場合は話が違う。エンジニア自身が手塩にかけて育てた知的生命体と言えるのが人類なのだから、その人類に対して作中で見せたほどの憎悪を抱くようになったのには、何か深いわけがあったはずだ。

 その理由は、全く示されていない。設定資料集にもだ。

 最初の方で述べた「エンジニアを作ったクリエーター」が存在するなら一応エンジニアの憎悪を説明できるが、そんなのは“ちゃぶ台返し”もいいとこだろう。

 となると、この映画、SF的な考察は辛うじて成立するが、ストーリー的な考察で破綻することになってしまう。そのSF的考察も、非常に曖昧なアウトラインといった感じ。エンジニアの憎悪も、「ホラーの設定」として無理矢理自明のこととして受け取ってしまえばそれでいいのかもしれない。

 ただ、それではこの作品の本質に迫れない。

 ストーリーでもなくSF的考察でもない、何か別の視点から分析する必要がある。

 そのヒントは最初から示されていた。

 そう、『プロメテウス』である。

 要するに、『プロメテウス』はSFでもホラーでもなく「宗教活劇」、「神話活劇」なのだ。

 誤解を招きそうなので先に言っておくと、ここで言っている宗教とは、ある特定の既存の宗教のことではない。もっと広い意味で、「超自然的、超越的存在に対する信仰や畏怖」という程度の広い意味で考えてもらいたい。「宗教全体に通じる精神性」とでも言おうか。

 とはいえ、まずは「既存の宗教」からの影響例を挙げていきたい。

 とにかくまずはこのタイトルであろう。これが全てを物語っていると行っても過言ではない。やはり名は体を表す、である。

 「プロメテウス」とは、ギリシャ神話の、あるひとりのタイタン族の名前である。人類を創造したとも言われ、ゼウスに人間の管理を任された時に、人間に火を教えて神の座を追放された。

 このプロメテウス、思いっきりエンジニアに被る設定である。エンジニアは「神の如き科学力をもって神の如く振る舞い」、「人間を創造し進化させ」、「その科学力ゆえに自らの破滅を招いた」=「神の座を追われた」。

 そしてエンジニアのデザインは、『ギリシャ神話のタイタン族を念頭に置いていた』(設定資料集より引用)というのだ。無論、他にも世界各地の石像や肖像画を参考にしたらしいが、ここで問題なのはエンジニアのデザインが科学的な理論ではなく神話を念頭に置かれていることであろう。そして他のSF映画に比べて、特にその影響が強い。だから、エンジニアを考えるときも科学的、SF的な考察よりは宗教的な考察を優先すべきだと思う。この場合、エンジニアは明らかに「堕落した神」の象徴であり、ある意味このまま科学力を発展させた(しかもこの映画には人間ソックリのアンドロイドまで登場する)人間そのものの未来への暗示ともとれる。

 宗教という観点から見ると、オープニングの「エンジニアが黒い液体を飲む」シーンも殉教とみることができる。無論、先に引用して述べた理由もあるだろうが、そう見たほうが私は納得できる。これは偶然の一致だろうが、北欧神話では「人類(を含む世界)は巨人の死体から生まれた」とされている。

しかも、設定資料集にのっている冒頭シーンのプロトタイプでは、エンジニアは一人ではない。黒いフードをかぶった年老いたエンジニアが登場する。これは「司祭」を強烈に連想させる。当然、これは宗教儀式、ということになる。

これが映画ではなぜ司祭は削除されてしまったのか、その理由は載ってない。ただ、あまりに宗教的雰囲気が強烈過ぎるため、司祭は削除されたのだろうと私は思っている。いくら「宗教活劇」とはいえ、のっけからそれを強烈に植え付けてしまうと先の展開に対する衝撃、謎が薄れてしまうかもしれない、というエンターテイメント的計算もあったのだろう。

以後、駆け足で紹介していこう。

プロメテウス号のクルーが目覚めた時、船長はクリスマスツリーを飾って祝う。

さらに、惑星に降り立った時に見つけたエンジニアの巨大な遺跡。これはピラミッドを元にデザインされた。見た目にも面影はあると思う。

次にアンプル・チェンバー。アンプルとは、あの黒い液体の入った壺のような物体のこと。アンプル・チェンバーとは、そのアンプルが大量に並べられた、巨大な頭部像が置いてある空間のことだ。そこのデザインについては、『リドリーからのリクエストは、天地創造・ハルマゲドン・最後の審判の天井画や壁画のあるバチカンのシスティーナ礼拝堂のような大聖堂を作ってくれというものだった』(設定資料集より引用)と述べられており、明らかに宗教(あるいは宗教的なもの)をイメージしたものであったことが分かるだろう。最終的には、アンプルを『マンダラをモチーフにして楕円形に』並べることにしたという。

エイリアンをモチーフにした祭壇もある。これは『ギーガーへの敬意を表しているが、それ以上の意味はない』(設定資料集より、筆者:抜粋・要約)らしいが、どことなく磔にされているようで、また「祭壇風」にしてあることから宗教色は感じられる。

そしてエンジニアたちのブリッジ兼人口冬眠室だ。映画の最後の方で、生きたエンジニアが人口冬眠していた場所である。『視覚的なコンセプトは遺体を納める石棺のようなイメージ』(設定資料集より引用)であり、『エジプトのミイラの墓と似通っている』(同引用)。

そして、最後にエンジニアの死骸から誕生したエイリアンに酷似した生物。こいつにも名前があって、『ディーコン』と名付けられている。ディーコンとはキリスト教の助祭のこと。命名の理由は『カトリックの司祭がかぶる帽子のような頭をしている』(同引用)から。

なお、主人公がアンドロイドの首をカバンに詰めて持っていくシーンは、ギリシャ神話の「オルフェウスの首」を連想させる。オルフェウスは首だけになりながらも、歌を歌いながら川を下っていったという。アンドロイドの末路に非常にソックリだ。また、北欧神話でも未来を予言するユミルの首も、イメージ的にこれに近いものがある。


『プロメテウス』をSFやホラーとして捉えようとするから、最初から作品の本質は明らかにならなかった。要するに『プロメテウス』においてSFは舞台設定、ホラーは表現手段に過ぎず、本質は「一大宗教叙事詩」、あるいは「宗教奇譚」とも言える物語なのだ。

では宗教なら、一体これは何の宗教なのだろうか? もっと言い換えるなら、「何に対する畏怖や信仰」を物語っているのだろうか?

答えはもう薄々感づいているだろう。

「死」だ。

 この映画は、「封印された死」を開放してしまった、という話なのだ。

 しかも、それはシンボリズムという形で何度も画面上で暗示されている。

 まず、この映画で頻繁に使われるモチーフとして、「人間(=エンジニア)の頭部」というモチーフがある。これは心理学的に言わなくても明らかだろうが、心理学的にも「死」の換喩(置き換え)らしい。簡単に言うと、生首=死の象徴、ということだろう。

 となると、この映画にはいたるところに「死の象徴」を配置して、観衆に「警告」を発信していることになる。

 例を上げると、まずはピラミッド(エンジニアの遺跡)である。ピラミッドの頂上には、頭部の肖像が彫られている。また、ピラミッドはファラオの墓であり、死を象徴している。最近の歴史学では、「ピラミッドは墓ではない」という学説もあるが、この映画では明らかに「ピラミッド=墓」という意味で使われている。さらに言うなら、このエンジニアの遺跡がある惑星自体が、生命の住まない(住めなくなった?)「死の惑星」でもある。つまり、エンジニアの遺跡を訪れた時点で、この映画は観衆に対して3重の死の象徴を示して警告しているのである。それは全てSF的舞台設定に上手く溶かし込んであって、宗教性を隠蔽することに成功している。そして恐らくながら、このピラミッドの頂上の頭部像は、作中で一番大きな生首だろう。遠くから画面に映るだけだから体感としては大きく見えないが、実際の大きさをもし測ることが出来たなら、まず最大のものであったに違いない。これは「人類を滅ぼしてしまう程の死を内包している」という意味の暗示ではないだろうか。

 さらに遺跡の内部に進むと、本物のエンジニアの生首がある。主人公はこれを持ち帰ってしまうが、これはそのまま「死を持ち帰ってしまう」という意味に取れる。だから主人公はこれ以降ずっと「わたしたちは間違っていた」と後悔することになる。

 もっと奥に進むと、アンプル・チェンバーに行き当たる。アンプルが並んでいる部屋のことだ。ここには何があっただろうか? そう、巨大なエンジニアの頭部像だ。

 アンプルは映画の解釈ではエンジニアが生み出した生物兵器であり、要するにここは兵器格納庫に当たる。通常、そこに何の役にも立たない巨大な像を置く意味を合理的に説明することは出来ない。自衛隊の武器格納庫の真ん中に、巨大な仏像が安置してあるようなものだ。だが、これも宗教という観点からなら説明できる。生物兵器=死をもたらすもの、であり、だから死の象徴である生首が置かれている。それも体感で一番大きなものが。恐らく絶対的な大きさはピラミッドの頂上にある頭部だろう。だが、アンプル・チェンバーに安置されている生首像は間近で見ることになるから、体感としては一番大きく感じることになる。つまり「とてつもなく巨大な死」を「強烈に警告」しているのだ。

 そしてエンジニアのブリッジ兼人口冬眠室。これは先ほど述べた通り墓をイメージしてデザインされており、死の象徴であるのは明白だ。では、なぜここがブリッジなのだろうか? 実は、心理学的に墓は椅子にも姿を変えるのだ。椅子の背もたれは墓石、座面と4本足はその下で眠る死者へと連鎖するらしい。ブリッジの椅子は4本足ではなかったが、椅子であることは間違いないし、確かにどことなく墓石に見えないこともない。

 それと、ここまできてしまうとコジツケ感は否めないが、最後に飛び立とうとして空中に浮いたエンジニアの宇宙船も、死を象徴しているように思える。宇宙船の材質が何かは分からないが、遠くから見ると石っぽい質感に見える。石でできた左右対称のオブジェ=墓の象徴とも取れないこともない。さらにそれが浮かんでいるのは、地中の死者の視点から見上げた墓石という解釈も成り立つ。また、このエンジニアの宇宙船は「欠けたドーナッツ」のような形をしているが、三日月型とも言えなくもない(無論、厳密には少し違うが)。心理学では、三日月形は墓石上端のアーチの部分でもあり、墓のイメージとつながっている。また、三日月形は断頭、殺害の道具としての鎌をも連想させるという。コジツケかもしれないが、この場合、全て当てはまっているし、特に矛盾はないように思う。ここまでくると、もはやそれぞれの解釈の仕方だろうけど。

ただ、この『プロメテウス』が「死を象徴した宗教活劇」という点には何とか納得していただけたのではないだろうか。

そういえば、作中、最後の方で登場したピーター・ウェイランド(あのヨボヨボのお爺さん)も、死の象徴かもしれない。もっとも、死を逃れるために「死の神殿」に参拝するあたり、皮肉が込められているが。

最後の、エンジニアの体内からディーコンが生まれたのも象徴的だ。エンジニアの体色は真っ白で、これは(堕ちたとはいえ)やはり神やそれに準ずる神聖な存在であるということの暗示だろうか。もちろん、暗くて黒色の多い遺跡内で目立つように白色にしたのかもしれないが。エンジニアは神に近い存在だが、同時に進歩した理想の人類、という暗示でもないだろうか? だとしたら、その体内から真っ黒な「ディーコン=死」しか生まれなかったのには、ウェイランド以上の強烈な皮肉を感じる。

こういう皮肉や象徴がいたるところに散りばめられているからこそ、『プロメテウス』は強烈なビジュアルで見るものに訴えかけるのかもしれない。


無論、こういった解釈も映画を知る上でのひとつの手段に過ぎない。今、上記で述べたことが本当に正しいかどうかわからないし、実際にリドリー・スコット監督やスタッフたちの意思なのかどうかも定かではない。ただ、この考察めいた文章が、『プロメテウス』を理解するうえで何らかの助けになれば幸いだ。


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