『銃・病原菌・鉄』:歴史書
最近、小説に飽きてきた。それはブコウスキーの小説を読んでいる時に突然訪れた。もちろん、それはブコウスキーのせいではない。ブコウスキーの小説に飽きたからではなく(それも多少はあるが)、小説そのものに飽きてきたからだ。
とにかく、小説以外の何かが読みたい――そう思って本屋に走ってみると、このイカツイタイトルの本が置いてあった。昔、ハードカバー本で見かけたことがあったが、その頃は「どうせ小難しいだけの本だろう」と思って敬遠してしまった。だが、この文庫版との出会いに運命的なものを感じて「それなら読んでみよう」となったわけだ。
結果的に、読んで大正解、むしろなぜ昔に敬遠してしまったのか、後悔したくらいだ。
表題の『銃・病原菌・鉄』は、ヨーロッパ人が大航海時代以降、世界を植民地化してくに当たって利用したものを、重要な順に並べたものである。要するに「ヨーロッパ人は銃と病原菌と鉄を用いて」世界を植民地化していった、ということだ。
最初、この本は植民地化の歴史を新たな視点で描いたり、その道義性を告発したりする本かと思ったが、そんなことは全くなかった。バリバリの歴史学本である。
そのテーマは、先に述べた通り、「なぜヨーロッパ人は科学技術を発達させて南米など世界各地を征服できたか」では“ない”。
そんな薄っぺらいものでは断じてなかったからこそ、私は昔この本を買わなかったことに対して、激しい後悔を感じたのである。
つまり、「ヨーロッパ人が南米を征服したが、逆に南米の方が先に科学・文明を発達させて、ヨーロッパ人を征服することはなかったのはなぜか」であり、要するに「なぜ世界各地の文明には、その発達の度合いに差があるのか?」という、根本的すぎてもはや誰も疑問にすら思わないことである。そして、この「根本的すぎる問題」に真正面から逃げることなく、文系理系の知識を総動員して取り組んだのが、この『銃・病原菌・鉄』という大書なのだ。
この「文系理系の知識を総動員して時空を超えた謎を解き明かしてゆく」という手法、J・P・ホーガンの『星を継ぐもの』にそっくりだが、何せこちらは本物だ。興奮の度合いが違う。
人類の誕生から遡って、どこで文明の発達に差が生じたのか探っていく。その結果、農業の発達が大きい要因であることが分かる。
普通、教科書の歴史では農業が始まる前、いや、文字による記録以前は先史時代としてほとんど取り扱われることはない。取り扱われることはないくせに、農業がどうやって始まったのか、その肝心なことには全く答えてない。せいぜい洞窟の壁画をいくつか紹介して終わりだ。
だが、その教科書では割愛される部分にここまでスポットライトを当てて「文明の格差の根本的な原因」を探ろうとしたのは、この本が「歴史上初めて」なのではないだろうか。
無論、農業の始まりについては他にも研究がなされているだろうし、この本はその研究に大いに寄っている。だが、本書で述べられているような「文明間の格差の根本的原因」という、まさに「時空を超えた謎」を設定して、その中で明確な位置づけをしている本は読んだことがないし、聞いたこともない。
答えは呆気ないほど単純なものだ(ただ、それが全てというわけではない)。それは最初の方で提示される。ただ、そこから根本的原因へと「なぜ」を積み重ねて考証していく姿勢は、まさしく時空を超えた探偵だ。歴史学者の見本として、イデオロギーと専門分野に凝り固まった日本の歴史学者は見習うべきであろう。
謎が次々と提示され解明されてゆくのは、一種の快感すらある。
しかし、よく考えればこの「農業の始まり」についても不思議なものだ。よく工業製品などで、中の原理など知らずに何となく使っているものが身近には多い。だが、自分が口に入れているものに関しては、「感謝しろ」と言われることはあっても「それがどうやって始まったか」など誰も気にしていないのではないだろうか。そういう「農業がどうやって始まったのか」を知ることは、すなわち「農産物への感謝の念」を育むことになると思う。
いやあ、しかし小説以外を読みたいと思って買ったけど、結局小説的な面白さが心に残ったことからして、結局小説読みたいんだなあ、と思った次第でした。




