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『不眠症』:スティーブン・キング(小説)

 70才のラルフ・ロバーツは妻が死んでから不眠症に悩まされて……という荒筋で、中々面白そうだと思って買ってみたものの(しかもキングだし)、ぶっちゃけイマイチだった。

原因は何だったのか、色々考えてみたが、ます最初に『不眠症』で提示されている老人観と、私(しかも橋下行政の支配する大阪府に住んでいる)の老人観が違いすぎたという点だ。

 『不眠症』のラルフは、作中で詳しく言及されてはいないものの、おそらく年金と今までの貯金のおかげで働かなくてもそれなりの暮らしができているようだ。長年連れ添った妻が脳腫瘍の末亡くなったが、その治療費にもそれなりにかかったはずだ。アメリカの老人医療が手厚いおかげなのか、ラルフの蓄えが十分だったのか、それくらいではラルフの生活には特に支障はないようだ。よく海外ドラマや映画なんかであるような、炊き出しに並ぶ描写も全くなかった。同じキングの『デッドゾーン』では、主人公が4年間昏睡状態になって、その治療費で一家の財産が全部吹き飛んでしまったのに。

 実際問題、日本でラルフほど余裕のある老人は、そんなにいない。けっこうな人数が、老人たちと同じような、古くて草臥れた廃墟同然の文化住宅に住んでいる。そんな老人など、そこらじゅうにいる。大抵の場合、そういった老人は生活保護を受けているのだろう。もちろん、一人一人の家計状況を調べたわけではないから、ただの推測だが。ただ、『不眠症』のラルフのように貯金と年金で十分な生活費をまかなえている人は、それほどいるわけではない。結論から言うと、ラルフはブルジョアに属すると言っていいだろう。

 キングは今まで言ってみれば下層階級、社会の底辺を見つめて、そこから作品を紡ぎ出す作家だと思っていた。デビュー作の『キャリー』もそうだし、『シャイニング』は元教師で作家志望だ。駆け出しの頃のキングの実体験が反映されているものと思われる。『呪われた町』も、主に町の貧しい人々に焦点が当てられているし、『ザ・スタンド』もだいたい金に縁のない人が多い。

つまり「70才の老人」と聞いてイメージするところが、私は「道をトロトロ歩いて占領している半キチガイの福祉にたかるポンコツども」なのに対して、キングのイメージする老人は人間的にも経済的にもかなり上等だ。

 多分、このラルフ像はキングが「今回の主人公はブルジョワにしよう」とか思って作り上げたわけではなく「ごくごく普通の平凡な老人像」を思い描いた結果そうなったのだろう。それと『不眠症』が出版されたのは90年代半ばであり、その頃なら日本でも上記のような老人観はあまり一般的ではなく(といっても今でも一般的かどうか知らないが)、もっとラルフに近かったのかもしれない。

 ただ、実際問題として近年急速に少子高齢化が進み、老人の数が増えていわゆる「モンスター老人」的な人が目立つようになるにつれ、日本の老人観も相当な変化をしていると思われる。

 そんな現代日本人の一人の視点から見て、ラルフは「サザエさんに出てくる裏のお爺ちゃん」的な存在に近いと感じた。人格的に完成されていて、何か知らないが働かなくても死ぬまで生活できる程度の金はあって、地域の人間からある程度尊敬されている、といった感じだ。

 上記のような私の老人観と、こういった老人観では読んでいて違和感を感じるのも仕方ないと思う。

 もう一つは、ラルフの死んだ妻である。ラルフの妻は脳腫瘍で、要するに段々とボケて死んでいった。重度の痴呆老人の中には、糞尿を家中ところかまわず垂れ流すようなこともある。

 症状には個人差があるし、色んな病状もあるのでひとくくりにはもちろん出来ないが、脳腫瘍で痴呆の症状が出てきたにも関わらず、介護に関してほとんど苦労した様子もない(もちろん、妻がだんだんと人格を喪失していく過程などは描かれているが)。糞尿を垂れ流すまでいかなくとも、脳腫瘍も末期ならばオムツ交換が必要、くらいにはなっている可能性は十分あるだろう。やる気のないヘルパーも雇わなくてはならない可能性だって十分ある。日本では(多分アメリカでもそうだろうが)老人夫婦の片方に介護が必要になった場合、介護の重荷に耐え切れず虐待や、果ては殺害、無理心中なども起こっている。実際に、そういうのが新聞やニュースでよく報道された時もあった。長年連れ添って愛情を積み上げた片割れに対して、殺意を抱くようになる自分を発見したとき、それは相手が死ぬのと同じくらい辛いだろうと思う。

 つまり、そういうことが描かれているのかと思いきや、そんな描写は全くなかった。ラルフは長年連れ添った妻に上記のような重荷となる介護をほとんどしなくて済んだし、そのおかげで妻に対する愛情を最後まで保つことも出来た。そして十分な財政的余裕があったため、その後の生活も特に金銭的な心配もすることなく、妻が死んだ悲しみに浸り切ることができた。

 最後の理由は、ラルフに目覚めた超能力のような力、オーラである。

 人間や犬など、生物から発する江原啓之的なオーラを見ることが出来るというものだ。このオーラという超能力に対しても、すんなり受け入れて読み進めていくことができなかった。

 それはオーラが江原啓之に代表されるように、いわゆる「胡散臭いオカルト」の代表だからであろう。無論、念動力や千里眼だって胡散臭いオカルトなのだが、それらは昔からの伝統芸であり、また各種創作物に取り入れられているので抵抗感なくすんなり入っていける。しかし、オーラを題材とした作品はそれほどないと思われる(探せばあるだろうが、数的には少ないと思う)。


 さて、以上の要素を取り入れた自分なりの『不眠症』はどういうふうになるのだろうか。

 まず、主人公のラルフは競馬場へ行く。それかパチンコでもいい。周囲の老人たちと賭け麻雀をするのも面白そうだ。とにかく、ラルフは博打に耽っている。それは妻の介護の重荷から逃れるためでもあり、同時に介護に必要なヘルパー代、医療費を稼ぐためでもある。しかしラルフはこの時も博打に負けてしまう。スったラルフは帰りに飲み屋で飲んで帰る。帰って家のドアを開けると、そこからは動物園の檻のような臭いが立ち込める。妻がそこらじゅうに糞尿を垂れ流していたのだ。その中の一番大きなウンコを踏んづけてしまうのもいいかもしれない。そして、家の中のものを滅茶苦茶にしている妻を殴り飛ばす。そう、虐待だ。やがてそのような生活を送っているうちに、妻を死なせてしまう。それから罪悪感に苛まれてだんだんと不眠症になっていく。しかし長年の蓄えは妻の介護、治療代でゴリゴリ減っていき、このままでは生活の破綻は時間の問題だ。そしてその生活の不安と罪悪感、不眠症の苦しみから逃れるために、さらに博打と酒にハマっていくがやがて……といった感じだろうか。


 もちろん、キングの『不眠症』は精巧なプロットと相変わらずの緻密な描写で力強くストーリーを進めていく。特にプロットの精巧さは、今まで読んだキング作品の中でトップかもしれない。ただ、私はキング作品をプロットが精巧だから読んでいる訳ではない。悲惨さな現実を直視しつつ、それを辛辣かつ的確な描写で味付けしてくれる部分に惹かれて読んでいる。もちろん、キング作品をどう読むかも、どこを楽しむかも個人の全くの自由。プロットが精巧な作品が好きだという読者には、この『不眠症』は十分オススメ出来る作品だと言えるだろう。


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