『新世界より』 著:貴志祐介
オフ会で会っただらく氏に勧められて、興味が湧いてきたのでアマゾンで注文した書物である。文庫本約500ページ程で上中下、3巻あるが、ほとんど一週間くらいで読み終わった。それくらい面白くて一気に読める、いい小説だった。
あらすじは、念動力(PK)を持った人類の1000年後の話。現在のような科学文明はとうの昔に消滅しており、奇怪な動植物がうごめく外界から隔離された村で、人々はPKを利用して生活していた――なんて書くと『北斗の拳』や『ザ・ロード』、『マッド・マックス』みたいな終末モノ、それよか『AKIRA』のような作品かと思うかもしれないが、それらの作品とは全て違っているし、しかしそれらの作品にあるような要素は全て取り入れられている。だからと言って要素要素がバラバラではなく、全て一つの作品としてしっかりまとまって描かれている。この小説は、SFでもあるしファンタジーでもあるしホラーでもあるし冒険モノでもあるし超能力バトルモノでもあるし青春モノでもあるし学園モノでもあるし、全てをぶち込んで新しい味を生み出した小説の闇鍋とも言える。これだけの素材を全て一緒くたにして破綻しないのは、著者の力量といい、奇跡的なことだ。
前半部分は、村の美しく牧歌的な、むしろ昭和のノスタルジーすら感じさせるような光景が続く。その村自体は問題ないのだが――というか問題が無さすぎるので、直感的に「これは偽物っぽい、何かを隠しているのでは?」という疑問が頭をよぎり、恐怖の種がまかれることとなる。それに拍車をかけるのが、村の中で人間の代わりに肉体労働をしている「バケネズミ」と呼ばれる異形の生物と、変異した新種の生きものたちだ。その描写も一つ一つが本当の生物のように描写されており、さらに『本当の』生物の描写もうまく織り交ぜることによって、これら想像上の生物を「いかにも」本物らしくしている。
村の周囲は注連縄で囲われ、子供たちは「愛」の名の元厳重に管理・教育されている。そして子供たちは大人の決めた「ルール」を破って世界の秘密を知ってしまう……
後はもう一気読み。主人公の一人称視点も、とても良かった。これは『若きウェルテルの悩み』のような、後世への主人公が残した手紙形式を(一応)とっていると言えるかもしれない。実際、作中でも主人公は「この手記を後世へ伝えるために書いた」と言及している。まさに、『新世界より』読者に届いた手紙というわけだ。
タイトルの『新世界より』は、夕暮れどきに村の役場から流れるドヴォルザークの曲名だ。文明は滅び、様々な物が失われたが、この音楽は残った。旧世界が、未来の世界へとあてた手紙のように。
この小説は、ジャンルによって分類するより、テーマによって分類したほうがいいのかもしれない。私の個人的には、なぜかコーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』と被っている部分が感じられた。『新世界より』の冒頭、はじめて超能力に覚醒した子供に対して行う、火を焚く通過儀礼の光景。要所要所でこの光景が繰り返されるが、これは『ザ・ロード』で焚き火を目の前にして父親が息子に語る、「火を運ぶもの」「火」といった言葉とほぼイコールだろう。どちらも人間の良心、理性、知恵といったようなものを暗示している。
さらに「火」に対応する「闇」の存在。これは心の闇であり、貧困や差別といった社会の闇でもあり、さらにマッカーシー作品全般のテーマにもなっている世界の闇でもある。心の闇や社会の闇は、実際に目に見えるものだったり実感できるものだが、「世界の闇」というものは少し分かりにくい。というか、私もマッカーシー作品の後書きを読んで何となくそういうものがあるんだ、へえ、と思っただけでやはりよくわかっていない。一応、自分自身では「世界には人間に優しいだけでなく、容赦なく厳しい面=闇もある」というぐらいに考えている。あるいは「悪魔や鬼といった根源的な悪」といったように。(とはいえ、悪魔とかはキリスト教徒じゃないのでピンとこないが……)
もちろん、それぞれの闇はいろんな形で互いに影響を及ぼしあっているが、『新世界より』で特徴的なのは人間の「心の闇」が「世界の闇」にすら影響を与えてしまうことだろう。あまり深く言うとネタバレに近いものになるのでやめておくが、これなんかはPK能力という設定をよく利用していて面白いと感じた。「超能力」というものを、オーソドックスなライトノベル的戦闘アクションとして用いながら、作品のテーマを象徴させてすらいるのはさすがとしか言いようがない。よく闇の中で火を掲げて進むシーンがあるのも象徴的だ。
これは、子供たちが自らの火で世界の闇、果ては自らの心の闇を照らしながら進んでいく話なんだろう。そしてそうした瞬間、子供は子供でなくなり、大人の作った柵を飛び越えていってしまう。
文句のつけようのない、本当にいい小説を読んだ。
そしてこのような名作を紹介してもらっただらく氏に、もう一度感謝の意を述べたい。