『バカの壁』(養老孟司):新書
どう見ても『クソの壁』です、本当にありがとうございました。
筆者が初めてこのクソの壁に出会ったのは、高校に入る前後だったように思う。東大教授が書いたというから難しいのかと思いきや、内容はけっこう軽い感じで「これなら『坂の上の雲』の方が余程難しかった」とか、司馬遼太郎大先生に対して非常に失礼なことを思ったりした。
年月は過ぎ去り、つい最近、数か月前だったと思うが、部屋の本棚がとてもヤバイ状況になったので整理していると、奥の方からひょい、と出てきたのがこの本。
「あ~、そういえば読んでたなあ~」とか思い出に浸りながらページをめくって読んでみると、そこには『坂の上のクソ』とも言うべき汚物が散らかっていたのだった。
まず、この本にいいところはない。一切ない。新書界の『ネオンマニアックス』と言えるだろう。唯一ためになるのは「東大生はバカ」ということだが、それは政治家を見ればもうとっくの昔に十分すぎる程分かってるよ。きっとこの人、政治に興味ないんだね。
それとこの本に続いて、「タイトルだけキャッチャーでインパクトがあるが中身スカスカ」という、財政難に苦しむ出版社の新たな小遣い稼ぎ用新書たちの先駆けとなったくらいだろう。まるで出版業界という荒野に横たわる長大な一本糞の、先頭にいて旗を振っているのがこの本だと言っていい。
むしろ読み返したのは、昔読んだはずなのに余りにも内容を覚えてなかったから、「ベストセラーだしちょっと内容を復習して友人にでも自慢して不快な思いをさせてやろう」と思って読み始めたのだが、これがまた内容の全くないペラっペラの紙屑で、この本を作るために相当の森林が伐採されたことを考えると一刻も早く電子書籍が普及して欲しいと思った。こっちが不快な思いをしたよ、全く。
内容は、基本的に東大生を「バカ」と罵倒しつつ、時おり何の役にも立たないウンチクを並べてインテリアピールしているだけの本で、まさに筆者が友人にしてやろうと思ったことを先にやられて不愉快極まりない。
しかも肝心のウンチクが全くタメにならないものなんだから、もう僕どうしたらいいの、養老おじいちゃん?
ていうか、この著者自身が東大の教授なのである。つまり、「東大生はバカ」と罵るということはそれを指導している「教授(養老孟司含む)もバカ」ということになりはしないか?
いや、大学の教授はそんな熱心に指導なんてしないし、生徒がバカ=教授がバカとならないことも分かるよ。でもさ、教授なんだから生徒がバカだったら何が原因なのか、それを解決するにはどうすればいいのか、もっとこう、具体的で建設的な、踏み込んだ議論をして欲しいと、読者は思っているわけだよ。それを「バカです。終わり」とされたら読んでるこっちは「なんだそれ」てなるに決まってる。
あと、運動不足に悩む人に対して「からだを使う仕事に就きなさい」とアドバイスしているけど、これの何が答えになってるの? この人普通の会社員だよ? この日本の雇用情勢で簡単に職を変えられるとでも思ってんの? 思ってんならまずお前が土建の作業員にでも就職してみろよ。
ていうか、こういう質問の場合、「今の仕事など生活の基盤は変えないで」ていうのは言わずもがなだと思うんだけど、こういうことからいちいち言わないとわからないほど東大教授ってバカなの? アホなの? 死ぬの? そりゃ東大卒業した政治家や官僚が粒ぞろいのバカなワケだ。
とにかく万事この調子で、筆者は20ページくらい読んだところで脳みそのどっかの血管が怒りでキレそうになったのですぐに本を閉じ、ゴミ箱へ捨てた。もはや売りに行く価値すら、この本にはないと判断した。そんなことのためにブックオフへ行く時間が惜しい。
それにしても、本当に恐ろしいのはこの中身ゼロの新書が、「タイトルのインパクト」だけで100万部以上売れたベストセラーになったことだ。そしてこれ以降、本屋の新書コーナーには同様の「タイトルだけで惹きつけて中身スカスカ」形式の新書で溢れかえることになった。
まあ、これだけなら著者のメガネにウンコなすりつけてやる程度で済ませてやるところだったが、この著者、筆者と同じくスティーブン・キングのファンらしい。それが高じて直接アメリカへ原典を買いに行って、自分で翻訳して読んでいる、というのだ。
俺だって金と時間に余裕があれば、英語できないから翻訳は無理でも、メイン州巡りぐらいしたいわ、ボケ!
嫉妬が俺を鬼へと変貌させた。
お前は死んだあと生まれ変わって虫ケラになれ。そして大好きな子供たちに捕まって、一本ずつ肢と翅を毟られてゆくんだ。
それか同様の中身スカスカ本のために伐採される木になれ。
本当に下らない本。
さいきんのとうだいのきょうじゅは、とてもバカだとおもいまちた。
思い出しただけでもムカついてくる。虫取りしてる最中にスズメバチに掘られろ。




