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ドラゴンエイジ:インクイジョン(ゲーム)

 今年のゲーム・オブ・ザ・イヤーに輝いた、RPG大作である。

 このゲーム、評価の割に日本での売り上げがイマイチだが、それは日本での販売に限った話ではないらしい。これは聞いただけなので実際は知らないが、どうやら海外でも販売本数は不調の様子。ただ、海外の不調と日本での不調はレベルが違うだろうから、実際にはそれなりに売れてはいると思う。

 ただ、このゲーム、どうにもこうにも万人向けではない。世界観が重厚、と聞けばいいことのように思えるが、ゲーム中の文章量が半端ない。しかも日本語版は字幕のため、外人と違ってそこに字幕の字もプラスされる。ゲーム時間中、一体いくらの時間を文章読解に費やさなければならないか、そう考えると、ゲームの割には高い文章読解力が求められる。このゲーム、D指定なのだが、もういっそZ指定でいいと思う。18歳どころかオッサンでもこの文章を全部読んでその内容を完璧に理解できる奴はそうそういないだろう。逆に言うと、それだけ世界観に浸るのが好きな人は、是非ともプレイしてみて欲しい。いくらでも浸っていられるから。下手なラノベより、はるかに文章量がある。

これは書物、書き物だけでなく、人物との会話もそうだ。会話では選択肢が出てくるので、それを随時選んでいく形式になっている。これによって、ただセリフを送って劇を眺めるような感覚から、その世界に入り込んで自ら選択している感覚がより強くなる。逆に言えば、それだけ能動的にゲームをできる人間でないと、面倒くさいという思いだけが先行することになるだろう。また、選択肢だけでなく、分からない項目を質問したりできる。専門用語は多いし、最初は私も全然分からなかった。しかし分からない用語もいろんな人に質問をぶつけていくうちに何となくだが分かってくる。これが「パルスのファルスのルシがコクーンでパージ」とは一線を画するところだろう。FF13の専門用語はやり込んだ人間でも説明しづらいだろうが、こちらはちゃんと登場人物が説明してくれる。ただ、これも能動的に色んな情報を集めたうえで、なおかつその断片的な情報を脳内でつなぎ合わせる、という作業が必要なため、非常にハードルが高いことは確かだ。そのためそれが出来ない者、またはそれが面倒くさいとなると、このゲームの魅力がかなり削がれてしまうことになる。

さらにそのハードルを乗り越えても、話の内容が魔法使いとそれを取り締まるテンプル騎士団の抗争という、簡単に言うと宗教戦争のような話なので、日本人にはなじみが薄い。さらに教会と帝国の抗争という、社会制度の話にも関わってくる。もちろん、それぞれの組織が当面の利益を巡って合従連合したりするので、話はよりややこしい。そこには過去の歴史なども絡んでくる。あまり詳しく知る必要はないが、味方でもどいつがどの組織に所属しているのか把握した上でないと、好感度を上げるのは難しい。

最近ではセカイ系というのが流行っているそうだ。セカイ系というのを大雑把に言うと、身近な人間関係がそのまま世界の運命に直結している、とでも言おうか。詳しいことはグーグル大先生かウィ=キペディア教授に訊こうね!

とにかく、セカイ系というのは批判的に用いられることが多い。社会や経済など、背景を描かないからだ。だが、じゃあ何でもかんでもそれを描けばいいのか、ということである。

日本の漫画、アニメはとにかくキャラクター中心である。だからこそ「キャラクタービジネス」などと言われる。このレビューで紹介した『魔女と百騎兵』も、どちらかと言えばセカイ系だろう。ほとんど登場人物の身近な関係が、そのまま世界の行く末を左右する出来事に繋がっている。もちろん、魔女百にも王国や魔女会など社会機構は存在し、作中でも重要なファクターになっている。ただ、それはあくまで背景としてだけであり、あまり細かく描かれることはない。圧倒的にキャラクター描写だけで話が進んで行く。

これは予算の関係からも仕方ないことだと思う。社会そのものを描くとなると、創作の労力だけでなく、それだけ世界観を表現することにも力を入れざるを得なくなる。必然的に費用もかかるだろう。作り手としても、軽くて小回りの利く作品、というのは便利である。大作を外したら、それこそ会社が傾くが、小規模の作品なら取り返しがきく。セカイ系のこういった原理、利点を推し進めた先に、よくある「日常系萌え四コマ作品」というのがあるのではないか。ここではもはや世界すら取り払われている。世界、というと大げさだが、環境とでも言おうか。『ドラゴン桜』のアホ学生ですら自らの人生を変えるために「受験戦争」へと参加し、自らの環境なり運命なりに抗おうとする。しかし先の作品はいわゆる「ゆるふわ」とも言われており、その通りゆるゆるフワフワした日常を送っている。何もこれらの作品だけではない。大抵の朝の連続テレビ小説でも基本的な構造は同じなのだから、人間のゆるふわしたい欲求は根本的なものかもしれない。もちろん、朝ドラにはある程度の苦難を乗り越えるカタルシスのようなものも描かれるが、大抵の事件は日常の、言ってしまえば「しょうもない」事件であり、それが社会や環境を変えていくわけではない。庶民による庶民の暮らしを描いた究極の日常系とも言えよう。

逆に、こういったセカイ系を究極的に再現したRPGというのがテイルズシリーズなのかもしれない。キャラの掛け合いだけでほとんど物語が進んで行くし、キャラクターの背景や社会的立場もハッキリしないのが多い。まあ、だいたい10代が多いから仕方ないんだけどね。

そのテイルズと真逆の位置にいるのがこの『インクイジョン』である(誘導長すぎ―!)。FFはセカイ系とインクイジョンの中間に位置するのだろうか。まあ、そこら辺はどうでもいいので各自妄想してください。

というわけで、インクイジョンでは世界に秩序をもたらすために、新たな社会機構である「異端審問会」(要するにこれがインクイジョンの意味)を設立、仲間を集めるために奔走することになる。つまり、主人公より主人公なのは、実は異端審問会という社会組織なのだ。

ではキャラクターに魅力がないかというと、そんなことはない。途中でアイアンブルというデカいオッサンが仲間になるのだが、このオッサンは気のいいオッサンで普通にストレートな魅力のあるオッサンである。こういう成熟した大人を普通に描ける作品が日本のコンテンツに少ないのが残念だ。

愚痴は置いて、とにかくこのアイアンブルとの会話が興味深い。アイアンブルは仲間になって話しに行くと、「審問会にはリーダーがいない」と言い出す。最初は全く意味が分からなかった。というのも、どう考えても主人公がリーダーだからだ。そこで、会話選択で「私は裂け目をふさぐことができる」と答えてみた。その回答が素晴らしい。「それはただの能力であり、リーダーの条件じゃない。リーダーというのは重い決断を下し、それを受け止められる人のこと」と言ったのだ。何気に深い会話で真理をついていた。

このアイアンブルのリーダー観は、日本では受け入れられないだろう。日本では権力者が物事を決めるとすぐに「独裁者」という批判を受ける。つまり、リーダーは飾りで何も決定しなくていい、というのが大まかの日本人の考える、いや、実際には考えてないのだが、結局は選んでしまうリーダー観ではないだろうか。こういういわれなき理不尽な批判も、リーダーには付きまとう。だから「受け止められる人」が条件というのは非常に大切なことだ。

これと似ているか分からないが、『ダイの大冒険』での勇者観、つまりリーダー観は「勇者っていうのは、魔法は魔法使いに負けるし、剣は戦士に負ける、器用貧乏なんだ。でも勇者にとって大切なのは、先頭に立つ勇気だ。ドン、とかまえてりゃいいのさ」というようなことが言われており、私は作中屈指の名言として記憶している。これは日本的お飾りリーダー論を、肯定的に前に進めたものだ。と同時に、アイアンブル的決断リーダー観も少しのぞかせているが、やはり日本型よりか。「お飾りでいい」とも取れるし、「決断して先頭に立つのが大事」とも取れる。ただ、この言葉から察するに、決断自体は勇者がするというより、仲間との多数決で行うという感じにも受け止められる。どちらの意味にしても、決断することには述べられていないため、リーダー(勇者)の要件として必要なのは「勇気をもって先頭に立つこと」が最重要ということだろうか。当然、そこには仲間が先頭に立つ勇者を支える、という図式が成り立つ。

だが、アイアンブル的リーダー観にそれは限りなく薄い。リーダーは誰にも肩代わりできない重荷を、一人で背負うことになる。

どちらが正しい、どちらがいい、というわけではないだろう。どちらもリーダーの持つ役割の難しさ、多様さを表していて面白い。まだまだこのゲームは途中だが、当然ながらこのゲームはアイアンブル的リーダー像を追いかけて行くことになるのだろう。つまり、主人公に苦渋の決断がのしかかってくる、ということだ。

実際に、インクイジョンのストーリーは一周では網羅できない。必ず「どちらか一方を選べ」というような選択肢がある。これはコンプリートできる日本式RPGの親切さからすると欠点にしかならないのかもしれない。

こういった文化の壁もあり、インクジョンは非常にハードルの高い、ハードなゲームになっていると言える。ただ、上記でも少し述べた通り、能動的なプレイが出来るプレイヤーなら十分お勧めしたい一品だ。

だが、それに追い打ちをかけるような欠点として、戦闘パートの爽快感のなさ、というのも大きいと思う。パッと動画でも見るとアクションRPGのように見えるが、実は自動攻撃でスキルを組み合わせるという、ネトゲに近い形式となっている。もちろん、その中でも色んなスキルがあって戦略性もある。それに戦略モードという、時間を止めて俯瞰視点から全体を見て、誰が何をするか、簡単ではあるが指示できるモードもある。これを使って戦略的に進めていくことを意識すれば、難所でも驚くほど簡単にクリアできたりする。地味に頭を使うプレイになっているのは嬉しいところ。

だが、これも操作がもどかしい仕様で微妙に使いにくい。何より酷いのが、戦略モードでカーソルを動かすとき、段差が激しいとカーソルが段差を越えられず立ち往生するという謎な仕様である。これくらいはどうにかして欲しかった。小さな欠点であることは分かっているが、それだけに余計どうにかならなかったのか、という思いが強い。

マップに関してはオープンワールドと銘打っているが、実際にはオープンというより半オープンという感じか。いくつかの箱庭エリアを移動していく感じになる。全てのエリアが一枚につながってはいない。ただ、一つ一つのエリア自体はけっこう広く、全てを探索するのはかなり時間がかかるようになっている。特に最初のヒンターランド地方はかなり広いので、ワクワク感が半端ない。

ただ、これも欠点として指摘しておかなければならないのが、各エリアに行っても結局似たような探索ミッションがあって、結局は「こなす」ようになってしまう。量が膨大だから飽きなければいくらでも遊べるが、いったん飽きるとすぐに作業と化す。

さらに敵のデザインがワンパターンというのも飽きやすい要因ではある。特に裂け目から出てくる悪魔が皆同じような敵で、面白みに欠ける。やはり、違う地方に行ったら、その地方独特の敵が出てこないと面白くない。それが作業化に拍車を欠けているとも言える。特にゲームではこういう現象を防ぐため、中ボスの存在が欠かせない。また、中ボスを置くことでゲーム的な分かりやすい目標とすることもできるし、探索にも緊張感が出る。敵の配置などもそうだが、ダークソウル的というか、いきなり強い敵が出てくる、とかだったら探索も緊張感を持って行えたかもしれない。これもあまりやりすぎると白ける要因にもなるのでバランスが難しいが、そこら辺の配慮はもう少しあっても良かったと思う。

恐らく、ドラゴン狩りがその役割を持っているのだろう。まだドラゴンに出会ってないから、私のプレイしているところはまだまだ序盤なのだろう。

戦略テーブルは中々雰囲気はいいのだが、いかんせんやることの少なさが傷。ミッションにエージェントを派遣、既定の時間が経過するとお金なり何なり、報酬が入るという仕組み。ただ、いちいちヘイブンへ戻って、そこから城の一番奥の戦略テーブルまで毎回移動するのが果てしなくダルく感じてくる。メニューから開かせて欲しい。先ほど言った通り、雰囲気はいい。上記で言った社会組織を動かして世界に介入している感は出せている。あとはこの戦略テーブルにもゲーム性を盛り込めたら完璧だった。次はそこまで見せて欲しい。

結論として、色んな欠点、荒削りな面もあるが、全体として非常に高次元でよくまとまった良作RPGだと思う。ただ、これも『シャドウ・オブ・モルドール』のところで論じた縦マルチ商法の犠牲になった作品でもある。PS3版に調整する作業がなければ、もう少しゲーム内容をよくすることに反映できたかもしれない。どちらにせよ、次はバイオウェアのPS4本気RPGというのを見せて欲しい。また、日本のRPG好き、特にゲームクリエイターを志す人には特にやって欲しいゲームだと思う。こういう異質なゲームを経験することが大切だと思うからだ。差がないと、そこに創作の意味は生まれない。


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