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ブラッド・メリディアン:コーマック・マッカーシー(小説)

マッカーシー小説の最高峰。

 これはとんでもない作品だ。だって作中の人物が「戦争は神だ」とか言っちゃうんだぜ。もちろん、これは作者の見解ではないけれど。

 まず、この作品の荒筋から。

 舞台は西部開拓時代のアメリカ。名もない少年が主人公。この少年、生まれたと同時に母親を亡くしてしまう。それから父親がひとりで少年を養育するも、元々貧しい生活を送っていたためか、ある日病気であっさりと死んでしまう。それから少年は各地を放浪しながら泥棒など犯罪で生計を立てるが捕まってしまい、ホールデン判事の手引きによってグラントン率いるインディアン討伐隊に参加。それからはただひたすら続く、果てしない虐殺、虐殺。

 当時、インディアンの頭皮一枚につき金貨十枚の報償が貰える制度があって、このグラントン一団、金目当てでインディアンを容赦なく殺す、殺す。その有様を詩的なまでの描写で冷徹な視点から描写した作品が、この『ブラッド・メリディアン』である。

 これはバリバリの文学作品であって、一般に受けるようなエンターテイメント作品ではない。(これには著者の作風も大きいが)だから読みやすいこともないし、読んでいて面白いということもない。物語に起承転結もなく、特に起伏のない物語が延々と続く。虐殺シーンや戦闘シーンで血湧き肉踊ることもないし、インディアンとの絶妙な駆け引きがあるわけでもない。ただ唐突に出会ったインディアンたちを、グラントン一団が徹底的に殺していくだけだ。ときどき偶発的に遭遇したインディアン戦士達に反撃を食らうこともある。そのときは、グラントン一団にも犠牲が出る。その犠牲者は木に逆さに吊るされた上に焼かれて、裂かれた腹から内臓が飛び出しているというエグさ。だが、それもこいつら人殺し一団にとっては当然の報いといえよう。

 ひときわ異彩を放つのが報償をもらう場面。グラントンは平等主義者なので、貰った金はナイフで適当に切り取って分配して、残りは自分の分。それで終わり。んで、金を貰った兵士ないしゴロツキ集団は酒場に入って酒びたりになって、挙句店で発砲までするわ、グラントンは招かれた知事の屋敷で飲みまくって挙句に一緒に飲んでいた兵士たちが知事の奥さんを襲いにいっても止めもしないわ、とにかく自由奔放な集団。しかも町に入ったときはインディアン討伐の英雄として町の人も歓迎してくれたのに、出ていくときは家の壁に「インディアンの方がマシだ!」とまで書かれる始末。ここまでゲスだと逆に褒めたくなるくらい。

 少年というキャラクターは、一応本作の主人公だが名無しで、個性も全くない。ときどきインディアンを虐殺するグラントン一団に少しばかり「これって残虐なんじゃないの?」的な緩い批難を、本人に聞こえない程度にするくらいで、告発にすらなっていない。虐殺の嵐の中にさまよう蝶々だよ、これじゃ。

 恐らく、作者はこの小説を一種の神話として描きたかったのだろう。『ザ・ロード』でも父親の息子は少年とだけ呼ばれ、名前はなかった。加えて、『ブラッド・メリディアン』(以下ブラメリ)場合は読者自身の小説内アバター、とも言えるかもしれない。元々心理描写の一切ない小説なので、この少年はまるで初期のドラクエ主人公を彷彿とさせる。一応ドラクエの主人公と違って台詞はあるが、それでも圧倒的に少ない台詞。おそらく、普通ならグラントンあたりが主役になってもおかしくないんではなかろうか。何の躊躇もなく当然のごとくインディアンをぶっ殺していく、頭皮狩り隊隊長のこの人が。

このグラントンも、ホールデン判事に並ぶ強烈なキャラクターだ。一番多い台詞は「ぶっ殺す」だったような気がする。最後はぶっ殺されたけど。特に詳しく描写があったわけではないが、さりげない記述から察するに、頭皮を狩って得た賞金を相当ピンハネして溜め込んでいたようで、金にもガメついと思われる。即物的で、酒飲みで、狂っている。一応大尉という称号で呼ばれているが、実際に物語中も現役で大尉なのかどうか怪しいと思う。

 そしてこの作品のキモ、ラスボス的存在が、ホールデン判事。2mを超える巨漢で、五ヶ国語くらい話せる上にダンスの名手であり、またスケッチもうまく、科学、哲学にも精通しているという悪魔的万能超人。ラストのほうで元司祭トビンから「判事は悪魔だ」と言われる程。悪魔というより、不条理の神に仕える神官といった感じか。冒頭の「戦争は神だ」という発言も、判事のもの。

 この場合の神とは、当然ながらキリスト教的神、つまり唯一絶対神のことを指す。日本や古代ローマのような多神教では「戦争の神」が普通に存在するが、ここではそういう意味ではない。

 そしてキリスト教において神とは=道徳、倫理、秩序、良心を規定し、保証するものである。

 その神とは「戦争だ」と言い切ったのが凄い。この台詞にぶち当たったとき、ただただ他の隊員と一緒に呆然とするしかなかった。真っ暗な荒野で焚き火を囲んで、という状況も、何やら薄寒いものを感じる。何か「ロウソクを囲んで怖い話」的な感じがした。

 この判事は解説や他の人がいうには「不条理の象徴」らしい。だが、不条理の象徴なら同じ著者の後年書かれた『血と暴力の国』に登場するアントン・シュガーのほうがより不条理を体現していると思う。

 シュガーは、人を殺すときにコインを投げて表か裏を当てさせる。それを外した場合はたとえ相手が自分にとって害のない存在であれ、容赦なく殺す。まさに運命のコイントスだが、これは判事の「戦争は神だ」発言の前に語られた、「単純なゲームも命をかけると崇高な運命になりえる」という思想をそのまま実行したものだろう。

 もちろん、判事も不条理を体現していると思う。少年が「何の判事だ?」と別の隊員にきいても「何の判事か分からない」。判事でもないのに、何の容赦も躊躇もなくインディアンを当然のように殺していく。確かに不条理だろう。正義の判事どころか、おそらく判事ですらない男に、何の釈明の余地も与えられず殺されるインディアンたち。不条理そのものとも言える。

 だが私は、この判事は「文明が生み出した何かわからない大きな力」の象徴のように感じてならない。人間が生み出したのに、人間の手を離れて暴走する文明の力――例えば『ザ・ロード』で使われた(と思われる)核兵器のような。

 実際、元司祭トビンの回想の中でだが、判事が硫黄や炭をこねて、火薬を生成してインディアンを撃退する場面が出てくる。

 他にもこの判事は、虐殺したインディアンの村の跡地から土器の破片などを探し出し、本物かと見まごう見事なスケッチで記録する。そして、記録し終わると対象物を破壊してしまう。さっきまであったものが、判事のスケッチの中だけの存在となってしまう瞬間。

 もう今となってはかなり前になるが、バーミヤンの巨大仏像破壊を思い出させる。まるで死んだ人の写真。まるで消滅した世界のスケッチ。このスケッチが完成するときは、世界が死んだ日だろう。世界の命日に、ひとり黙々とスケッチに励む判事の姿。そのスケッチは遺影を見る時のような、何とも言えない気分にさせる。だから人々は言う。

 インディアンの方がマシだ!

 と。

 この判事と主人公の少年は物語の最後、荒野で互いの生存を賭けて闘うこととなる。名無しの少年が唯一主人公らしい戦いをしたシーンと言っていい。この時の少年の味方は元司祭のトビンだけ。

 片方は神に仕える元司祭。

 片方は不条理に仕える司祭。

 結末はその目で見て欲しい。最後も象徴的な意味を含ませた終わり方になっている。

 ちなみに、グラントン一団は実際に存在した史実らしい。判事のキャラクター造形も、後ろの解説によればコンラッドの『闇の奥』に出てくるクルツという人らしい。私は『ヘルシング』の少佐にしか思えなかった。この人と組んだらよかったのにね。あともう一人思い浮かぶのはポスタル2のデュード。教養がなく薄っぺらい人物、という点では判事と正反対ではあるが。

 この判事の最大の謎は、その来歴もさることながらグラントン団に加わった動機だろう。他の者はグラントンも含めおおよそ金目当てであり、即物的で分かりやすい。だが、この判事は別にグラントン団に参加せずともずば抜けた語学力と教養で、いくらでも他の仕事に就けたはずなのだ。戦争は神だから、その神に近づくため、かもしれない。だが詳しいことは何も語られないため、これもあくまで推測にすぎないが。

 荒筋だけでも十分この小説の『異質さ』と分かっていただけると思うが、描写でもその『異質さ』は際立っている。

 とりあえず、適当に開いたページから引用してみる。実際に見てもらったほうが分かりやすい。

 『ころころした山羊の糞が散らばる道を一列縦隊で進み天火のように熱い空気を放つ岩壁から顔をそむけている馬上の人は斜めに傾いだ黒い影を岩壁にステンシル刷りしていたがその輪郭は情け容赦がないほど厳しくくっきりとしており自らをつくった肉体との盟約を破って太陽も人も神も顧みずに自立して裸の岩の上を進みつづけそうな形をしていた。』

 これだけ長い文章に全く句点を打ってないせいで、読んでいて息が詰まりそうになる。しかも、これより長い文章がそれこそ『山羊の糞』のようにころころ転がっている。

 元々の英文がコンマで区切られていないからこうなっているのだろう。このような圧縮した文章の中に西部荒野の情景が全く何の心理描写もなく描かれている。というより、この荒野の情景そのものが、物言わぬ頭皮狩り隊の心象風景であり、それを描写することはすなわち心理描写そのものだろう。

また、会話文に鉤括弧も用いられず、地の文から改行してそのまま乱暴に放り込まれている。

 会話も情景も比喩も、全てが一つの鍋に放り込まれ、その混沌の中を何の指標も目印もなく進むことを、読者は強要される。

 すごい小説だ。

 文学小説なるものも今まで少しは読んできたが、ここまで「思想や感情を伝えよう」としない小説は初めてだ。ただ、「リアル」のみを見つめて、それを読者の前に投げ出す。

 普通だったら、少年あたりに現代的な完成を持たせて告発役として著者の思想を語らせたりしそうだが、この小説はその少年もが血と暴力の混沌たる荒野に飲み込まれていく。少年自身も、被害者であり加害者である。

 これはもちろん、フィクションの小説だ。だが、どんなノンフィクションよりも「真実」だし「現実」でもあるように感じる。

 一通り全部読み終わったが、私程度ではまだ完全に消化しきれていない。

 とはいえ、全部を通して読み返すのはかなりの労力なので、好きなページを開いてそこから好きなだけ読む、という形式で読み返していきたいと思う。


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