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02.かつて栄えたもの


「その、フィリスちゃんの実家からもってきたって云う本て、どんな本なんだ?」

 シイロンがいれた紅茶をのみながら、ラインは彼が手にした本をさした。ずいぶんと凝った装丁の、古い言葉で記された本。

「──フィリスの実家、ね」

「? 何だよ、その反応」

 口の端だけを上げて笑みを浮かべたシイロンに、ラインは怪訝な顔をした。

「フィリスがいなくなってからずっと手つかずだった、ってのにも驚かされたが、『これ』にはもっと驚かされたね」

 本をあげて視線をそちらへ向かせる。

「どういうことだ?」

「……フィリスって、もとは〈ギルド〉時代のヤツだろ? よく個人でこれだけ所有してたもんだよ。いや、それ以前によく捕まらなかったもんだ」

 目を細めて肩をすくめる。

 フィリスは時間に流され、シイロンたちの前に現れた娘だった。時を流される、というのはこの世界に於いて時折起こる現象である。フィリスのように生涯で一度しかあり得ないだろう者もいれば、時をさまよい、何度も経験する者もいる。その代名詞とも云える人物が高名な魔術師、〈青の魔術師〉だろう。

 そしてフィリスが本来いた時代、それは一般的に〈ギルド〉時代と呼ばれる頃だ。現在、シイロンたちがいる時代よりもずっと昔だ。始まりははっきりしないが、終わりを告げたのは今から約千年前。フィリスがいたのは全盛期を少し過ぎた、今から二千年ほど前である。フィリスがいた頃はまだ〈ギルド〉は健在だったはずだ。

「お前さ、わかるように説明する気ないだろ?」

 半眼になって()めつけるとシイロンは、悪い悪い、と云う、あまり謝罪の気持ちがこもっていない返事をした。

「わかるように説明するから睨むなって」

 どうぞ、とラインは無言で先をうながす。

「〈ギルド〉が〈飛天(ひてん)〉の遺跡や彼らについての文献を独占してたのは知ってるよな?」

 飛天。

 さまざまな名で謳われる、美しき翼の人々。天の佳人、天下随一の魔術師、空の一族。その美称を挙げればきりがない。唯一、空を行く〈天空の島(エンシリアム)〉の地を踏むことが許された人々。彼らは透けるような美しい翼をもち、古代文明と云われる高度な文化を築き上げた。そして彼らは〈幻の民〉とも称される。

 中世〈ギルド〉時代、〈ギルド〉は数少ない飛天の地上遺跡を独占していた。何人が踏みいることも拒否した〈天空の島(エンシリアム)〉にしか存在しないと思われていた飛天の地上遺跡。それはとても貴重なものだ。それを〈ギルド〉は我がものにし、人々の目から隠した。できることなら、飛天にまつわるすべてのものを〈ギルド〉は手中にしたかっただろう。

 だがそんなことは不可能だ。飛天の姿は叙事詩の中で謳われ、昔語りとして親から子へ、子から孫へと伝わり、人々の羨望を集めた。



 謎かけをするようなシイロンの言葉えらびに、ラインはぴんときた。

「もしかして、飛天の?」

「ご名答」

 フィリスの家にあったのは、飛天について書かれた本だった。蔵書の量としてはシイロンの書斎にとおく及ばないが、だからと云って決して少ないわけではない。シイロンを驚かせたのはそれらの本、すべてが飛天について書かれているということだった。その上、幻とまで云われている〈ギルド〉時代屈指の魔術師、月の賢者の、それも飛天についてまとめられた著書まであったのだ。

「……それってさ、ふつうに宝の山って云わないか?」

「云うな」

 おそらくそのフィリスの実家からもってきたという本を売れば、財産の一つや二つや三つや四つ、築くのは朝飯前だろう。

「…………フィリスちゃんて一体どこのオジョウサマなわけ?」

「さあな」

 云って肩をすくめる。本人があまり話したがらないので、シイロンたちも無理に訊こうとはしなかった。それに別段、知る必要もないからだ。

「ま、知りたかったら本人に訊くんだな」

「──遠慮しとくよ」

 こたえて、ぬるくなった紅茶を口に含ませた。

「それにしても、それだけ飛天に関する文献があるなら、いっそ飛天の研究でもやったらどうだ?」

 十分できそうじゃないか、と少し笑みを浮かべてラインは云った。だがシイロンは渋い顔をするだけである。

「何だよ、何か問題でもあるのか?」

「問題? アリアリ。大アリだ」

「変な云い方」

「ほっとけ」

 シイロンが渋い顔になるのには、それなりの理由があった。

 その一つが文献など、資料の少なさだ。飛天は本来、地上ではなく〈天空の島(エンシリアム)〉で生活していた。その為、彼らの記したものの大部分は手つかずのまま、その島に残っているはずだ。そして〈天空の島(エンシリアム)〉へは行くことが不可能だと云っていい。地上にあるものと云えば、大昔、飛天がまだ健在だった頃、彼らと言葉を交わしたという人々の記録か、彼らにまつわる昔話、そして〈ギルド〉に在籍して彼らの残した地上遺跡を調査した人々の報告書などが主だ。いずれもその数は少ない。その上、中には信憑性の薄いものも多数含まれるのだから手に負えない。それでもこの点については、フィリスの実家にあったもののおかげでかなり解消されるだろう。

 しかし。

 結局、何をどう論じようが、それは机上の空論でしかないのだ。立証し、裏づけるものは何もない。

「非常に、興味をかきたてられる対象ではあるんだがな」





 空をわたる雲が、たかい。冷たい匂いの風が、心地よい。それでも陽射しはつよく、心がすとん、と落ちつく。

 こんな日は心が思うまま、どこへなりとも行かせてやるのがいい。

 風の涼やかな気配を感じ、フィリスはまた大きく息をすってやった。





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