01.丘の上の魔法使い
その村は、山深いところにあった。
村から一番近い丘をこえるとすぐそこには小さな泉があったが、村人はあまりそこへは近づかなかった。子どもが遊ぶにはもっとほかの場所があったし、村人が憩う場所もほかに幾らでもあったからだ。それにその泉は村人から少しばかり神聖視されていた。もしかしたら、それが一番の理由かもしれない。
だから、と云うわけではないが、その泉を見おろせる丘の上に舘をかまえる魔法使いは変人だと村人は思っていた。
めんと向かって「お前は変なヤツだなぁ」と云う村人もいるが、性格があまりよろしくないその魔法使いは一瞥の冷笑を向けるだけだ。これでこの魔法使いと村人の中が険悪にならないのだから、いたっておおらかな人たちだと云える。
丘の上に建つその舘はどっしりとした石造りだったが、少しばかり奇妙な形をしていた。円屋根の丸い棟が大小いくつもつらなっている。正面から見えるだけでも五つの棟がある。まったくもって意匠を凝らしたかどうか意見の分かれる造りだ。
その奇妙な形をした魔法使いの舘に近づく姿があった。赤銅色の髪に薄い茶色の眸をした〈人間〉の青年だ。
二十歳をすぎた頃であろうその青年は舘の扉を叩きもせず、勝手知ったる様子で中へ入っていった。
「おーい、シイロン。生きてるかー?」
生きてるだろうな、と思いながら青年、ラインは舘の主がいるであろう場所へと向かった。
入ってすぐの階段を上がり、空中回廊へつづく扉をくぐって、その先に見える、この舘で最も大きな棟へと迷いなく進んでいく。そうしてあけた扉の向こうは、視界一面をうめつくす本の山だった。
「あいかわらず、すげぇ本の山……」
半ば呆れ、半ば感心し、ラインはどこに居るともわからない舘の主を探しにその山の中へとわけいった。
「人がとおれる道があるだけまだマシか」
誰に云うでもなく、呟いた。それから少しだけ息をすって。
「シイロン。いたら返事しろ」
探すのが面倒だったのだ。ものぐさ者か、と云うとそうでもないのだが。このどこかの大図書館の書庫のようなありさまの書斎なのだ。しかたないかもしれない。この棟は地下、一階、二階の大きく三つにわかれており、そのすべてが本でうまっている。
最近はずっと二階にいたからここかと思ったが、今日は違うのだろうか。
そうラインが思いはじめた頃、とおくから舘の主、シイロンの声がかえってきた。どうやら一階にいるらしい。
はしごのような階段を伝って一階におりると、本のあいだから、ひらひらとふられる手が見えた。
「こっちこっち。ここだ」
何ともやる気のない、だるそうな声だ。
さては徹夜でもしたか、行きづまっているのか。
そんなことを考えながらラインはシイロンの方へ行った。
「よ」
「よ。珍しいな、ライン。何のようだ?」
本から少し目を上げ、深く椅子にもたれたまま来訪者へと目をやる。鳶色の髪にやさしげな藤色の眸。それを灯すのは魔法使いらしい叡智の光だ。
「ようと云うか……」
呟きながらその辺りのものをどけ、適当に腰をおろす。手慣れたものだ。
「また、見合い話でもきたのかよ?」
なかなか切りださないラインの先回りをしてシイロンが云う。だがその視線はもはや手にした本に向いていた。
「────なんでわかるんだ?」
「何年のつき合いだよ」
「……それもそうか」
納得したらしい。
それからラインは我が家のようにくつろぎはじめる。シイロンもそんなラインを気にする風もなく、本に没頭した。ぶあつい、黴の生えたような古い本だ。それを見たラインは、ふと興味がわいて訊ねてみた。
「そんな本、あったか?」
「うん? ──ああ、これか。フィリスの実家からもってきたヤツだよ」
「どうりで。……そういやフィリスちゃんは? さっきから見ないけど」
この奇妙な舘にはシイロンのほかに、もう一人すんでいる。フィリスという、今ではほとんど見なくなった〈古よりの人々〉の娘だ。いつもなら姿を見せて話の一つもするというのに、今日はさきほどからまったく姿を見ない。
「最近、根をつめてたからな。むりやり外に行かせた」
そう云うお前はどうなんだ、とラインは思ったが口にはしなかった。それほど疲れているようには見えないからだ。実際シイロンにとってはあまり負担になっていないのだろう。ある意味、化け物である。
シイロンの舘から少し東へ行くと、ひらけた草原の丘がある。そこからは村が一望でき、その上、村を囲む山の向こう側が少し見えた。
フィリスはそこからの眺めが好きだった。
「うーーーん。気持ちいい~」
体を思いきりのばし、ごろりと大の字に寝ころがる。身も心も軽やかにしてくれるような風は、彼女の銀灰色の髪を揺らして天に還った。




