4:佐々木 悟
ただのオフィスにカモフラージュされた研究所を一人の男が歩く。
佐々木 悟。それが彼の名前。細身で、歳は30前後といったところだろうか。腕には先ほどまで着ていたスーツ。そして、今彼が着ているのは、魔法への耐性を持つ特殊なアーマーだった。
彼は世界外転移用の魔法陣の上に乗った。周りには研究所の者たちが静かに見守っている。
少しの時がたち、研究所のパソコンが音を発した。
「目標の転移を確認。魔法陣に座標を打ち込め!」
他の一人がマウスを動かし、彼の立つ魔法陣に文字が書かれていく。
佐々木は目を閉じた。
これから出発するのだ。実験台として、少年のような正しい悪魔の前に進むのだ。
自分の運命を心で繰り返し、彼は目を閉じた。
間も無く、彼の姿は研究所から消えた。
あの男はもう帰ってこないかもしれない。蛍光灯で明るく照らされている研究所は、いつもより暗く感じられた。
少し時が経ち、彼らは自分の仕事へと戻った。彼らの仕事は、彼の時間稼ぎが成功した時のために、大量の魔人をその世界へと送り込む事だ。
静かな部屋にはキーボードを打つ音が良く響いた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
佐々木が転移した先は、暗い森、一人の少年の目の前であった。
「私の話を聞きなさい。さもなくば一般人を巻き込む事になります」
死ぬかもしれない。その事実の影響は大きく、その一つとして、上がり症の佐々木もすらすらとセリフをいう事ができた。
「今まで何度もしたのだろう」
少年はそれだけ答えた。しかし、転移はしないようだ。
彼は人が傷つくのを好まない。それは、佐々木が研究所で教わった事実だ。
「何度もしているからという理由で、あなたは私たちが殺すのを許すのですか」
少年は黙った。
そもそも今回の作戦は、彼が時間を稼ぎ、その隙に魔法陣が描けなくなるほどの魔人を転移させるというものだ。この段階が成功すれば、援軍を大量に転移させ、彼の命ごと情報封印を解く。
彼の心に迷いを生じさせるのが、佐々木の役割であった。
「私を殺したのなら、すでにこの世界に来ている魔人が同じく一般人を襲うことになります」
「…………」
少年は話さない。
「あなたの聞きたい事に答えましょう、しかし私たちの話を聞いていただいてからです」
これで、彼はぎりぎりまで逃げないだろう。しかし、ぎりぎりのタイミングが分かるかどうかだ。
この世界はまだ狭く、魔法陣が描けるのはこの星の、少ない土地だけだ。
彼に残る時間は少ない。
「あなたは話せるのですか?」
少しの間黙っていた彼が口を開いた。
少年は続ける。
「情報封印をされているはず」
「その通り、我々は自分の組織の情報を封印しています。話そうとしても声が出ず、書こうとしてもペンが止まります。しかし、私もコラプススタンプを刻まれている」
「では、あなたは話せるんですね?」
少年は話に興味を示している。今のうちに魔人がこの世界を取り囲むはずだ。
「ええ、聞きたい事は?」
「お前たちはどこの世界にいる?」
悟は答えようとしたが、少年の指が光った。
金色に光る光線が悟の服をかすめる。
その先には魔人が居た。
少年は振り返る。
少年の後ろにも大勢いる。
「残念でしたね。もう、この世界は魔人だらけです」
少年が悟を見る。
私の仕事は終わった。悟はそう感じた。
「魔法陣を描く暇はありません。今も一秒に数百体の魔人が送られて来ます」
少年は悟に近づいた。
「では、魔法陣を描かなければいい」
「ん、どういうことだ?」
魔法陣を描かない世界外転移など聞いたことが無い。
少年は驚いている悟の顔に手を当てた。
「座標、見つけた」
少年はそこで消えた。
残された悟の周りに魔人が転移されてくる。
魔人が腕を悟るに向け、悟の体が貫かれた。