3:オライド・メリッサ
草の無い平原を女戦士が歩く。
オライド・メリッサ。それが彼女の名前だ。鉄で出来た鎧に剣を腰に下げている。歳は二十歳。真っ赤な髪が鎧から出て、胸まで伸びている。
平原には何も無い。その中を彼女は森に向かって歩いていた。
森にはすぐに着き、耳を澄ますと水の音が、草木のざわめきに混じって微かに聞こえた。
音を頼りに森の中を進む。少し先に開けた場所が見えた。
彼女は足を止めずに進んだ。木の間を抜け、行き着いたそこには先客が居た。
少年は焚き火をして魚を焼いていた。
全身黒色で怪しい。しかしまだ子供だ。しかしこの子が魚を取ったのだろうか?
少年の横には、太めの先の鋭い木の枝があるが、そんな物で魚を取るのは至難の業だ。
「おや、こんにちわ」
少年は道ですれ違ったように軽い挨拶をした。
「あ、ああ、私はシーズ王国騎士、オライド・メリッサだ。呼ぶときはオライドでいい」
「どうですか、一緒に食べません、オライドさん?」
少年は焼いていた3匹の魚のうち、一匹をこちらに向けながら言った。
「あ、いいのか」
ここは大自然の真ん中。近くに町はない。食料は大切なはずだ。ここで人の食事を分けてもらうのは迷惑な気がする。
「はい、さっきまで人の驚く顔で遊んでいて、気分がいいんです」
「ああ、そうか」
彼女は空腹だったので貰う事にした。少し、驚く顔で遊んでいた、というところに引っかかったが。
座って、魚を食べていると焚き火越しに少年が話しかけてきた。
「何か、あったのですか?鎧がボロボロですよ」
魚にしゃぶり付く彼女に少年が聞く。その通りだ。彼女の鎧のあちこちが欠け、血や泥がこびり付いている。
「ん、ああ。少し情けない話なんだが」
そう、一言言って彼女は話し始めた。わざわざ隠す必要もないだろうと、彼女は考えた。
「国王の客人を護衛していたのだが、途中でドラゴンに襲われた」
「ドラゴン、ですか」
「ああ、それで逃げてきてしまった。護衛は私と後5人居た」
あまりに情けない。しかし、年下の前で泣くのは恥ずかしいので、泣くのはこらえた。
「3人は1発目で死んだ。あとの一人をドラゴンは追いかけた。その隙に逃げてきたのだ。情けないだろう」
彼女の手が悔しさと恥ずかしさで振るえ、魚が木の枝の串から落ちた。顔が赤くなるのを感じ彼女は下を向いた。
「そんな事無いですよ」
そんな彼女に、少年はただ、そう言った。
「失敗したら、何とかすればいいんです。無理なら他の事で埋め合わせをすればいいんです」
少年は少し間を置いた。
「・・・・・私も、失敗をしました。世界のバランスを壊すような。・・・・でも、今その失敗は隠しています。それが誰の手にも渡らないように今、頑張っています。
オライドさんもこれから頑張ればいいじゃないですか」
その言葉で気づいた。自分が今、逃げていたと。
この少年の言うとおりだ。後悔は、そのことから逃げる事にしかなっていない。
逃げていても何も変わらない、と。
「これ、どうぞ」
少年はもう一匹の魚を差し出した。
しかし、これ以上は甘えられない。
「ありがとう。でもそれはもらえない」
自分がちっぽけに見える。これまで天才と呼ばれて王国の防壁の中で剣を振って、それでいつの間にか自分を大きく考えすぎたらしい。防壁を出て、隣町まで行くだけの初任務で、ドラゴンから仲間を見捨てて逃げて、逃げた先では年下の少年に食べ物を分けてもらっている。
自分が不甲斐ない。
彼女はいつの間にか泣いていた。
いつの間にか少年が目の前に居た。手には魚と、太い枝に刺さった生の魚。今まで無かった魚だ。
少年が一人で取ったのか聞こうとしたが、その口に焼いた方の魚を入れられた。
少年は少しはなれて座り、話し始めた。
「誰でも、最初は辛いんですよ。最初は不安で最初は怖いんです。それに、自分の本当の弱さを知ったりして、逃げたくなるもんです」
少年は、新しく取ってきた魚を焼きながら話した。
「それに分からないことだらけ。・・・・・・・でも、皆そういうもんです。一度も壁に当たらない人生なんて、無いですから。その壁を壊して先に進む。その壁を乗り越えて進んでいく。そうやって人は進むもんです」
魚は美味しかった。骨は邪魔だったけど、塩気が足りないような気もしたけれども、美味しかった。
「・・・・君は強いな」
「オライドさんもすぐに強くなりますよ」
「もし、もし良かったら私を鍛えてくれないか」
「鍛えて・・・とは?」
「森の入り口の魔物。君が倒したのだろう」
森の入り口には巨大な魔物が居た。しかし頭にただ折っただけとしか思えない、木の枝が刺さっており、倒れていた。
「ええ、いきなり襲ってきたので。
仕方なく殺しました」
綺麗に頭を貫通していて、仕方なくとは、恐ろしい。
「もう一度言う、鍛えてくれないか。私は強くなる」
少年は魚を焼きながら言った。
「いいですよ。数日はする事も無いんで」
そう言って、彼は焼いた魚に触れた。
その魚は消えて、彼の手の中には魔法陣の描かれた紙が握られていた。
彼はそれをコートのポケットに入れて、他の一枚を取り出す。
彼がそれを触ると、その紙は少年の背の高さほどの剣になった。
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腰に下げた剣を抜いた。シーズ王国の紋章が刻まれた騎士団の剣だ。
「シーズ王国騎士、オライド・メリッサ、いざ行く!!」
「岩金剣道場、門下生、逆波白、よろしくお願いします」
名前を聞いていなかったことにいまさら気づく。
私は本番に弱いな、と思う彼女に少年が近づく。
速い。
剣で防ぐがすぐに弾かれ、次の瞬間には剣の背を、首に当てられていた。
「よし、次だ」
少年の目は本気だ。自分のためにここまで本気になってくれる人が居ることが嬉しい。
今までは、天才と呼び、期待するものはいたが、私に本気で向かってくれる人が居なかった。
次が始まる。
「行くぞ」
少年は静かに言った。
少年が走り出す。
また来る!!
次は横に剣が振られた。
それを防ごうとするが当てることしか出来ない。
オライドの剣は飛び、剣を顔に向けられた。
それが何度か続いた。何度か防ぎきれずに鎧に剣が当たった。
しかし、六回目でやっと二回目の攻撃を防ぐ事が出来た。
剣は飛んだ。剣は突きつけられた、が防げたのだ。
今まで首に突きつけられていた2回目を。
日は徐々に傾いていった。
4回目が防げた時、次はこちらから攻めるように言われた。
彼は剣を正面に構えている。しかし今まで、彼がどうやって切り掛かってきたのか分からない。
この時、本当に彼の凄さを思い知った。
自分が行っても、なぜか切れる気がしない。切られるような気ばかりする。
剣と、腕の長さの合計は同じぐらいだ。しかし、どうすれば出来るのかわからない。
「どうだ。今、お前はどうなると思う」
少年は剣を降ろして聞いてきた。
「・・・・逆に、こっちが切られる気がします」
「じゃあ、それを逆にやれ」
そして、一呼吸置き、少年は切りかかってきた。
少年の剣が体に届く直前に剣を彼に向ける。
彼の動きが止まった。
「なかなかいい。どうだ、分かったか?」
少年が聞く。
彼女は首を横に振った。
いきなりすぎて、何のことか分からない。
「攻める方がどう思うか。考えて守る。さっき剣が来るまで、ぼーっとしていたのがバカみたいじゃないか」
次は縦に首を振った。
「次は攻めだ。守る側が、何をされたら困るか考えろ」
少年は少し距離を置いた。
「いつでも来ていいぞ」
彼女は彼の周りを回って、隙を探した。
相手がしっかりと守れないところを攻める。そこから体勢を崩す。
彼女は少年の周りを回って隙を探した。しかし、どこにもあるように見えない。
「どうだ、何か分かったか?」
少年が聞く。また首を横に振る。
「どうして攻撃して来なかった?」
「それは、いえ、攻撃出来ませんでした」
「じゃあ、こっちからもう一回行くぞ。お前が俺に感じたように、攻撃出来ないようにすれば、良いだろ」
少年は少し下がって剣を構えた。
こちらも剣を構える。
少年が弧を描いて回る。
さっきの事を思い出す。
少年は、今にも切り掛かって来そうな雰囲気があった。
恐怖を感じた。
それで攻撃出来なかった。
じゃあ、自分も。
彼女は少年に意識を集中させる。
こっちが隙を見つけて切るんだと。
不意に少年が来る。
少年に向けて、剣を振った。
しかし、剣が届く前に彼の剣が鉄の鎧を、コツっと叩いた。
「なかなか良かった。後は速さだ」
そして練習は続いた。
いつの間にか日は沈みかけていた。
今日はこれぐらいで良いか、と彼が言う。二人は練習を止めて消していた焚き火の周りに座った。
少年はポケットから出した新たな紙を、便利な道具に変えて、火をつけた。少年のポケットは不思議だ。
少年は、明るいうちに食べれる物を探して来ると言って森の方へ歩いていった。
彼女が川の水でも浴びようかと思い、川岸まで行った時、夕日に赤く照らされる川に、二枚の翼が映っているのが見えた。
振り返り、空を見ると翼を羽ばたかせ、こっちを見るドラゴンが居た。
全長十メートルほどの大型のドラゴンだ。赤い鱗が夕日でさらに赤い。間違えなく護衛の時のドラゴンだ。
立ち上がり剣を持つ。
ドラゴンは銀色に光る鍵爪を向けて急降下をして来た。
剣を引き、突き出す。
守っていてはいけない。攻撃こそが最大の防御だ。
少年はそれを伝えたかったんだろう。
剣は爪に当たる。
しかし、体重と勢いの差で押されてしまう。
彼女は後ろへ飛ばされた。
「うぐっ!!」
水面に体を打ち付ける。鎧はさっき外した。
かなりの衝撃で、肺から空気が押し出される。
しかし、ドラゴンの攻撃は止まない。
急いで立ち上がる。
しかし、腰まである川の中では思うように動けない。
剣は飛ばされた。
ドラゴンが突っ込んでくる。
彼女は人生の最後を確信した。
その時、ドラゴンが黄色い光の筋に貫かれた。
空中でドラゴンがもがく。
そのドラゴンに、もう一本の光の筋が当たった。
顔面が貫かれる。
ドラゴンはそのまま川に落ちた。
赤い血で川を染めながら流れていく。
光の筋の本を辿ると、左手を右手首に添え、右手を真っ直ぐに伸ばした少年の姿が見えた。そこで彼女は意識を手放した。
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次に目を覚ました所は、懐かしいにおいがした。彼女は騎士の宿舎のベットに居た。
何で、と体を起こすと、騎士の宿舎にいる治療師が居た。
「あら、目を覚ましたのね」
治療師の女の人がコップを差し出した。
彼女は素直にその水を飲んだ。
「何があったんですか」
彼女が聞くと、治療師の人は少し笑った。
「ふふ、それがね、一人の男の子がここに直接転移して来たのよ。あなたを抱えて。皆あなたの事を心配してたから、お礼がしたいって、言ったんだけど、追っ手が来るとか言ってどっかいっちゃったわ。
あ、あなたに伝言。かっこ良かったです、だってさ」
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「シーズ王国騎士、オライド・メリッサ、行きます」
剣と剣が激しくぶつかる。そして、老人の方の剣が飛んだ。
「オライド、おぬし、いつの間にそんなに強くなったのじゃ?」
「ふふ、師匠もそろそろ歳じゃないですか」
「ふっ、わしはまだまだ騎士団長ぐらい出来るわ」
「師匠、戦いってのは、殺気で戦うんですよ」
「オライドに教わる事になるとはな」
「いえ、私ももう一人の師匠から教わった事です」
もうすぐ夏休みが終わるんで、更新が遅くなると思います。