2:マスター・テイス
レンガ造りの町の喫茶店に男が居る。
マスター・テイス。周りからはそう呼ばれている。茶色い髪を肩まで伸ばして服装は喫茶店のマスターとは思えない程ラフだ。本人はそれが良いと思っている。
喫茶店の中はとても静かだ。客は居ない。
店の外を二人の男が通りかかった。店を指差し話している。
「・・・・・もう、行かない」
「ああ、俺も」
「もっと静かなとこに行くよ・・・・・」
その二人の後ろを歩く一人の少年。黒いコートが港町の風で揺れている。その少年はテイスと書かれた店に入って行った。
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マスター・テイスは店の掃除をしていた。客は来なくても埃は溜まる。店の床は軋んでいるが、そんなことを本人は気にしていない。
その店に一人の客が入ってきた。
「何の勧誘も受けないぞ」
これはマスターの口癖だ。最近の会話はこの言葉しか言っていない。しかし、顔を上げるとそこに居たのは少年だった。
全身真っ黒。マスターのカラフルな服とは全く違う。
「い、いらっしゃい」
少年は箒を持つマスターの前を通り、椅子に座った。
「何か飲み物を下さい。何でもいいです。お金なら鉱山一個分ありますから」
何とも面白い表現だ、とマスターは思った。
ふと、少年のコートが目に留まる。薄いが丈夫そうだ。この辺りでは見ない。
「分かりました。お客さん、どこから来たんだい」
だからそう聞いた。
「なんで、この町の人じゃないと分かったんですか」
「おいおい、質問に質問で返してどうするんだ」
マスターはコーヒーを用意しながら言った。
「私は・・・・・日本と言う所から来ました」
「へえ、聞いたことの無い所だね」
マスターは続きを促す。しかし少年は続きを語らなかった。
「あなたはこの町でずっとこの店をしているのですか」
彼は逆に聞いた。マスターは少し困った。
「ん・・・・いや、昔は他の事をしていたよ」
「他の事、ですか」
少年が話を促す。
マスターは少し考え、話し始めた。
「昔は偉い人をしてよ」
「偉い人ですか」
コーヒーの香りがする。
「ん、ああー、帝国の中でね」
「へえ、凄いですね」
「いや、そんな事無いよ」
マスターは人から褒められる事があまり無かったので、大げさに謙遜してしまった。
一応だが、帝国の国政に関わった身だ。少年に焦らされては少し悔しい。
「お客さん、その歳で魔法が使えるのかい」
「あなたもですよね。それが分かるってことは」
また返された。もはや態とやっているとしか思えないが、そのような雰囲気が少年には無い。
鉱山の話に、上質な服装。それにそこそこ上手い魔法使いのマスターは彼の計り知れない程の魔力を感じる。王族の用心棒にもこれほどの魔法使いが居た覚えは無い。
この少年はマスターの好奇心を誘った。
「ああ、まあね。君はかなりの魔力があるけど、お父さんは有名な人かい」
「ええ、あまり話すつもりは無かったのですが、ここを出たら次の世界へ行くので話しましょう」
「君、界外者か!」
マスターは話の続きを待てなかった。
「はい。父は日本で魔法開発の研究所を開いていました。もうかなり前に死にましたけど」
「そうか、その歳でもう。すまないことを聞いてしまったかな」
「いえ、もうずっと前の話です」
「ずっとって、君の歳じゃ十年前が限界だろ」
目の前の少年はカウンターから肩がぎりぎり見えているぐらいだ。
少年は少し笑って答えた。
「私、これでも二百年以上生きていますよ」
「それは面白い冗談だ」
「証拠が見たいですか」
少年はマスターの目を見ていった。
そしてコートの袖を少しずらした。
コーヒーの用意を続けるマスターの手が止まる。
少年の素肌は張りが無く黒ずんで、血管だけが骨に纏わりついている様だった。
「成長は止まっても、老化は続く。顔だけは魔法で普通に見えるようにはしていますが」
少年は袖を戻し、腕を重ねた。
マスターは金縛りにあったように止まってしまった。
「飲み物はまだですか」
その言葉でマスターは我に帰る。
少年が魔法陣を描き消えるまで、その口を開く事はできなかった。
再びマスター一人になった店で、コーヒーのカップと小さな金は窓から入る赤い日に照らされた。
少年は楽しかったですと言って消えた。