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ずっと母と妹に搾取されていたことに気付けたので縁を切りました  作者: 朔晦 月陽


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30/31

決別


翌日サロンにて私とルカルディ様、お母様とリリーで向かい合って座っている。

オルデアからお聞きかと思いますが、と前置きをしてお母様は話し出した。


「ローゼンフィル侯爵家の意向としてこの結婚を白紙にしていただきたいと思います。元々当家に利はありませんし、大事な娘をやはりこのような辺境に嫁がせる必要はないと判断致しました。もちろん結婚式間近で失礼は承知の上です。慰謝料は十分にお支払いしますわ」


侯爵家と伯爵家と考えればこの理不尽な物言いも残念ながら納得されてしまう。しかし、ここは辺境伯なのだ。たかが伯爵家と侮ってはいけない家である。


「正式に婚約を両家で交わしております。お互い契約違反をしたわけでもなく、尚且つオルデア嬢の意思でもない。とうてい納得のできる話ではありませんね」


ルカルディ様は失礼な母の態度に怒ることもなく、冷静に対応してくれた。


「お母様、私はルカルディ様と結婚します。私は長女ですが、跡継ぎの立場はリリーに譲りました。ローゼンフィルのために生きる必要はもう私にはありません」

「跡継ぎではなくても、あなたはローゼンフィルの、私の娘でしょう?家族は助け合うものよ。どうしてそんな冷たいことを言えるようになってしまったの?やっぱりここの環境は良くないのよ」

「助け合うとおっしゃいますが、私は助けた覚えはあっても助けられた覚えはありません」


私の強い否定にお母様は驚きながら、もごもごと否定の言葉を口にする。


「そんな、こと、ないわ……」

「お父様が亡くなって、私は必死に領地経営を勉強しました。その間お母様は何もしてくれなかった」

「わ、私にそんな知識はなかったのよ。何度も謝ったでしょう?それに長女なのだから後々のためにも優秀なオルデアがやった方がいいと思ったの。実際あなたは見事にやってのけたもの。私の判断は間違ってなかったと思ってるわ」

「私だってなんの知識もありませんでした。まともに寝る間もなく勉強しました。少しでもお母様に手伝って欲しかったのに、言ってもお母様は何もしてくださいませんでしたよね」


膝の上で重ねていた手をぎゅっと握った。隣にルカルディ様がいるだけで、昨日は出てこなかった言葉がしっかり声となって私の口から出る。


「それに、後々のためと言いながら私からローゼンフィル領を奪ったではないですか」

「奪ったなんて……そんな恐ろしい事言わないで」

「まぁ奪ったのはリリーですね。私から婚約者を奪い、一緒に跡継ぎの立場を奪った」


それまでつまらなさそうに紅茶を飲んでいただけのリリーが、突然自分に矛先が向きムッとした顔で言い返してきた。


「奪ったなんて人聞きの悪い。お姉様に魅力が無さすぎてロベルト様が私を愛してしまったのだから仕方ないじゃない。お姉様がロベルト様に好かれる努力をしていなかったのが悪いのよ。私は可愛いだけで悪くないわ」

「そうね、確かに私はロベルト様に好かれる努力はしなかったわ。領地経営に忙しかったからね。それでも、その間にロベルト様に手作り菓子を渡したり、刺繍ハンカチを渡したり、私の悪口を吹き込んだりしたリリーが悪くないとは思わないわ」


なんでそれを?というように目を丸くするリリーと、そんなことは初耳だったお母様も同じく目を丸くして驚いている。


「知ってたけれど、まさか政略結婚なのに公爵家の子息として教育されていた人なのに、妹に乗り換えると言い出すなんて思わなかったし、私が領地経営をしてるのに跡継ぎから外されるなんて思いもしなかったのよ」

「い、今更そんな昔のことで責めるなんてほんとお姉様って性格悪いわね。それに私だってローゼンフィルの娘なのよ、私がローゼンフィルを継いだっていいのに長女ってだけで偉そうに」

「いいわよ、リリーが継いだって別に良かったわ。ただしリリーが領地経営してたらね。私は長女なのにじゃなく、領地経営をしてたのに奪われたことに怒っているのよ」


私は怒ってる。お母様とリリーに怒ってる。怒ってると伝えられていることに、怒ってるのに喜びもあった。


「あの時ちゃんとそう話してくれたら良かったのに……」


お母様がお得意の泣きそうな顔で言う。


「私は言いました。ローゼンフィルの領主になりたいと。それをお母様はリリーとロベルト様は愛し合ってしまったのだから仕方ないと、お姉ちゃんなんだから譲りなさいと言って、私の話など聞いてくれなかったではないですか」


叫びそうになるのを必死で抑えながら、私はなるべく淡々と話す。


「いつだって、私はお姉ちゃんだからと我慢してきました。辺境に来て、私はこれからは自分を大切にしてくれる人と生きていくと決めたのです」


はぁ〜と聞こえよがしな溜め息をリリーがつく。


「なんか良くわからないけど、私は別にお姉様が辺境伯様と結婚したいなら止める気はないわ。シャルフラワーの香水事業を譲って貰えればそれでいいの。書類はロベルト様が作ってくれたからさっさとサインしてちょうだい。これ以上ここにいたら難癖つけられそうで嫌だから、私はサインもらったら結婚式には出ないで帰るわ」


リリーが来た理由はシャルフラワーの香水のためだったのかと納得がいった。


「嫌よ。あの事業は私のものよ。リリーに譲る気はないからサインも絶対しないわ」


一瞬憎らしげに私を見たあと、リリーは大粒の涙を流しながらお母様に縋った。


「どういうことお母様?お姉様に話はつけたといってくれたのに。私、また夜会やお茶会で馬鹿にされるわ」


お母様が口を開きかけたのを見て、それより早く私は声を出した。


「お姉ちゃんだからといって全てを妹に奪われたくなどありません。婚約者も跡継ぎも、ネックレスもドレスもぬいぐるみも、リリーは私から奪った。私はこれ以上奪われるつもりはないわ」

「どうしてっ!どうして家族に向かってそんな冷たいことを言えるの?お母様は悲しいわ。オルデアは優しい子よ?お母様の自慢の優しい子なのに、どうしてそんな意地悪を……」


ヒステリックに叫ぶお母様に、泣きながら責めるように言われるその言葉に、私は一瞬言葉に詰まった。


「お母上様、オルデア嬢は意地悪など言ってないですよ。彼女は正当な権利を主張しているだけです。オルデア嬢はお母上の言うとおりとても優しい女性です」


ルカルディ様は固く握られた私の手に自身の手を重ねた。大きく温かいその手に、私は安心感に包まれた。


「お母様。お母様は私が反論するといつも、どうして意地悪を言うのか、家族が大事じゃないのかと私を責めます。どうして私が嫌だといったら意地悪になるのか、私が我慢しなければ家族を大事にしていないと言われるのか、私は……悲しかった」


お母様がヒュッと息をのむ音がした。


「怒りや悔しさもあったけど、私は悲しかったのです。どうしてお母様はリリーを怒ってくれないのか。私がリリーに何かを奪われ悲しんでいても、お母様はリリーを怒ることはなかった。それどころか、お姉ちゃんなんだからリリーに譲りなさいと言われた。お母様はいつだってリリーを大切にして、私を蔑ろにしていた。それが、悲しかったのです」

「そんなこと……そんなことないわ。あるはずないわ!私はリリーもオルデアも大切にしていたわ!誤解よ」

「お母様がそう思っていても、私はそうは思わなかった。ルカルディ様は私を大切にしてくれます。フィリオ様もベルリナ様もアリア様も、私を大切にしてくれる。私は、私を大切にしてくれる人達を大切にして生きていきます」


固く握っていた両手の力を抜いて、手を返してルカルディ様の手を握る。私の想いに返すようにルカルディ様もぎゅっと握り返してくれた。


「オルデアは……オルデアはお母様を捨てると言うの?」


涙をハンカチで拭いながら、お母様は弱々しくいつもの最後の切り札を使ってくる。


「はい」

「え?」

「私は私を大切にしてくれないお母様を捨てます」


さすがにびっくりしたのか、お母様の目から涙が止まった。ぶすっとしていたリリーも驚いてぽかんとしていた。


「私がルカルディ様と結婚することが、お母様を捨てることになるならば、私はお母様を捨てます。リリーに事業を譲らないことがリリーを捨てることになるならば、リリーも捨てます」


ルカルディ様を見れば、こんな酷い事を言ってる私を見守るよう、肯定してくれるように微笑んでくれる。


「私は私を搾取するあなた達家族を捨てて、私を大切にしてくれるルカルディ様達と家族になります」


そう言い切った。


「何が捨てるよ!ローゼンフィルから捨てられるのはお姉様だわ!ローゼンフィル侯爵家には二度と入れないからね!」


怒りで真っ赤に染まった顔でリリーは立ち上がる。


「なによ!お姉さまって昔からそう!頭がいいことを鼻にかけて私を馬鹿にして!ロベルト様が私を好きになっても悔しがりもしない!挙げ句にこんな顔の良い人に好かれて、愛されてますって顔しちゃって、ほんっとムカつくわ!」


初めてリリーの本音を聞いた気がした。


「そんな風に思ってたのね」

「そうよ!私は昔からお姉さまが大ッキライ!」


そう言い捨てて、ドカドカと淑女らしからぬ音を立ててリリーはサロンから出ていった。荷物を纏めてローゼンフィルに帰るのだろう。

お母様は青白い顔で言葉を失っている。


「お母様、結婚式には出席していただかなくても良いです。リリーと一緒にお帰りになってください。私はローゼンフィル侯爵家には二度と帰りません。縁を切ります。育ててくださったことはお礼を言いますが、その分の恩は返したとも思ってます。どうぞお元気で」


緩く首を横に振りながら、違う、嘘よ、駄目、と小さく口にするお母様に心が痛まないわけではなかったが、私はさようならと頭を下げてサロンを出た。

部屋に戻ると手が震えていたことに気づく。震える手を見ると、ポタリポタリとその手に水滴が落ちている。

コンコンコン、とノックの音に肩を揺らすと、少しいいかな?とルカルディ様の声がした。

慌てて涙を拭って、どうぞと声をかける。


「大丈夫かい?」

「ええ、言いたい事を言えてスッキリしました。私に話をさせてくれてありがとうございました」


にこりと微笑めば、ルカルディ様は困ったように笑う。


「無理しなくていい。よく頑張ったね」


そう言ってルカルディ様は優しく私を抱きしめてくれた。その温かさに、私の目から再び涙が溢れる。


「スッキリしたのは、本当なのです。縁を切ることに後悔もしていません。それでも、何故か涙が出るのです」

「うん。人間はひとつの感情でできていない。一度に色んな感情が混ざり合うこともある。スッキリしたのも、後悔してないのも……悲しいのも、全部あなたの大切な感情だ。押し殺す必要はない」


自分自身何に悲しいと思ってるのか分からなかった。お母様もリリーも嫌いで、縁を切ることに喜びすらあるのに、悲しいと思うのはなぜなのか。家族を失う悲しさなのか、結局私の頑張りはなんだったのかという虚しさなのか、分からないけど今悲しいと思う気持ちを大事にしようと、私はルカルディ様の腕の中で満足するまで泣くことにする。最近泣いてばかりだと恥ずかしくもあり、人に、ルカルディ様に甘えられるようになったのだと気付き嬉しくもあった。


満足するまで泣いたら、悲しみより、今ルカルディ様の腕の中にいるという喜びで心が満たされていくのを感じた。




お読みいただきありがとうございます

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