二秒間の空間
町のシンボルの隣にある空き缶の像
父が幼い時、学校の行事で作ったらしい。僕は小さいころからずっとそれらを見てきた。ずっと動かない生きた少女――町のシンボルとそれを守るように並ぶ空き缶の像。
空を見上げた状態でずっと固まっている。いや、実際には少しずつ動いている。爆弾がおちてから約二秒。六十余年前、まだ太平洋戦争のこと。僕が今住んでいる町も空襲にあった。その時に使われた爆弾のうち一つが、空間に歪みを作り時空の流れを遅くした。約三十年で一秒進む。その時空のゆがみに一人だけ巻き込まれた。
それが、彼女である。つまり六十年間、空を見上げた状態のままここにいる。彼女はまだ爆弾が落ちてきたことにすら気づいていないだろう。非現実的な話ではある。
彼女をこのままにしておいていいのかという意見や、町のシンボルにすることは人権に違反しているという事も言われている。今までに、救出しようという計画もあったらしいが、時間の流れが違うために彼女を助けることは限りなく不可能に近い。空間ごと裂き、その短い時間の間に彼女を助け出そうという方法も挙げられた。しかし彼女の肉体的、感覚時間的も遅くなっているため、連れ出す時間は彼女にとって音速を何十倍も超え、命の保障ができない速度で引っ張られることになる。
故に今は科学が発展して安全に助け出せるまではそのままにしておこうと言われている。
「はぁ」
僕はため息をつくと、その場を離れた。
「おーい、駿治ーっ」
いつもの悪友が声を掛けてきた。小学生の頃からつるんできた奴らで、高校生になった今でも小学生気分が抜けていないらしい。ちょっとした悪ガキである。
「何やってんだ、お前。こんなところで」
「別に、ちょっと散歩していただけだよ」
「分かったまたお前町のシンボルの所に行ってただろ。実際見てて映えるからな、あの人は」
こいつらにも言いたい事は色々あったが、否定はしきれない。
もしも爆弾が落ちていなければ、自分はこの世界にいなかっただろうし、昔祖父から聞いた話が理解出来るようになった今では、余計と気にしてしまう。
もう一度聞こうと思った事は何度もあるが、罪悪感が沸いてきて聞けなかった。祖父亡き今では、思い出すことも少なくなってきている。だが、それでもその話は僕の頭にはっきりと残っている。
父もこの話を聞いたことがあるらしく、シンボルの前を通ると鬱な気持ちになる事があるという。
「いいか、駿坊。お前もそのうちに父から聞くと思うがな、わしからはっきり話しておく。死ぬ前にちゃんと自分で伝えないといけないと思うからな」
祖父がまだ僕くらいの年頃のころ、祖父の両親から許婚を決められた。このころは、親が結婚相手を決めてしまう事は、珍しいことではなかったらしい。しかし祖父には心に決めていた人がいた。それが今町のシンボルになっている彼女である。
だがそれも儚いものだった。すでにそのとき祖父と彼女は付き合っていたが、祖父に許婚が出来たこともあり、両家の親の反対にあった。
よくある話。
それでまだ若かった祖父と彼女は、駆け落ちをしようとした。
隣町まで働きに出ていた祖父は、仕事の帰りがけに彼女をつれ、そのまま駆け落ちをする予定だった。しかし両親を裏切ることに抵抗を覚えてしまった祖父は、電車を一本遅らせて乗った。決心が出来なかったためである。
結果的にそれが祖父の命を救い、また、彼女と二度と会話もできなくなることとなった。
彼女は今も期待と不安が混ざったような表情で空を見ている。それを見るたびに、祖父は後悔していたらしい。どうして最後になりためらってしまったのかって。
一年前に祖父は亡くなった。だが亡くなる前日にも祖父は彼女のところへと足を運んだ。きっと今でも彼女は待っている。彼女の時間は爆弾が落ちた時からとまっているのだから。
時がたち、彼女は知るだろう。自分だけが生き残っていて、恋人だけでなく、家族や知り合いも生き残っていない。一人ぼっちで生き続け、もしかすると人類ものこっていないこの世界。
たとえ彼女にそれを伝えることができたとしても、彼女は信じられるだろうか。
「おい。おい駿二、帰るぞ」
色々と考えているうちに、日が沈みかけていた。ずいぶんと時間がたったらしい。
「ああ、行くか」
「なあ、帰りがけさ、久しぶりに彼女のところにいってみないか。ほら、ここ最近ゆっくり話してなかったろ」
僕らは彼女のところに行くことにした。僕やこいつらも、小さい頃からここに住み、生きてきた。シンボルのある公園のところでも昔はよく遊んだ。もしかしたら、気づいてくれるかもしれないと子供心に思い、小さいころからずっと彼女に話かけてきた。
さすがに中学に入ると、はなしかける奴も減り、最後には僕しか残らなかった。
「今朝な、おまえが彼女のところにいるのを見て久しぶりに思ったんだ。忘れちゃいけないって。そうだろ」
「珍しくいいこと言うな。 ああ、行こう」
僕らは笑い合いながら歩いた。赤みがかった空に明るい声がこだまする。そして彼女の目の前でも。
お久しぶりです。ここ最近ちゃんと話をしていませんでしたね。すみません。今、あなたは何をどのようにみているのでしょう。
うちの祖父もお世話になりました。あなたがそこにいるあいだに、こちらでおきたことを少しでも伝えられれば嬉しいです。いつか、僕が直接あなたに伝えることが出来るよう頑張ってみます。それとも、祖父が直接あなたにつたえに行っているでしょうか。
時代も変化してしまいました。――また、会いましょう。
その晩、大雨暴風警報が発令された。彼女にもしものことがおきた時に備えて、町内で有志を募り、何か起きたときにはすぐに対応出来るようにはなっている。
僕や父も参加している。彼女には申し訳ない気持ちや、祖父の感じていた責任を少しでも軽く出来ればいいと思ってやってきた。そして、祖父の子孫である僕や父の存在を知って欲しいとも思っている。だがきっと不可能だろう。
ふと、父が声をかけてきた。
「駿二、お前はやっぱりそれをもっていくのか」
父は僕の首にかかっている既に動かなくなった時計を見ていった。
「うん。じいちゃんに小さい頃貰ったものだから。でもなぜ」
「お前がもう少し大きくなったら教えてやるよ」
この時計に関して父は何も話したがらない。でも、何かは知っている。扱う時もとても大切にしていた。
風が吹き荒れる中、僕は彼女の所へいった。祖父からもらった時計を見てみると、丁度今と同じ時間、午後七時二十三分で止まっている。
急に風が強くなった。手で持っていた時計が飛びそうになり、彼女のいる方へと吸い寄せられるように持って行かれる。
取ろうと手を伸ばした瞬間、バランスを崩し転倒。彼女の空間へと引きずりこまれる。周囲の音が聞こえなくなる。斜線しか見えない。僕の頭が状況を理解するまでに少し時間がかかった。
一体何十年たったのだろう。体感時間は約一秒。
・・・・・・彼女と目が合った。はじめは驚いたような顔をして、それからたっぷりと数百年分二人で見つめあった。
更に何年たったのだろう。彼女は僕の手の中にある時計を見つけると、嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「来てくれてありがとう」
一瞬だけ表情が曇る。違和感を感じ取ったのだろう。
「その時計」
僕は何万年もかけて彼女に全てを説明した。
「ありがとう」
彼女は涙ぐみながら言う。僕は泣きながらいう。
見ると、止まっていたはずの時計がこちらの時間で動いていた。




