第七話 追放ではなく、戦略的撤退ですわ
そして、説明は続く。
受け入れさせるための説明を、リリアーナは知っている。
「修道院は監視がきつく、国外追放は貴賤を問わず侮辱の対象となります。ですが、アウロラ領への『隠遁』であれば――わたくしは公爵家の保護下に留まりつつ、王室の監視の目から逃れることができる」
言葉を区切り、相手の理解の速度に合わせる。
「辺境とはいえ領地を持つということは、わたくしに自由な行動権を与えます」
さらに、相手側の得も提示する。
「そして王室側にもメリットがあります。辺境へ追いやることで、彼らは悪役令嬢を厳しく罰したという体裁を整えられる。しかも名目上は『静養』。公爵家との決定的な衝突を避けられる」
最後に、結論。
「……彼らはこれを、喜んで受け入れるでしょう」
公爵の背に、震えが走った。
長年王室と駆け引きをしてきた自分より、娘の方が一枚上手だとでも言うような。
そして何より、娘の瞳の奥に――かつて見たことのない、冷たい決意の光がある。
「……なぜ、アウロラ領なのだ。冬場は氷に閉ざされ、ほとんど人の住まぬ不毛の地だぞ」
リリアーナは、わずかに口元を緩めた。
その微笑みには、隠しきれない興奮が滲んでいた。
「不毛の地、結構です。人がいないということは――すなわち、誰も邪魔をしないということ」
言葉が少しだけ、弾む。
「わたくしは、王妃教育で学んだ全ての知識と、公爵家の資源を使い、あの地で一つの『実験』を試したいのです。誰もが不可能と諦めた場所を、わたくしの力で……変えてみせる」
(古代遺跡の封印を解き、魔導技術を手に入れるための最高の隠れ場所だ。誰も注目しない不毛の地こそが、私にとっての安寧の地となる)
ロドルフ公爵は理解した。
娘は、単なる感情の犠牲者ではない。自らの人生を設計し直す強い意志を持っている。
怒りは鎮まり、いま残るのは――娘の新たな道を支える覚悟だけ。
「わかった。リリアーナ。貴様の判断に従おう」
公爵は深く息を吸う。
「この要求を、王室に対する名誉回復の条件として、父が強硬に推し進める。王室が拒否すれば……王子の決定が感情的な私闘であり、政治的正当性を欠くと公表しよう」
その言葉は、リリアーナにとって何よりも確かな約束だった。
彼女は完璧な淑女の礼をとり、静かに執務室を辞去した。
その後の数日間、ヴァイスハイト公爵家と王室の間で水面下の激しい交渉が行われた。
公爵の強硬な姿勢と、リリアーナが自ら身を引く姿勢。
その二つが、ヘンリー王子と王室側にとってこれ以上問題を大きくしないための最も都合の良い解決策となった。
王子はセレナとの愛に酔いしれ、リリアーナが静かに消えてくれるなら――多額の賠償金も安いと考えたのだ。
そして一週間後、王室から正式な布告がなされた。
内容は、リリアーナの要求通り。
「リリアーナ・ヴァイスハイト公爵令嬢は、長きにわたる王妃教育の重責により心身を病み、この度、婚約破棄の申し出を自ら受け入れた。これに伴い、公爵家の辺境領地アウロラへ移り、静養に専念することを許可する。ヴァイスハイト家に対し、王室は静養及び開拓事業のための十分な資金を提供することを約束する」
これは、ゲームの『国外追放』という最悪のバッドエンドを、リリアーナが交渉術と前世のロジックで――『名誉ある隠遁』へねじ曲げた瞬間だった。
(悪役令嬢として追放される代わりに、辺境の領地、潤沢な資金、そして何より『自由』を手に入れた。これほど割の良い慰謝料があるだろうか)
簡素な旅装に身を包み、用意された馬車へ向かう。
公爵邸の門前には、ロドルフ公爵と侍女長エルネスタ、そして使用人たちが集まっていた。
皆、涙をこらえ、リリアーナの旅立ちを惜しんでいる。
エルネスタが嗚咽を漏らしながら、リリアーナの手を握った。
「リリアーナ様……どうか、ご無事で。寒さの厳しい地です、どうかお体を大切に……」
「ありがとう、エルネスタ。心配いりません。わたくしは、これから最高の安寧を手に入れるのですから」
リリアーナは指先に力を返し、公爵へ向き直った。
彼の顔には、深い信頼と――一抹の寂しさ。
「父上。ご心配をおかけしました。ですが、わたくしはこの『追放処分』を心より喜んでおります」
「リリアーナ……」
「わたくしは、これまでの人生で誰かのために生きることしか許されませんでした。王妃教育、公爵家の名誉、王子の尻拭い……全てが義務でした」
そこで一度、息を吸う。
「ですが、これからは違います。わたくしはアウロラで、リリアーナ・ヴァイスハイトとして生まれ変わります。これは、わたくしにとって……最高の自由への切符です」
紫水晶の瞳が、静かな決意の光を宿していた。
ロドルフ公爵は、その言葉の裏に隠された娘の強い意志を受け取り、ただ力強く頷いた。
そして、抱きしめることしかできなかった。言葉より確かなものが、そこに必要だった。
リリアーナは馬車に乗り込む。
カインから送られてきた古代魔法文献のリストを、簡素な革のポーチに忍ばせていた。
それは、アウロラ領で彼女が探求すべき古代遺跡の鍵。
馬車が王都の華やかな石畳を離れ、北の荒涼とした道へ進路を取る。
リリアーナは窓の外に広がる、自由への道を静かな高揚感とともに見つめた。
(さあ、新しいプロジェクトの始まりだ。辺境サバイバル。私は、悪役令嬢として与えられたバッドエンドを、自分の手でハッピーエンドへ書き換えてみせる)
追放という名の自由を手に入れたリリアーナ。
魂は、激務と理不尽に耐え抜いた元・社畜OLの合理性と、辺境で眠る古代の叡智への探求心に満ちていた。
彼女は、この追放劇こそが真の『溺愛ファンタジー』のプロローグであることを――まだ知る由もない。
物語は、人里離れた雪原の地で、彼女の想像を絶する形で幕を開けることになる。
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