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悪役令嬢の追放からの逆転スローライフ〜辺境公爵の『溺愛業務』を請け負います〜  作者: 木風


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第五話 元社畜令嬢の合理的サバイバル思考

最低限の私物をまとめた麻袋を前に、リリアーナは公爵家離宮の書斎で静かに佇んでいた。

豪華なドレスを脱ぎ捨て、地味なローブを纏った姿は、社交界の華としての面影をほとんど消している。

馬車での移動中から続く、自身の内面の変化――それを、彼女は冷徹に分析し続けていた。


(悪役令嬢?リリアーナ・ヴァイスハイト公爵令嬢。ゲームの導入部で断罪され、追放される運命のキャラクター)


自分の現在の姿と、ゲーム内の設定を重ね合わせる。

けれど、分析を進めるほど、ある一つの確信が深まっていった。


――私の魂は、断罪イベントの衝撃で、前世の記憶に完全に支配されている。


前世の彼女は、確かに学生のころから乙女ゲームに熱中していた。

しかし、その後の人生が――今のリリアーナの冷徹な判断力を形作っていた。


「私は……社会人になって、都内のIT企業で働いていたんだ」


言葉にした瞬間、記憶の奔流が一気に押し寄せてくる。

華やかな恋愛ファンタジーとはかけ離れた、徹夜と残業にまみれた泥臭い現実。


納期。ノルマ。非効率な会議。上司の機嫌取り。

そして常に背後に張りつく、リストラの脅威。


「ああ、社畜だった。私は、ただの過労死寸前の社畜OLだった」


窓の外の闇を見つめながら、乾いた笑みが漏れた。

あの激務の中で磨かれたのは、徹底的な合理主義とリスクヘッジだ。

いかに感情を殺し、理不尽な状況下で自分の精神と肉体を維持するか。

それはサバイバルスキルそのものだった。


そして、その過酷な現実からの唯一の逃避先が、乙女ゲーム『光と闇のアリア』。

現実の社畜生活の残酷さと、架空の貴族社会の愛憎劇を比べては、彼女はその複雑な設定にのめり込んだ。


当時、彼女が最も嫌いで、感情移入できなかったキャラクター。

それこそが――リリアーナ・ヴァイスハイトだった。


「傲慢で、常にプライドが高く、主人公をいじめる。分かりやすい悪役。それが、リリアーナという存在だったはず」


だが今。

リリアーナの身体に入り、公爵令嬢としての過去の記憶を追体験すると。

その『悪役』の行動のすべてが、前世の社畜時代に直面した『会社防衛』や『自己保身』の論理で、すんなり説明できてしまう。


なぜ、リリアーナは特待生セレナに厳しく当たったのか?

ゲームでは『嫉妬』で片付けられる。

けれど、公爵令嬢リリアーナの視点から見ると――まるで違う。


セレナは確かに光属性の才能を持っていた。

だが平民出身ゆえに、貴族社会の常識も、王室の厳格な慣習も知らなかった。

彼女が学園に入って以来、ヘンリー王子は公務を疎かにし、王室の機密情報が不用意に学園内で扱われるリスクが高まった。

さらに、王室の資金が、セレナを優遇するための学園設備改修や私的な贈り物に流用され始めたのだ。


――危ない。あまりに危ない。

この国は、恋愛イベントで回っているわけじゃない。


「セレナの退学画策は、私が次期王妃として、王室の財政と、王子の評判を守るための『リスクマネジメント』だった」

リリアーナは淡々と結論づける。


「無能なトップのヘンリー王子が、感情に流されてプロジェクトである王国運営を破綻させないための、緊急の対応策だったの」


過去の記憶を、冷静に掘り起こす。

セレナが無邪気さゆえに王室の機密文書に触れそうになった事件。

慣習を知らないセレナが、有力貴族の令嬢たちに無神経な発言をし、派閥間の不和を引き起こしかけた事件。


火種はいつも、悪意がない顔で転がっていた。

そして、その火消しを裏で密かに処理していたのは、リリアーナとヴァイスハイト公爵家だった。


「私は、常に王子の『尻拭い』をしていた」


言い切った声は、どこか乾いている。


「彼がセレナに夢中になり、公務をサボり始めた時――それを止める唯一の方法が、彼女を学園から遠ざけることだった」


社畜時代、彼女もよくやっていた。

無能な上司が起こしたミスの処理。

プロジェクト全体の崩壊を防ぐための『厄介者の排除』。

リリアーナの行動は、貴族社会版の『効率的な社内政治』に過ぎなかったのだ。


しかしヘンリー王子は、その裏側の泥臭い努力を一切理解しなかった。

彼が求めたのは、自分の自由と、セレナとの『純粋な愛』という甘美な幻想だけ。

そして、その幻想のために。

長年支えてきたリリアーナを、分かりやすい『悪』として断罪した。


リリアーナは静かに息を吐いた。

ため息というより、熱を逃がすみたいに。


「悪役令嬢、ではない」


低く呟く。


「私はただ、上層部の無能なトップと、規格外の新参者に挟まれ、激務で疲弊し……最終的に全ての責任を押し付けられて断罪された、哀れな社畜OLだったわけだ」


この理解が、リリアーナに奇妙な解放感をもたらした。

もはや王子への未練も、裏切られた恨みも、感情的な囚われも消え失せていく。

残るのは、冷徹なロジックと、生存本能。


よし。

もう、このブラック企業という名の王室とは縁を切った。

私は、これから自分のための人生を生きる。


前世の記憶は、彼女に二つの強力な武器を与えていた。

一つは、ゲームの攻略を知っているという未来予測。

もう一つは、社畜時代に培った、過酷な状況下での生存本能と徹底したロジック思考。


彼女は王国の地図を再び広げた。

目的地は遥か北方の辺境、アウロラ領。


「辺境への隠遁。これは国外追放よりもはるかにマシな結果だ」


指先で北端をなぞる。


「公爵令嬢の地位は失っても、命は助かる。何より、自由が得られる」


リリアーナは、今後の戦略を頭の中で組み立て直した。

癖で、勝手に仕事の形式に落とし込んでしまう。

――それでいい。私は、そのやり方で生き残ってきた。


プロジェクト:辺境サバイバル&古代遺跡発掘

目標:アウロラ領での安全な生活基盤の確立と、ゲームの裏設定である古代遺跡の魔導技術の独占

フェーズ1:現在進行中の緊急離脱とリソース確保


父である公爵家の政治力を利用し、辺境への隠遁という処分を確定させる。

王家に対する名誉毀損の賠償請求を、公爵家主導で行わせるために――感情的にならない。

そして、信頼できる協力者を確保する。


リリアーナは、エルネスタに託したカインへの極秘メモを思い出した。

彼は王子の断罪の場には姿を見せなかった。

常に、王子の愚行や貴族社会の泥仕合から距離を置いている。


その距離が、今の彼女にとっては最も信頼できる要素だった。


カイン・アルヴァロ・アルテミス。

魔法師団総隊長であり、『氷の公爵』と呼ばれるアルテミス家の次期当主。

彼を動かすには、感情的な訴えは無意味。必要なのは論理的な取引と、彼の知的好奇心を刺激する案件だ。


「古代魔法文献のリスト提供。これは、彼にとって無視できない餌」


リリアーナは淡々と断じる。


「彼は長年、古代の魔導技術を秘密裏に研究していた。私が公爵令嬢の地位を捨ててまで、なぜアウロラ領と古代魔法に関心を示すのか――彼は必ず興味を持つ」


カインのルートを攻略する上で最も重要なのは、「リリアーナが自身の知的好奇心と能力を最大限に発揮し、彼と協力関係を築くこと」だった。


リリアーナは静かに笑った。

かつて王妃教育という義務に縛られ、カインの知的な誘いを常に断っていたリリアーナとは違う。

今の彼女は、純粋に知識と生存を求めている。


「カイン、あなたは私が求める知識を持つ唯一の人物」


一拍置き、呟くように続けた。


「そして、私がこの世界で最も信用できる……ビジネスパートナーだ」


視線は再び王国の地図へ戻る。

ゲームのシナリオ通りなら、彼女の排除後、王国の均衡は崩れ――数年後に魔族との大規模な戦争が勃発する。

その時、ヘンリー王子とセレナの『真実の愛』だけでは、国は守れない。


(最終的には、私はこの世界を救うための『裏プロジェクト』を担うことになるだろう。だが、それはその後の話。まずは辺境で自分の安全を確保し、力を蓄える)


社畜時代に培った『計画性と実行力』を、彼女はフル稼働させた。

絶望?悲嘆?そんなものは、仕事の効率を落とすだけの無駄な感情だ。


彼女は断罪という名の『解雇通知』を受け取ったばかりの、優秀な元・社員。

そしていま、自分自身の人生という最も重要なプロジェクトの――チーフマネージャーに就任した。


私室を出る直前、鏡に映る自分を見つめる。

地味なローブの下に隠された紫水晶の瞳が、冷たい決意の光を宿していた。


「さあ、第二の人生のプロジェクトを開始しよう」


声は静かだ。


「今度の目標は、絶対にバッドエンドを回避すること。そして誰にも邪魔されない、安寧の地を手に入れること」


彼女は、もはや悪役令嬢ではない。

彼女は異世界転生した、冷徹で合理的な――元・社畜OLなのだから。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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