第二十六話 聖獣来訪、でも敵意はありません
リリアーナの生命魔力の発現と、カインの古傷の完治から数日が経過した。
『霜降りの館』の地下研究室は、二人の熱狂的な探究心によって、常に高密度の魔力に満たされていた。
カインはリリアーナの生命魔力を解析し、古代結界の解除と、その力の安定化――二つの最重要課題に全力を注いでいる。
一方で、裏庭に創造された精霊樹は、結界で覆っているにも関わらず、微細な生命波動を漏らし続けていた。
闇属性の結界は、光を遮断し、感知を鈍らせる。
だが、生命そのものの波動は、完全には封じきれない。
清浄な水が、石の隙間から滲み出るように――。
「リリアーナ。貴女の生命魔力の放射レベルが、わずかに基準値を超えている。休息を挟め」
カインはそう言いながら、リリアーナの膝に頭を乗せていた。
彼女の膝枕は、最も効率的な休憩であり、同時に最も厳格な監視業務でもある。
リリアーナは彼の髪を優しく梳きつつ、疑問を口にした。
「精霊樹の波動が外部に漏れるのは、何か悪影響がありますか?」
カインは、彼女の指先が自分を落ち着かせる処置として機能していることに満足しながら、冷徹に答えた。
「悪影響というより、招かれざる客を招く要因になる。精霊樹の波動は純粋な生命力だ。魔族を遠ざける効果がある。――だが同時に、魔力に敏感な生物を引き寄せる」
「敏感な生物……?」
「特に、古代文献に記された『聖獣』だ」
カインの声が少しだけ低くなる。
「辺境の奥深くに生息し、通常は人間に姿を見せない。彼らは濃密な生命力の源泉を崇拝する傾向がある。貴女の魔力が彼らを魅了すれば、防衛システムを無視して侵入する可能性がある」
その単語が、リリアーナの前世の記憶を刺激した。
(聖獣。ゲームだと、主人公の光属性に惹かれて味方になる、可愛いマスコット枠……!)
彼女が口にしかけた瞬間、館の静寂が砕けた。
深夜。
外から、けたたましい鳴き声が響き渡る。
獣の咆哮に似ているが、どこか清澄で、悲しげで――耳の奥を撫でるような音だった。
カインは即座に魔導システムを起動させた。
「リリアーナ、警戒しろ。侵入者だ」
窓の外。雪が降り積もる庭園に、白い影が蠢く。
狼に似ている。だが、全身が銀色の光を帯び、額には角。
息を吐くたび、白い霧に淡い輝きが混じった。
「……アイシング・ウルフ」
リリアーナは、ゲームの知識で名を呼んだ。
「聖獣の一種です。氷と光の魔力を持つ、高位の魔獣……!」
アイシング・ウルフたちは、堅牢な防御壁に阻まれ侵入できずにいた。
しかし諦める様子はない。裏庭――精霊樹の方向へ向かって、切なげに鳴き続けている。
カインは研究室から出ようとし、リリアーナに厳しく命じた。
「貴女はここで待機しろ。私が排除する。彼らは貴女の生命魔力を狙っている。警戒を怠るな」
「お待ちください、カイン様」
リリアーナは、闇属性の攻撃が彼らを傷つける可能性を懸念した。
そして何より、彼らの目が――敵意ではなく渇望であることに気づいていた。
「彼らを排除する必要はありません。精霊樹の光に惹かれているだけです。刺激すれば、余計に状況が悪化します」
「リリアーナ。感情的になるな。彼らは魔獣だ。力でしか屈服しない」
「いいえ。彼らは聖獣です」
リリアーナは一歩も引かなかった。
そして、カインが最も受け入れやすい言葉を選ぶ。
「わたくしに試させてください。生命魔力の応用範囲を探る、重要な実験です」
実験。
その二文字に、カインの探究心が反応するのが分かった。
独占欲と衝突しながら、彼は苦渋の顔で許可を出す。
「……五分だ。五分で収束しなければ、私が排除する」
リリアーナは裏庭に通じる扉を開け、寒風の庭へ踏み出した。
ローブは薄い。カインの眉が僅かに寄る。
それでも彼は追わない――許可した以上、監視で済ませるしかない。
リリアーナは聖獣の前に立ち、ゆるやかに微笑んだ。
その笑顔は王妃教育で磨いた完璧な微笑みではない。
前世で動物を可愛いと思った時の、混じり気のない優しさだった。
「遠いところから、よく来てくれましたね」
彼女は、そっと手を差し伸べる。
「あなたたちが求めている生命の源は、確かにここにあります。でも――ここは今、私の大切な場所なのです」
そして生命魔力を放つ。
刺激ではなく、撫でる波動。
温度のある光。母親の腕の中みたいな、安心の膜。
一斉に鳴き声が止んだ。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




