第二十五話 手製ポーションで、氷の公爵の古傷を治す
リリアーナは立ち上がり、実験区画の鉢植えから、進化したばかりの『イノセンス・リーフ』を数枚摘み取った。
そして研究室の片隅、魔力で温められた小さな石臼に入れる。
彼女の頭の中で、前世の記憶とこの世界の薬草学が高速で結びついていく。
薬草の効能。魔法薬の調合術。生命魔力という第三の要素。
――融合させればいい。
リリアーナは、清浄な水源から汲んだ水に魔力を落とし、薬草にゆっくりと注ぎ込む。
その際、生命魔力を植物の細胞へ直接作用させるよう、意識して制御した。
出来上がった液体は、透明に近い淡緑色。
しかしそこから放たれる生命力は、周囲の魔力さえ浄化してしまうほど濃い。
現代の魔法薬の基準を、遥かに逸脱した手製の奇跡。
「カイン様。これを飲んでください」
小さなガラスのカップに注いで差し出すと、カインはその波動の正体を即座に察知した。
闇属性とは正反対の、純粋な光。
――いや、光ですらない。生命だ。
「このポーションは貴女の生命魔力が凝縮されている。論理的には極めて強力な回復を発揮するはずだが……未知の魔力だ」
「わたくしは、貴方様の管理を義務付けています」
リリアーナは、柔らかく、しかし逃げ道を閉じる声で言う。
「貴方様の体調不良は、わたくしの業務怠慢です。どうか、わたくしの調合したポーションを信頼してください」
契約。義務。信頼。
カインが最も重視する価値観で縛る。
彼は、抗えない。
カインはポーションを一気に飲み干した。
――瞬間、彼の体内から激しい熱と光が噴き上がった。
魔力回路が洗浄され、再構築されていく。
それは破壊ではなく、上書き修復。
根本から書き換えられる感覚に、カインの顔が苦痛に歪む。
数秒。
やがて光が収束し、彼は静かに呼吸を整えた。
リリアーナは不安に駆られて肩に触れる。
「……大丈夫ですか」
カインは無言で、左肩を露出させた。
そして――リリアーナは息を飲む。
そこにあった黒く醜い古傷は、完全に消えていた。
生まれたての肌のように滑らかで、傷の痕跡は微塵もない。
魔力回路の流れさえ、以前より強く、澱みなく、滑らかに巡っている。
「……完治している」
カインの声には、信じられないという感情が混じっていた。
彼が何年も治癒不能として受け入れていた唯一の脆弱性が、たった一杯で消滅した。
「私の損傷は完全に修復されている。魔力流量も……以前の最高値を超えている」
そして、カインの視線がリリアーナへ戻る。
その青い瞳は、冷静な研究者のそれではない。
恐怖。
崇拝。
そして――独占欲。
それが渦を巻き、獣のような欲望を孕む。
「リリアーナ……貴女の力は、私が予想していたものを遥かに凌駕する。古代遺跡の技術など比較にならない。神の領域の力だ」
彼はリリアーナの手を強く握りしめた。
「貴女の力は私の命を救った。貴女は、私が長年抱えていた唯一の脆弱性を一瞬で消し去った」
カインはリリアーナの顔を両手で包み込み、じっと見つめる。
呼吸が荒い。理性を保つのがやっとだと、触れなくても分かる。
「……だからこそ」
声が低くなる。命令の前触れ。
「この力も完全に私の管理下に置かれる。貴女は私以外の誰にも、その能力を明かしてはならない。いかなる理由があろうとも、私以外の者のために、その生命魔力を使ってはならない」
独占欲が臨界点を超えた瞬間だった。
リリアーナは理解する。
彼が今、恐れているのは王室でも魔族でもない。
彼女の力が外へ流れ、誰かに奪われることそのものだ。
カインはリリアーナの唇へ、深く熱いキスを落とした。
それは儀礼でも、報酬でもない。
支配と渇望に満ちた、宣言。
――彼女の全てを、自分のものにするという誓い。
「貴女の次の業務は、私と共に、この館で永遠にその力を隠し続けることだ」
カインは額を寄せ、囁く。
「貴女は私の膝の上以外で疲労してはならない。そして……私以外のために、その素晴らしい力を使ってはならない」
息苦しいほどの溺愛。
だが、その論理と欲望は、リリアーナの生存と一致している。
聖女の力を持つ悪役令嬢は、
冷徹な公爵の愛と支配の下で、極秘裏に力を磨き上げていく運命となった。
彼女の家事スキルと、何気ない優しさがもたらした奇跡は――
カインの溺愛を、さらに深い闇へと沈めていった。
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