第二十四話 生命魔力の解析業務、開始します
リリアーナの『生命魔力の発現条件の解析業務』は、カインの研究室の一角で、毎日厳格なスケジュールのもと進行していた。
彼女が魔力を込めた水を与えた鉢植えの植物は、瞬く間に成長し、普通のハーブは進化していく。
リリアーナはそれを『イノセンス・リーフ』と名付けた。
魔力回復効果を持つ、極めて希少な薬草。――いや、薬草というより、もはや生命力の塊だ。
この驚くべき結果は、カインの研究者としての探究心を限界まで刺激した。
彼はリリアーナの能力を『聖女の力』という曖昧な伝承ではなく、『純粋な生命魔力』として、科学的に定義し、分解し、再現しようとしていた。
「リリアーナ。この『イノセンス・リーフ』の成長速度は、理論値の約三千パーセントを上回っている」
カインは魔導端末を操作し、複雑なスペクトルグラフを彼女に見せる。
波形は美しかった。繊細で、規則正しく、そして不気味なほど澄んでいる。
「活性化のトリガーは、貴女の魔力に含まれる特殊波動であると特定した。この周波数は既存の回復魔法とは完全に異なる。……既存の体系に分類できない」
「……そんな」
リリアーナは、背筋が寒くなる興奮を覚えた。
自分の何気ない世話焼きが、世界の根源的な法則を書き換える力だったなど――信じ難い。
「このデータに基づき、貴女の魔力制御を更に精密化する必要がある」
カインは端末を閉じ、言葉の温度だけを下げた。
「特に、貴女が感情的に高揚した際、生命魔力が過剰に放出される傾向がある。これは戦略の機密性を脅かす」
そして、彼は躊躇なくリリアーナの頭に手を置く。
冷たく、正確な闇属性の魔力が、彼女の魔力回路へと細い針のように流れ込む。
――調整。
それは、膝枕ケアと同じだ。
彼にとって最も親密で、しかし完全に論理武装された管理業務。
「……ありがとうございます、カイン様。貴方様の闇属性回復魔法は、私の生命魔力を安定させるのに最も適しているようです」
言葉にすると、カインの指先が一瞬だけ緩んだ。
その微細な変化は、リリアーナの方が敏感に察知してしまう。
彼は承認と感謝で満たされる。
愛情を、効率と管理でしか表現できない男は、相手の反応を報酬として受け取るしかないのだ。
――その時。
カインの手が、わずかに揺らめいた。
ほんの一瞬。
冷徹な顔に、痛みの色が走った。
すぐに鉄の意志で押し隠されるが――リリアーナは見逃さない。
「カイン様、どうかされましたか?」
「何でもない。些細なことだ。貴女は研究に戻れ」
彼は離れようとした。
だがリリアーナは、反射的に彼の腕を掴んだ。
ローブの袖がわずかに捲れ上がる。
そこに見えたのは――左肩から二の腕にかけて走る、古く深い傷跡だった。
黒い。
皮膚が永遠に凍り付いたように硬直し、周囲の魔力回路の流れさえ歪めている。
これは単なる戦闘傷ではない。闇属性の反動、あるいは魔族由来の損傷。
現代の回復魔法では根を癒やせない傷だ。
「……これは、いつの傷ですか」
息を飲んだ瞬間、カインは袖で隠そうとした。
「過去の戦闘の痕だ。気にする必要はない。この程度の負傷は魔法師団総隊長として当然の代償だ。治癒不能とされている」
治癒不能。
その言葉に、リリアーナの胸の奥がきしんだ。
(……自分の痛みは当然で片付けるのね)
それは社畜時代、限界まで働いて壊れていることを見ないふりしていた自分と同じだ。
そして彼は、そんな身体で毎日――彼女の体調管理と研究の効率化のために完璧に機能し続けている。
リリアーナは静かに、しかしはっきり言い切った。
「治癒不能、ですか?……いいえ、そんなことはありません」
彼女はカインの手を掴み、ソファへ座らせた。
カインは抵抗しかけ、しかしリリアーナの真剣な眼差しに動きを止める。
彼は論理が来ると理解したのだ。
「カイン様。この傷は貴方様の魔力回路の流れを阻害しています。長期疲労の原因となり、研究効率を著しく低下させる。……許容できないリスクです」
感情ではなく、彼の言語で突く。
カインの喉が、僅かに詰まる。
「貴女に何ができる?この傷は王宮専属の魔導医全てが諦めた。貴女の生命魔力でも、皮膚再生だけでは内部損傷は修復できない」
「試す価値があると考えます」
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