第二十一話 遺跡解析は順調、独占欲は加速中
リリアーナとカインによる古代遺跡解析は、驚くほど順調だった。
前世のゲーム知識という地図を持つリリアーナと、膨大な魔導技術と解析能力という掘削機を持つカイン。
二つが噛み合えば、解けない結界など存在しない。
多重結界の解読は日々進み、日中は研究室、夜は食事の時間に議論を続け、二人の知識は綺麗に統合されていく。
その知的活動は、王妃教育や社畜の仕事以上に――リリアーナの脳を満たした。
(これが、仕事が楽しいって状態か)
彼女は、古代文字の配列に目を凝らしていた。
結界の最重要部――賢者の鍵を起動させる最後のトリガー。
その核心に、今まさに指先が触れかけている。
集中力は最高潮。
時間も、寒さも、身体の重さも。
すべてを遮断して、彼女の世界には文字列しかない。
「……貴女の魔力が危険域に達している」
背後から冷たい声が落ちた。
リリアーナの肩が僅かに跳ねる。
振り返ると、カインが険しい顔で立っていた。
片手には自身の端末。そこに表示されているのは、リリアーナの魔導ローブが送信する生体データ。
脳波、魔力流量、体温、脈拍。
カインは数値で彼女を見ている。だがその目は、数値以上に鋭い。
「カイン様、まだ大丈夫です。この配列は、あと一時間で解読できます。今止めれば、明日の効率が落ちます」
リリアーナは理屈で抵抗した。
だがカインは、一切の議論を許さない拒絶を示す。
「非効率だ。現在の魔力消費と脳波の乱れは、一時間後に深刻な疲労を引き起こす。貴女の身体が持つ持続可能性を損なう行為は、私の管理下では許されない」
彼はリリアーナの魔導端末をそっと取り上げ、強制的に電源を落とした。
その所作は丁寧で、だからこそ容赦がない。
そして彼は、リリアーナの手を掴んだ。
冷たい。だが、興奮で熱を持った彼女の手のひらに、その冷たさが妙に心地よい。
「リリアーナ。今すぐ休息の業務を開始する。魔力回復と脳波の安定化が最優先だ」
「……まだ日中です。横になるほど疲れてはいません」
「横になるのではない」
カインは言い切り、研究室の奥へ彼女を導いた。
そこには彼専用の簡素な応接ソファがある。
研究室は館でも最も厳重に管理された空間で、外部侵入も魔力干渉も遮断されている。
当然、ここに入れるのは彼と彼女だけ。
二人の間で最も私的な場所だ。
カインはソファに腰を下ろすと、自分の膝を、ぽん、と叩いた。
それは彼にしては珍しく、どこか唐突で、感情的にさえ見える仕草だった。
「ここに来い。貴女の魔力回復を最も効率的に行う処置を施す」
――膝枕。
リリアーナは一瞬、思考が止まった。
この冷徹な公爵が、自分からこの距離を要求する?
それは彼女の認識するビジネス契約の枠を、明らかに超えている。
「カイン様……その、膝枕とは……」
「論理的根拠がある」
カインは顔色一つ変えずに答える。
「貴女の魔力回復速度は、肉体的リラックス度合いに依存する。最も安全で、外部刺激から遮断された状態が必要だ」
盾はいつも論理。
だが、その裏にあるのが個人的な欲望――
愛する者を自分の最も近い場所に置きたい、という独占欲であることを、リリアーナは理解してしまっていた。
彼女は深呼吸し、この状況を業務として処理することにした。
彼の不器用な要求を満たす。
それも契約履行の一部。
「承知いたしました、カイン様。それが貴方様の提案される最高効率の休息法であるならば」
リリアーナはゆっくりと彼の膝に頭を乗せた。
硬い。冷たい。
厚手のローブ越しでも伝わる、揺るぎない体幹の安定感。
冷たいはずなのに、その冷たさが逆に彼女の熱を鎮めていく。
カインの指が、彼女の髪にそっと差し入れられた。
二度、三度。
撫でる指先は氷ではない。
春の雪解け水のように清涼で、優しい魔力が流れ込んでくる。
「闇属性回復魔法。乱れた脳波を安定させ、魔力回路の過熱を冷ます」
魔力が膜を作り、彼女の頭部を包む。
そこから、身体の芯へ静かに浸透していく。
疲労で重くなっていた身体が、内側からほどけていく感覚。
どの回復ポーションよりも優しく、どの治癒魔法よりも効く。
リリアーナは力を抜き、目を閉じた。
(……安全)
そんな感覚、いつ以来だろう。
社畜時代、肩の力を抜くことは敗北と同義だった。
王妃教育では、無防備は罪だった。
だが今、彼の膝の上は。
彼の魔力の中は。
ただ、何も考えなくていい場所だった。
「カイン様……これは、素晴らしいですわ」
心から漏れた声。
カインは返事をしない。
ただ、髪を撫でる動きが僅かにゆっくりになり、優しさが濃くなる。
リリアーナの意識は、深い休息へ落ちていった。
眠りに落ちたことを確認すると、カインは静かに手を止めた。
彼は動かず、自分の膝で眠るリリアーナを見つめる。
その時間は長く、重く、静かだった。
青い瞳から、普段の冷徹さが剥がれていく。
残るのは、揺るがない熱。
眠る彼女の顔は無防備で、研究中の凛とした表情とはまるで違う。
幼い頃の面影を濃く残し、柔らかい。
――美しい。
――私のものだ。
彼はリリアーナの頬にそっと触れる。
温かい。健康的だ。
最近、彼女は少しずつ豊かになり始めている。
体脂肪率の向上を示すデータは、彼にとって最高の成果だった。
それは管理が正しいという証明であり、同時に――
愛が届いているという証明でもあった。
彼は、リリアーナの唇を見つめた。
無防備な唇。安らかな呼吸。
口づけしたい。論理では説明できない、純粋な衝動。
「……貴女は、私にとって最高の宝だ」
誰にも聞こえない囁き。
そして彼は、さらに一歩踏み込んだ。
リリアーナの頭を抱え込むように、自分の胸へ引き寄せる。
外部刺激を遮断する、休息補助――という理屈の形を取りながら。
それは、囲い込む抱擁だった。
やがてリリアーナが目を覚ました時、自分がカインの胸元に抱かれていることに気づいた。
頬が熱くなる。
冷たいはずの体温が、なぜか優しく彼女を包んでいる。
「カイン様……」
「目が覚めたか。魔力は正常に安定している。貴女の回復効率は、この体勢が最も高い」
即座に業務報告。
すぐに仮面を戻す。
だが声にだけ、僅かな安堵が混じっていた。
リリアーナはそれを見逃さず、柔らかく微笑む。
これは契約条件である喜びの報酬。
「ありがとうございます、カイン様。身体が驚くほど軽くなりました」
微笑まれた瞬間、カインの表情がほんの僅かに緩む。
氷の彫刻に、細い亀裂が入る。
カインは彼女をゆっくり立たせ、両手で顔を挟んだ。
瞳は真剣で、厳格で――しかし深い。
「リリアーナ。この休息法は、今後貴女の業務に組み込まれる。毎日の研究終了後、及び高負荷議論の後、必ずこのケアを受けること」
そして。
彼はリリアーナの額に、静かで長いキスを落とした。
「このケアは、私だけが行う。他の誰にも、貴女の身体にこのような魔力接触を許さない。これは、契約の最重要追加条項だ」
独占欲が、愛情として完全に具現化している。
鎖。囲い込み。支配。
だがそれは同時に、彼女を守る最強の防御壁でもあった。
リリアーナは静かに頷き、プロの声で答える。
「承知いたしました、カイン様。わたくしは貴方様以外のケアは、一切受けません」
その瞬間、カインの瞳が僅かに満たされる。
報酬を受け取った顔だった。
研究と、休息と、独占。
この辺境での共同生活は、知的な成果と、過剰で不器用な溺愛によって、ますます濃く満たされていく。
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