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【完結】悪役令嬢の追放からの逆転スローライフ〜辺境公爵の『溺愛業務』を請け負います〜  作者: 木風


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第十四話 私室という名の、完璧な囲い込み

カインと共に『霜降りの館』の重厚な回廊を進みながら、リリアーナは先ほど玄関ホールで交わされた、公衆の面前での愛の物語を反芻していた。


自分の感情を利用されたことに、カインは確かに一瞬だけ苛立った。

――けれど、あの苛立ちは怒りではなく、制御の乱れに近い。

そして彼は、乱れを最も嫌う。


リリアーナが作った設定が、彼の地位を不安定にするどころか、むしろ外堀を埋める盾になる。

それを理解した瞬間、彼はもう、感情を片付けたのだろう。

隣を歩く彼の足取りは、再び氷のように規則正しい。


「貴女の私室は、この館の最上階だ。私の研究室と、古代文献を保管する書庫に最も近い。共同研究の効率を最優先した結果だ」

「ありがとうございます、カイン様」


リリアーナは頷きながら、即座に業務へ寄せる。


「わたくしが持参した資料は、そちらの書庫に預けさせていただきます」

「ああ。貴女の資料と、私が王都から取り寄せたアルテミス家の秘蔵文献を集約する。我々は今日から、この世界で最も機密性の高い研究を――公爵夫妻という名の下で進める」


徹底して論理的。徹底してビジネスライク。

その会話が、館の冷気と相性よく噛み合っていた。

――角を曲がり、目的の扉へ辿り着くまでは。


カインが示した扉は、館の他の扉と明確に違った。

精巧な銀細工が施された両開きの巨大な扉。

扉全体が淡い青い魔力光を帯び、触れなくとも特別だと分かる。


「この部屋は、本来アルテミス家の歴代公爵夫人が使用するはずだった。だが、私の代で初めて使用される」


カインはリリアーナの背に手を添えたまま、扉へ魔力を通した。

重々しい軋みと共に扉が開く。


――その瞬間、リリアーナは息を呑んだ。


広い。途方もなく広い。

天井は高く、中央には巨大な暖炉。炎が、室内に柔らかな光を広げている。

だが驚きは、広さでも暖かさでもなかった。


「……カイン様、これは……」


部屋全体が、紫と銀、そして深い紺で統一されていた。

――まるで、リリアーナの瞳の色のために調色したかのように。

壁には極寒の地にしか生息しない魔獣の柔らかな毛皮が贅沢に敷かれ、その上に王都では入手困難な最高級の絹。

家具は全て、細部まで完璧に整い、魔導技術が組み込まれている。


そして、部屋の中心には、巨大な天蓋付きのベッド。

天蓋のカーテンには星屑のように魔力石が織り込まれ、微かな光を瞬かせていた。


――そのベッドサイドのテーブルに置かれているものを見て、リリアーナの脳が一瞬止まる。


小型の電子辞書のような形状をした、最新式の魔導情報端末。

王都貴族の見せる装飾ではない。

実用に振り切った高機能の仕事道具だ。


カインが、耳元に囁く。

声が低い。静かで、妙に熱を帯びている。


「貴女がここで、快適に、最大限の効率で研究に専念できるよう整えた。貴女の好む色、素材。貴女が必要とする道具。……不備はないはずだ」


リリアーナは言葉を失った。

これは、単に豪華なのではない。

リリアーナ・ヴァイスハイトの嗜好と習慣と仕事の癖まで把握し、徹底的にカスタマイズされた空間。


公爵令嬢としての彼女の好み。

研究者としての彼女が求める機能性。

そして――私的な逃げ場が必要だという人間としての条件。

それらを、カインの冷徹な分析と、アルテミス家の財力で具現化した部屋。


「なぜ、そこまで……」


純粋な疑問だった。

カインは彼女を部屋の中央へ導き、振り返って両肩に手を置く。

青い瞳が、紫の瞳をまっすぐ射抜く。


「なぜ?貴女は私の妻となる。そして我々の戦略の鍵だ。パートナーが最高の環境で能力を発揮できるよう保証するのは、合理的な義務だ」


ここまでは論理。

ところが、彼は次の瞬間、耳元へ顔を寄せた。


「そして――貴女が、この環境を心から喜ぶことが、私の個人的な利益となる」


胸の奥が、冷たく撫でられるような感覚。

独占欲。満たされない時間の長さ。

それを利益という言葉で隠す危険な手つき。


(つまり、この公爵様は、感謝や喜びという感情を報酬として欲しがっている。それを、環境提供という正攻法で、回避不可能に引き出そうとしているのね)


合理的で、回避不可能。

社畜として最も嫌なタイプの要求だ。

――でも、効率の面だけ見れば最高だ。

悔しいくらいに。


リリアーナは、公爵令嬢として鍛えた微笑を整えた。


「カイン様。この部屋は完璧です。わたくしが求める全てが、ここにあります。貴方様の配慮に、心より感謝いたします」


嘘ではない。

合理性はこの環境を最高と評価している。

だから感謝も自然に出る。


カインの表情が、微かに緩んだ。

氷像が一瞬だけ陽光に触れたような変化。


「そうか。ならば良い」


彼は肩から手を離し、代わりにリリアーナの頬へ触れた。

冷たい手のひらが、触れた瞬間だけ体温に近づく――吸い寄せられるように。


「貴女はこの館の主人だ。特権は遠慮なく行使しろ。必要なもの、欲しいものは全て私に要求しろ。貴女の安全と快適さが、私の最優先事項だ」

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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