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悪役令嬢の追放からの逆転スローライフ〜辺境公爵の『溺愛業務』を請け負います〜  作者: 木風


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第十一話 契約結婚の条件を、先に詰めましょう

衝撃が、遅れてやってきた。

馬車の振動より大きい。

それでも、声は出さない。


(結婚……契約結婚……?待って、これ、カインルート中盤のイベントだ。ここで来る!?)


前世の記憶が警報を鳴らす。

契約結婚は、彼がリリアーナを徹底的に囲い込み、王室や他勢力から守るための最終防衛手段。

――つまり、ここから先、彼は引かない。


リリアーナは呼吸を整えた。

社畜OLの経験が、極限の場面で動揺を押し殺す術を教えている。


「カイン様。唐突な申し出です。しかも、わたくしはつい先日婚約破棄され、辺境へ追放される身。貴方様はアルテミス公爵家の次期当主。貴族社会のしがらみを考慮すれば、ありえない」

「しがらみなど、私にとっては取るに足らない瑣事だ」


冷えた即答。

彼の価値基準は変わらない。


「貴女の懸念は理解できる。だがこの結婚は、貴女の戦略、そして私自身の長年の研究にとって、最も合理的な選択だ」


そして、彼はメリットを提示し始めた。

それは説得というより、採算の報告だった。


リリアーナは無意識に、頭の中で損益計算表を開いていた。

王室の監視コスト、身辺警護の人的コスト、開拓に必要な輸送と物資のコスト。

公爵家の看板を背負ったままでは、監視コストが雪だるま式に増える。

一方、アルテミス家の傘の下に入れば、そのコストは『相手が手を出しにくい』という一点で大きく下がる。

しかも彼は魔法師団総隊長だ。防衛と情報の両方を握っている。


(なるほど。結婚は感情の問題じゃない。組織変更だ)


彼女はあえて頷かない。頷けば、交渉の主導権が完全に相手へ移る。

代わりに、まばたき一つだけで続きを促した。


「第一に、防御力。ヴァイスハイト家からアルテミス家へ籍を移せば、貴女の行動はアルテミス公爵家の庇護下に入る。ヘンリー王子は、ヴァイスハイト公爵を怒らせることはできても、魔法師団と影の公爵家を敵に回すことはできない。彼は臆病だ。アルテミス家は、貴女の盾となる」


「第二に、情報共有の効率化。貴女の遺跡探求は、私の研究目標と一致している。結婚は、公的な形で協力関係を深める。我々は互いの知識と資源を、隠蔽や制約なしに共有できる」


「第三に、アウロラ領の利用。貴女は所有権を確保したが、開拓と運営には資金と特殊技術が必要だ。アルテミス家は、辺境管理、魔物対策、秘密裏の遺跡発掘に必要なリソースを提供する。貴女は探求に専念できる」


ここまでは、完全にビジネスの提案書。

リリアーナの中の合理性が頷いてしまう。


「第四に、私の私的な理由だ」


『私的』という単語だけが、温度を持った。

だが声色は、相変わらず冷たい。


「私は公的な地位の確立を避けて通れない。貴女は元王妃候補としての教養と家柄を持つ。貴女のような、論理的で感情に流されない妻は、私にとって理想的なパートナーだ」

「つまり……利害が一致した、『契約結婚』ということですね」

「その通りだ。感情的な愛や恋愛的要素は、一切含まない。我々は互いの戦略を成功させるための共同経営者となる」


断言。

そして、再び沈黙。


リリアーナは、わざと視線を羊皮紙に落とした。

表向きは冷静を装いながら、内側では次々にチェック項目が走る。


――王室への説明は?婚約破棄直後の私が再婚する理由。

――ヴァイスハイト家との関係は?父上の政治的立ち位置。

――アウロラ領の私有地の権利は維持されるのか?籍を移しても手放さない条件が要る。


契約結婚なら、条件の明文化が全てだ。

曖昧な約束は、後から必ず致命傷になる。


「条件を詰めましょう、カイン様」


声は落ち着いていた。


「婚姻の名目、婚約発表の時期、アウロラ領の扱い、研究成果の帰属、そして――離縁条項。いざという時、互いに損失なく解消できる設計を」


カインは、ほんのわずかに口角を上げた。

それが笑みなのか、評価なのか。


「合理的だ。貴女は感情で縛られないと言った。ならば、条項で縛ればいい」


その言葉に、リリアーナは一瞬だけ妙な安心を覚えた。

感情を要求されない。

代わりに、責任と権限が与えられる。


(私はずっと、責任だけ押し付けられてきた。今回は違う。権限もセットで取る)


リリアーナの胸だけが、妙に騒がしい。

殺されるかもしれない恐怖は消えていた。

代わりに残ったのは、目の前の選択肢の圧倒的な魅力。


(彼と組めば、成功率は跳ね上がる)


カイン・アルヴァロ・アルテミス。

彼の力、知識、そしてアルテミス家の権力は、彼女の命と自由を保障する。

そして何より――彼が提示しているのは、恋ではなく契約。

感情を排したドライな関係。社畜として最も安心できる形。


リリアーナは、微笑んだ。

久しぶりに、心から『納得』した時の笑みだった。


「カイン様。貴方様の提案は極めて論理的で、わたくしの生存戦略にとって最善です。わたくし、リリアーナ・ヴァイスハイトは、貴方様との『契約結婚』を受け入れます」

「賢明な判断だ」


カインが小さく頷く。

そこで終わり、のはずだった。

彼が次の言葉を口にした瞬間、リリアーナの冷静な仮面がわずかに軋んだ。


「だが、リリアーナ。契約結婚とはいえ、我々は公爵夫妻となる。表面上は、愛情に基づく婚姻でなければならない」


――表面上、愛情。

カインは自らの手をゆっくり差し出し、リリアーナの手を包み込むように取った。

指先の冷たさが、皮膚越しに染みる。

そのまま、氷のように冷たい口づけが落ちる。


「そして、貴女が承諾した時点で、貴女の戦略は貴女一人のものではない。私のものだ。私は、パートナーを誰にも奪わせない。王室であれ魔物であれ、貴女の自由を脅かす全ての者から貴女を守る義務を負う。それが、アルテミス家の、そして私との『契約』だ」


青い瞳の奥に、氷の下で燃えるものが見えた。

その口づけは、儀礼のはずだった。

なのに、冷たさの奥に、逃がさないという意思だけが残る。


リリアーナは手を引こうとしなかった。

引けば負ける、という打算ではない。

今の自分に必要なのは、この男の提示した『盾』だ。

けれど同時に、盾は檻にもなり得る。


(守る、と言う人間ほど、所有したがる。……理解してる。私も会社で見た)


だからこそ、逃げ道を用意する。

逃げ道があるから、前に進める。


「承知しました。表面上の愛情は演じましょう。ですが――わたくしの研究と自由は契約の主目的です。そこを侵すなら、夫婦であろうと共同経営は破綻します」


リリアーナは、わずかに顎を上げた。

カインの瞳が、氷点下で光った。

怒りではない。むしろ、面白がっている。


「良い。貴女は反論できる。従順な人形はいらない」


その一言で、リリアーナは確信する。

この男は、従属ではなく対等を求めている。

ただし、対等の意味が同じ檻に入れるである可能性を、彼女はまだ測りきれなかった。


炎だ。執着だ。――そして、所有の宣言。


その瞬間、リリアーナは理解する。


これは単なるドライなビジネス契約ではない。

彼なりの究極の囲い込みであり、守り抜くための誓約。

つまり、ここからが『溺愛ファンタジー』の開幕だ。


(冷徹なビジネスパートナー?……いいえ。彼は、私を支配し、守り抜くことを契約に組み込んだ、氷の公爵様だ)


心の中で叫びながら、同時に計算も走る。

この強力で予測不能な『溺愛』という契約条項に、社畜的合理性はどう対処すべきか。


馬車の外では、凍てつく枝が風に擦れ、かすかな悲鳴のような音を立てている。

それでもこの箱の中は温かい。

温かさが、逆に現実味を増幅させた。

――戻れない。戻る必要もない。


魔導馬車は雪煙を上げ、二人の新しい目的地であるアウロラ領へと、さらに速度を上げていった。

森の闇は深く、けれどリリアーナの胸の奥には、恐怖とは別の熱が灯っていた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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