【超短編小説】スタチュー
並んで歩く私たちのすぐそばを走り抜けていった車は、徘徊していた老人を減速せずに跳ね飛ばした。
ジャイロ回転した老人は胸や頭などを激しく打っていたが、車を停めた運転手は窓から顔を出して老人の呼吸を認めると、バックして轢き、再び全身して轢いた。
「酷いと思うかい?」
一部始終を見ていた彼は真顔で尋ねたが、私は首を横に振った。
「施設に預けて固定資産にもならない徘徊老人だものね」
中途半端に轢いて片輪になるより殺した方が良い、彼はそう言って道に落ちている塗料の破片をいくつか拾うと、携帯灰皿に押し込んだ。
「それは警察に預けるの?」
そう訊くと、彼はそれに答えずに
「ピーポくんは全裸なんじゃなくて全身タイツにホルスターを装備しているんだよ」
すっかり緑色になった街路樹の桜を見ながら彼はそう言った。
彼の手の中にあるコンビニで買ったコーヒーカップは既に空になっており、捨てるところの無い街を歩きながら弄びながら「そう、だからムーミンとは違うんだよ」と結んだ。
春の陽射しが私たちを包む。
街を行く家族たちはみな幸せそうです。
それは私が彼と歩いているからかも知れないし、幸せそうでない人々は外に出てこないからかも知れない。
散ってしまった花びらは踏みつけられて茶色に変わってしまった。
今ごろは満開になってるだろう排水溝の中まで想像する事なんて出来ない。それと同じように、見えないものはある。
またひとつ花びらが私たちを横切る。
少女を背負った父親とすれ違った時に彼は
「あぁして娘を背負えた日を父親は誇りに思うのだろうし、娘がそれを誇りに思うのは遥か先なのかも知れないけれど、桜の季節と言うタイムカプセルがあれば人間は生きていけるのだろうね」
と言った。
まるで既に記憶が剥がれ落ちていくみたいにして言う彼は、もしかしたらもう死んでいるのかも知れない。
そうであれば、約束を果たさなきゃならない。
ひとの願いと言うのは勝手なもので、お寺の香炉で焚かれている煙を浴びたり仏像を撫でたりして自分の病気や悪いところが治って欲しいと願っている。
もちろん即効性だとかは言うまでもなく無い。
願いは叶わない。
祈りは届かない。
それでも彼の願いだけは叶えてあげたかったから、わたしは彼を裏返してから石膏で塗り固めて飾った。
公園の片隅で全身に桜の花びらを着ながら裏返った彼が笑っている。
そして色んな人たちが、裏返って石膏に固められた彼の肺だとか胃だとかを撫でていく。
外に出る幸せそうな人々は、何を願うのだろうか。
やがて桜の季節が終わって、雨の季節と言うカプセルに閉じ込められたままの彼は、あの石膏の中で何を考えているのだろうか。
それはもう分からないけれど、幸福と言う瞬間だけはずっとそこに収められていて、誰がどれだけ撫でても擦り減ったりしない。
わたしはそれが嬉しくなり、短い煙草に火をつけてひと口吸ってから石膏の前に置いた。




