第46話「揺れ始める陰謀の影」
死神は、リッタの放った風圧の威力に抗うことも、形成された風圧の壁を突破することも叶わず、大木を何本もへし折りながら後方へと押し流されていく。そしてそのまま、ルミナス高原の方向へと吹き飛ばされていった。
アリシアはその行方を一瞬だけ見届けると、抱えていたセリアをそっと地へ下ろす。次いでその手を取り、拳で穿つ空圧を放ち終え、落下してくるリッタへと向かって飛翔した。
そして、セリアと繋いでいる手とは逆の手で、上からリッタをしっかりと掴み取る。
「さすがねリッタ!完璧よ」
その言葉に、リッタは笑みを浮かべ、アリシアの手をぎゅっと握り返していた。
アリシアは下から支えるように掴むリッタと目線を合わせるため、わずかに飛行高度を落とす。そして、
「それじゃあいくわよ!二人とも」
そう告げた瞬間、三人の足元に白く、そして大きく輝く魔法陣が展開される。同時に、三人の姿はぱっと掻き消え、次の瞬間には空間を跳躍していた。
セリアは、転移した先に広がる光景を目にしてすぐに理解する。心地よく吹き抜ける風、柔らかくなびく草原、そしてどこまでも青く澄み渡る空。そのすべてが、まるで理想郷を思わせる大地――ここが、ルミナス高原なのだと。
三人が広がる高原の景色に一瞬心を奪われていた、その時だった。
背後、上空から迫る異様な気配を察知し、アリシアは思わず、はっと息を呑んで空を見上げる。
そこには――リッタによって吹き飛ばされたはずの死神の姿があった。
死神は三人の頭上を通過すると、ようやく弱まりつつある風圧を必死に切り抜け、そのまま制御を失ったように落下してくる。そして、アリシアたちの前方へと叩きつけられるように着地した。
土煙が舞い上がる中、死神はゆっくりと身体を起こす。
「ぁ゛……ぁあ?」
不気味な呻き声を漏らしながら、周囲へと視線を巡らせ、状況を確かめる。そして次の瞬間、挑発するように口角を吊り上げた。
「僕をあの森から連れ出せば倒せると......?」
その言葉に、アリシアは一歩も引かず、真っ直ぐに見据えたまま答える。
「ええ。あなたとの戦いにもここで決着をつけるわ」
すると死神は、瞬時に歪めた口元を元に戻し、表情を引き締める。
「決着?」
そう前置きすると、低く吐き捨てるように続けた。
「そのまま返すよ、何度も何度も......いい加減飽きてきた」
言葉と同時に、死神は大鎌を低く構え、その身に纏う闇の魔力を一気に膨れ上がらせる。周囲の空気が軋み、黒い圧が地を這うように広がっていった。
それに応じるように、三人もまた各々の戦闘態勢を取る。
「私はもう少し体力を消耗させた後、隙を見て大魔法の準備をするから、二人はサポートをお願い」
アリシアは振り返ることなく、背後の二人へそう告げる。
「ええ!」
「うん」
短く、しかし迷いのない返答が重なり、三人の意志は完全に揃った。
そしてついに、ルミナス高原――この果てしなく広がる大地を舞台に、目まぐるしく戦局が切り替わり、長く続いた死神との戦いも、最終局面を迎えようとしていた。
戦いの序盤では、確かに圧倒的な実力差が存在していた。だがセリアとリッタは、それぞれの限界を引き上げ、思考を巡らせ、互いを支え合いながら、辛うじて死神に食らいつき続けてきた。そしてアリシアもまた、一度は敗れたとすら思われた状況から舞い戻り、今や拮抗、あるいはそれを上回る実力差を示してみせている。
対する死神は、《彼岸の臨界》を発動し、時間の経過とともに闇に侵食され、その力を増し続けていた。さらに、三人から浴びせられる攻撃すらも糧とするかのように、闇の魔力は膨張している。しかし同時に、その肉体には確実に限界が迫りつつあった。
だが、それは三人も同じだった。
誰一人として余力は残っていない。死神と同様、満身創痍の状態で、この局面を迎えている。
一瞬――高原を渡る風が、戦場を静かに撫でた。
次の瞬間、死神が地を蹴る。
黒い残像を引きながら、一直線に三人へと迫るその動きに、アリシアも即座に反応し、迎え撃つように前へと踏み出した。
幾度となく交錯してきた大鎌と氷華が、再び激突する。
キン――!
鋭く、そして重い金属音が高原に響き渡り、互いの力が正面からぶつかり合う。
アリシアが重い表情でその一撃を受け止める中、死神は低く、息を漏らすように言った。
「ここまで粘ってきた相手は初めてだよ。壊れにくくて面白かったよ」
そして、ほんの一瞬だけ間を置き、口角を吊り上げる。
「最後は残酷に壊してあげるよ」
その言葉を合図に、二人の激しい戦闘が再開された。
セリアとリッタが見守る中、空中の至る所で黒いマナがちらつき、次々と刃が交わる。
「キンッ、キンッ!」
「ガキィン!!」
鋭く、そして重い衝突音が、ルミナス高原一帯に鳴り響いていた。
――同刻。
遠く離れた、ある廃村の教会。
人の気配を失った広間は静まり返り、その空気が、微かに軋んだ。
「再び……始まったな」
ローブを纏い、フードに顔を隠した男が、ゆっくりと視線を上げる。
燭台に灯る青い炎が、まるで怯えるかのように揺れていた。
「あいつの魔力、増したり収まったり。なぁ、もう何度目だ?」
「あやつめ......よもや苦戦しているのではあるまいな......?」
「それはないんじゃなぁい?あの子結構強いよ」
重なる声。だが、誰一人として名を口にする者はいない。
広間の最奥。
玉座に座す影だけが、動くことなく鎮座していた。
やがて、ある者が低く告げる。
「白銀だ」
「なっ!?それは誠か?」
「よく感知してみろ。奴は彼岸の臨界を使っている。それ程の相手、白銀以外有り得ん」
「ふーん......?ついに現れちゃったかぁ」
「ふむ、確かにあやつの魔力が徐々に上がって、生命反応は薄まってきている。間違いないな、彼岸の臨界だ」
「私あれだけはやりたくないなあー。顔ブサイクになるんだもん」
軽口めいた声が落ちるが、空気は緩まない。
「それはそうと、白銀が現れたなら、我らの計画も始動せねばな......。80年、えらく待たされたものだ」
その言葉の余韻が消えると同時に、広間は一瞬、完全な沈黙に包まれた。
やがて、その沈黙を破るように、誰かが口を開く。
「黒夜叉の奴は助けに行かねえのか?」
「放っておけ、奴は試作品だ」
「私が助けに行っちゃおっか?」
「やめろアグネス。お前じゃ白銀には勝てない、殺されるぞ」
「……ぁ゛?
今、なんつった?
――もう一回、言ってみろ。
…………
お前から、殺すぞ」
低く、殺気を孕んだ声が広間を撫でる。
「それに、私の名前はルナな?次アグネスの方で呼んだらそれでも殺すからな」
「……ったく、よー。相変わらずまとまりがねぇな、うちは。ルナも、すぐ突っかかるなよ」
「……あ?
お前も、私を否定すんのか?」
「そういうことじゃねえよ」
なおも言葉を続けようとした、その瞬間だった。
玉座に座る者が、ただ一言だけを落とす。
「戯れもその辺にしておけ。我らの使命を果たすぞ」
その声と同時に、場の空気が一変する。
氷水を浴びせられたかのように冷え切り、不満を滲ませる気配を残しながらも、誰一人として言葉を発する者はいなくなった。
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また、昨日は更新を一日お休みしてしまい、申し訳ありませんでした。今回から物語に関わる要素、陰謀の気配を入れるため、構成を考える時間を取らせてもらいました。
その分、これからの展開は面白いと思っていただける方向に動かしていく予定です。
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