第37話「死神の覚悟」
死神は斬り裂かれた腹部から血を噴き上げ、喉の奥から血反吐を吐き出すと、そのまま力なく地へと落下していった。
――ドサッ。
鈍く湿った音とともに大地が震え、土煙が舞い上がる。死神は仰向けに倒れたまま、ぴくりとも動かない。
アリシアはその様子を確かめるように、同じく地へと降下した。風を裂く勢いを殺し、ふわりと地面へと着地する。
その瞬間だった。
倒れ伏した死神が、身動き一つないまま、静かに口を開いた。
「あーあ......ここまで攻撃を食らうとは......」
「遊びすぎた......か」
淡々とした声。まるで致命傷など負っていないかのような、その異様な落ち着き。
アリシアは一瞬、眉をひそめる。
――違う。
死神の身体から、微かだが確実に、底知れぬ殺気が滲み出ている。それは地を這い、空気を軋ませるような、嫌な予感を孕んだ気配だった。
反射的に、アリシアはセリアとリッタの元へと跳び退く。
その背後で、死神がゆっくりと身体を起こし、立ち上がる。
そして、静かに告げた。
「終わらせよう、僕もお前らも」
空気が、凍りつく。
「アリシア!」
リッタの叫びは、切迫した危機感を伴っていた。死神の様子が、明らかに変わり始めている。
だがアリシアは、ただ一度だけ振り向き、
「うん」
と、短く頷いた。
死神は腰をわずかに前へと折り、まるで祈るかのように身を沈める。
一瞬、深い溜め息が漏れた。
次の瞬間――。
その全身を、薄く黒い靄が覆い始める。
靄は生き物のように蠢き、肌を舐め、存在そのものを侵食していく。不気味な変化だった。
そこで、アリシアは気づく。
――これは。
「まさか――彼岸の臨界!?」
セリアの声が、驚愕に震える。
死神がこれから何を成そうとしているのか――それを、知っているかのように。
しかし、ただ一人――リッタだけが、状況を飲み込めずにいた。
ぽかんとした表情のまま、首を傾げる。
「彼岸の臨界?」
その声に気づき、アリシアはリッタの方へと振り向いた。
ほんの一拍置いてから、
「うん」
と、短く前置きする。
そして視線をわずかに伏せ、噛みしめるように言葉を紡ぎ始めた。
「彼岸の臨界は、闇魔法を使える者にとっての、諸刃の剣。命を代償にする代わりに、自身を自分でも制御できない程の暴走状態にする禁忌よ」
淡々とした口調。しかし、その内容はあまりにも重い。
「確かにその状態なら、大概の相手には勝てると思うけど......」
アリシアは一度、視線を逸らす。
遠く、黒い靄に包まれつつある死神の姿を脳裏に映しながら。
そして再びリッタへと視線を戻し、静かに続けた。
「その後は命尽きるまで、破壊衝動に苛まれ続ける、恐ろしい変貌」
それは勝利と引き換えに、人としての終わりを意味する選択。
アリシアの言葉を受け、リッタは言葉を失った。
ゆっくりと視線を巡らせ、再び禁忌へと足を踏み入れようとしている死神を見つめる。
そこに宿る感情は、恐怖でも怒りでもない。
――ほんの、わずかな憐れみだった。
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