第31話「黒き闇を払う蒼き龍」
死神は、再び不気味な笑みを浮かべた。
そして――
「いいねー、その威勢」
愉しげにそう告げると、間を置かず、不気味に言葉を継ぐ。
「守れるものなら……守ってみなよ」
――なんて殺気なの……。
アリシアは、喉の奥がひくりと引きつるのを感じながら、心の中でそう呟いた。
次の瞬間だった。
死神の姿が、空中で掻き消えたかと思うほどの速度で加速し、そのまま一直線にアリシアへと迫る。
アリシアは反射的に剣を構え、迎え撃つ。
再び、激しい金属音が夜気を切り裂いた。
キン! キン! ガギィン!
火花が散り、衝撃が腕を痺れさせる。
だが次の刹那、死神はふっと距離を取り、後方へと間合いを外した。
そして、滑るような動作で素早く大鎌を構える。
その刃に、黒いもやのようなものが、じわりと絡みついた。
不吉な気配が、空気そのものを歪ませる。
次の瞬間――
死神は、それを払うように、大鎌をアリシアへ向かって振り抜いた。
大鎌に纏われていた黒いものは、形を変え、鋭利な斬撃となって解き放たれる。
黒の斬撃が、一直線に、アリシアへと迫ってきた。
アリシアは「闇魔法!?」と驚きの声を上げながら、咄嗟に反応した。
迫り来る黒の斬撃に対し、氷華を交えて抑え込もうとする。
だが、その威力は想像を遥かに超えていた。
衝突の瞬間、圧倒的な力が全身を押し潰し、アリシアの身体は空中から地へと叩き落とされる。
着地と同時に足が地面を削り、抵抗する間もなく、そのまま後退させられた。
地を引きずる音が、森に鈍く響く。
その光景を見て、死神はニヤリと笑った。
そして、その一瞬の隙を逃さず、逃げ延びた二人の後を追うべく、迷いなく進路を変え、飛翔する。
――行かせない。
アリシアは歯を食いしばり、力を振り絞る。
何とか斬撃の威力を殺し、氷華で切り裂き、完全に打ち消した。
霧散する黒の残滓が、冷たい空気の中へ消えていく。
だが、顔を上げた瞬間、アリシアは異変に気づいた。
――いない。
つい先ほどまで、目の前に存在していた死神の姿が、消えていた。
理解するよりも早く、答えはひとつしかなかった。
二人の後を追ったのだ。
アリシアは即座に視線を走らせる。
死神が向かった方向――二人が逃げた方向へ。
剣を構えた、その刹那。
淡い氷のような光が、剣身を包み込む。
アリシアは、空を切るかのように、迷いなく一振りした。
次の瞬間、剣を包んでいた淡い光は、形を変え、追従する砲弾のように二発、連続して解き放たれる。
一直線に、死神へと向かって。
――――
森の中。
空中を飛翔し、二人を追っていた死神は、背後から迫ってくる何かの気配を察知した。
振り向いた、その時には――
すでに遅い。
アリシアの放ったそれは、死神の真後ろまで迫っていた。
一瞬の焦りが、その動きを鈍らせる。
死神は咄嗟に大鎌を構え、守りの姿勢を取った。
直後――
構えた大鎌へと、二つの氷光が、容赦なく直撃した。
しかし、その威力はなおも衰えなかった。
死神は、背後から押し返される圧倒的な力に抗い、歯を食いしばるようにして何とか踏みとどまっていた。
だが――アリシアが放った攻撃は、一発ではない。
一瞬の遅れを伴って、二発目が到達する。
すでに死神と押し合いを演じていた一発目へ、加勢するように交わり――
二つの氷光は、互いを喰らうように融合した。
次の瞬間。
二発は一つとなり、急激に膨れ上がる。
氷の砲弾は巨大な塊へと変貌し、威力を倍加させ、そのまま死神を押し退けた。
抗う間もなく、死神の身体は後方へ弾き飛ばされる。
――ドォンッ。
森の大木へ、押し潰されるように叩きつけられ、アリシアの攻撃を正面から受けた。
衝突点を中心に、大木は大きく円状にひび割れ、深く凹んでいる。
大鎌と、それを握っていた腕は、氷結したまま完全に動きを止めていた。
冷気が白く立ち上り、死神は、すぐには身動きが取れずにいる。
その上空――
アリシアは、空中を飛行し、一直線に向かってきた。
距離が詰まる。
死神は、アリシアが目の前まで迫ったところで、閉じていた目をゆっくりと開いた。
まず視線を落とし、凍りついた自身の腕を見る。
そして、そのまま静かに顔を上げ、アリシアを見据える。
沈黙の後、死神は、落ち着いた声で語り始めた。
「認めるよ……。僕を相手にその威勢。相応の実力はあるみたいだね」
アリシアは返す言葉を探した――が、喉が音を拒んだ。
息だけが浅く入り、胸の奥で冷たいものが膨らんでいく。
目の前の存在が、先ほどまでとは別の“段階”へ踏み込もうとしているのがわかる。
死神の口元が、ゆっくりと形を変えた。
笑みと呼ぶには粘つきがあり、慈しみの欠片もない。
その瞬間、温度が落ちたように感じた。
肌が粟立ち、指先が痺れる。森の空気そのものが、殺意の重さに沈んでいく。
死神は静かに言葉を継ぐ。
「久しぶりに本気で遊べそうだ......壊れるまで遊んであげるよ」
次の瞬間だった。
死神は、凍りついた腕に力を集める。
ほんの一拍、筋が浮くほどに力ませたかと思うと――
パキィン!と響き渡る破断音。
氷がひび割れ、砕け、白い破片が弾け飛ぶ。
同時に死神は、背の大木を踏み台にして跳ねた。空を蹴るような加速で、距離を消し去ってくる。
振り上げられた大鎌が、弧を描く。
速度を落とさぬまま、刃が重力ごと叩きつけられる。
だが、アリシアも遅れない。
氷華を立て、真正面から受け止めた。
衝撃が腕から肩へ、骨へと突き抜ける。
刃と刃が噛み合い、鋭い金属音が跳ねた。
押される。――押し返す。
火花と冷気が同じ高さで散り、二人の間に白い息が絡む。
武器が拮抗したまま、距離は限界まで詰まっていた。
アリシアは、真正面で死神と視線を交わす。
大鎌の圧力は容赦がない。
全身で受け止めるアリシアに対し、死神は、余裕のまま口角をわずかに持ち上げていた。
死神は、勢いよく背後へと跳躍した。
宙を翻るその身体は、アリシアのわずか上空で静止する。
同時に大鎌を構え直すと、刃の周囲に、先ほどと同質の黒い靄が絡みついた。
濃く、重く、光を拒むような気配。
次の瞬間――
死神はそれを振るう。
一度ではない。
連続して、五度。
大鎌の軌跡に呼応するように、五条の斬撃が空を裂き、時間差もなくアリシアへと降り注ぐ。
だが、アリシアの表情は揺れなかった。
剣を腰の位置へと静かに構える。
踏み込みと同時に、視界が一瞬、白く閃いた。
氷華が走る。
刹那のうちに放たれた剣閃は、迫る斬撃を正確に捉え――断ち切った。
黒の斬撃は、ふたつに分断される。
その切断面を包んだのは、闇とは正反対の、白い光だった。
光はすぐに崩れ、黒い塵のようになって散り、森の空気に溶けて消えていく。
死神は、自身の斬撃が通じていないことを理解し、思わず目を見開いた。
――その一瞬。
アリシアは、間合いを詰める。
淡く水色に輝く氷華を携え、死神へと切り込んだ。
死神は咄嗟に防御へ移る。
だが、アリシアの剣技は速い。
一太刀では終わらない。
間断なく、無数の斬撃が連なり、休む間を与えずに襲いかかる。
押されるのは、死神のほうだった。
ここに至り、アリシアもまた、本気を解き放っている。
二人の猛撃が正面からぶつかり合い、
激しく、連続した金属音が、どこまでも深い森の中へと響き渡った。
二人の戦いは、次第に熱を帯びていく。
押し合い、離れ、再び詰める。
後退から追撃へ、追撃から迎撃へ――攻防は絶え間なく入れ替わり、空中では水色の光と黒い闇の軌跡が、交わってはほどけ、ほどけては再び衝突した。
激突のたび、光と影が線となって走り、森の上空に幾重もの残像を刻む。
その光景は、もはや剣戟ではない。
蒼き龍と、黒き闇そのものが、互いの存在を削り合っているかのようだった。
――と、その時。
死神が、唐突に攻撃の手を止めた。
宙に留まり、頭を抱えるようにして、苛立ちを隠そうともせず声を荒げる。
「さっきから思ってたんだけど......おかしいよなァ!?」
荒い息を整える間もなく、アリシアはそれを聞く。
胸が上下し、はぁ、はぁ、と小さく空気を吸い込む音だけが漏れた。
死神は続ける。
「なんで僕の斬撃は闇魔法なのに、君なんかに切れるわけ!?」
言葉が宙に残る。
そして一拍――わずかな沈黙。
死神は、探るように、怪しげな声音へと落とした。
「もしかして君って......光魔法でも使えんの?」と。
お読みいただきありがとうございます!
まだまだ激しい戦闘は続きます、アリシアにも今の本気を出してもらおうかなと考えています!
次回もお楽しみいただければ幸いです。




