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第28話「打ち解ける二人の少女」

その後、再びしばらく街道を歩くと――


「やっと着きましたわ!」


 セリアが、待ちきれない様子で声を弾ませた。


 視線の先、山あいの夜気に包まれるようにして、木造二階建ての温泉宿が姿を現す。

 灯籠の柔らかな光が軒先を照らし、障子越しに連なる明かりが、静寂の中に人の気配と湯の温もりだけを滲ませていた。


 セリアの後を、少し距離を置いて歩いていたリッタは足を止め、静かに宿を見上げる。

 一方、アリシアは思わず目を輝かせ――


「おぉ……!」


 感嘆の声を漏らし、感動したように宿を眺めた。


「ここが……温泉宿!?」


 三人は顔を見合わせると、そのまま宿の中へと足を踏み入れる。


 中へ入ると、落ち着いた佇まいの女将が静かに一礼し、言葉少なに廊下の奥へと案内した。


 通されたのは、石と木を基調とした静かな客室だった。

 低い寝台と小卓が簡素に整えられ、淡い灯りが空間を柔らかく満たしている。


 窓の外からは、湯気と夜の気配が静かに流れ込み――

 耳を澄ませば、湯の音だけが、微かに響いていた。


 部屋でひと息つく間もなく――


「さっそく温泉、行きますわよ!」


 セリアが、休憩していた二人を急かすように声を上げた。


 顔を見合わせたアリシアとリッタは、苦笑しつつも了承し、

 三人はそのまま温泉へと向かう。


 やがて、更衣室らしい部屋へと案内されると――


 リッタは迷いもなく、そそくさと衣服を脱ぎ始めた。


「リ……リッタは、もう少し羞恥心というものを……!」


 慌てて声を上げるセリアに対し、リッタはきょとんとした顔で返す。


「なんで? どうせ、みんな脱ぐじゃん」


「まぁ……それは、そうですけれど……」


 言い返しきれず、セリアは言葉を濁した。


 そのやり取りを横目に、アリシアは少し楽しげに微笑みながら、


「私、温泉って……初めてかも……!」


 そう言って、衣服を脱ぎ始める。


「普通の大浴場なら、何度か入ったことはあるけど……」


 そう続け、脱衣を済ませたところで――

 セリアとリッタが、なぜか揃ってアリシアの胸元を見つめていた。


 その視線に気づき、アリシアは少し焦ったように声をかける。


「……どうしたの? 二人とも」


「……ありえない」


 ぽつりと呟くリッタに続き、セリアも思わず口を開く。


「ほ、本当に……一歳差、ですか……?」


 そう言いながら、セリアは自分の胸元とアリシアの方を、

 何度も見比べている。


「な、なに見てるの……!」


 アリシアは一気に顔を赤くし、慌てて視線を逸らした。


「いいから! ほら……早く入ろ!」


 そう言って、そそくさと湯室へ向かいながら、

 二人を振り返って呼びかける。


 残されたセリアとリッタは、顔を見合わせ――

 小さく息をついてから、その後に続いた。


 その後、三人は――

 石造りで作られた、大きな露天温泉へと入った。


 屋根はなく、周囲は視界を遮るように組まれた竹の枠に囲まれている。

 白く濁った湯が満ち、夜気の中で静かに湯気を立てていた。


 アリシアとセリアは横並びに座って湯に浸かり、

 リッタは仰向けになって、ぷかぷかと湯の上を漂っている。


 しばらく湯に浸かっていると、

 セリアが静かに、アリシアへと問いを投げかけた。


「アリシア様……その……

 八十年前の大戦とは、どのようなものだったのでしょうか?」


 そして、すぐに言葉を重ねる。


「もちろん、無理にとは申しません……

 ……ですが……」


 そう聞かれ、アリシアは少し俯くように下を向いた。


「そうね……

 あの大戦は、本当に辛かった……」


「国々が掲げたのは……それぞれの正義だったわ。

 守るべきものと、譲れない誇りのために……ね」


「でも、戦場に立てば……

 そんなものは、すぐに意味を失った」


 剣を振るう理由は、初めこそ――

 生き残るため。

 家族が暮らす自国を守るため。

 そういう、自分なりに信じた正義のためだった。


「……けれど、気づけば」


 仲間を殺めた敵への復讐。

 自分が殺されないために、

 目の前にいる敵を、ただ倒し続けること。


「戦いは……そんなものに、変わってしまっていた」


 少し間を置いて、アリシアは静かに続ける。


「血で血を洗う戦い、という言葉があるけれど……

 あの大戦は、そんな言葉で収まってしまうような戦いじゃ、なかった」


  現実とは思えないほどの壮絶な語りに、

 セリアは言葉を失い、そっと視線を落とした。


「敵も味方も、同じような顔をしてた。

 守るための剣から、ただ復讐を成すためだけの剣に変わって」


 誰かが倒れれば、

 その誰かの怨念を背負うかのように、

 より強い憎しみを抱えた別の誰かが、

 代わりに前へと出る。


 そんなことの、繰り返しだった。


 剣などの鉄が交わる金属音が絶えず響き、

 そこら中で魔法が飛び交う、

 そんな戦場。


「そこで私は考えたの。

 今、目の前にいる大勢の兵士を倒しても、

 国が大戦を止める決断をしなければ、

 この地獄のような戦いに終わりはないって……」


「だから私は……

 ルミナリアを、ルミナリアで暮らす人々を守るために、

 敵国の兵士を動かしている上層部を、

 落とそうと考えたの」


「それしか……

 思い浮かばなかった」


 アリシアが淡々と語る歴史の事実に、

 セリアの目から、涙が静かに零れ落ちた。


「……その後のことは、もう思い出したくもない……」


 酷い記憶よ……


 自分でも、自分自身が何者なのかも分からなくなってしまっていた。

 敵国の兵士達から見れば、私はきっと……

 とても恐ろしい怪物のように見えていたでしょうね。


「兵士達に指示を出している上層部。

 ただそこを落とすためだけに……」


 護る兵士は、一人残らず切り捨てて前へと進んだ。


「そして、二つの大国の機能を停止させた」


 けれど、その後のことは……

 私も、よく思い出せない……


セリアは、アリシアの語りを最後まで一言も挟まずに受け止めていた。

その瞳は伏せられ、瞬きのたびに、溜め込んでいた感情が堰を切ったように零れ落ちる。涙は音もなく頬を伝い、床に落ちることもなく、ただ静かに消えていった。


やがて、セリアは自分でも驚くほどの沈黙の長さに気づき、慌てたように手の甲で目元を拭った。擦る仕草は少し不器用で、胸の奥に溜まったものをどう扱えばいいのか分からないままの、正直な動きだった。


「……ごめんなさい。うまく言葉が見つからなくて……」


絞り出すような声は小さく、けれど確かに届いていた。


アリシアは、即座に首を横に振る。否定は強くも急でもなく、穏やかで、まるで包み込むような仕草だった。


「いいのよ。最後まで聞いてくれてありがとう」


その一言で、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩む。

沈黙が、気まずさではなく、余韻へと姿を変えた瞬間だった。


そのときだった。


ふわり、と軽い気配が二人の間に割り込む。

リッタがぷかぷかと宙に浮かびながら近づいてきたかと思うと、ためらいも遠慮もなく、アリシアの胸のあたりをむぎゅっと握った。


あまりにも予想外の接触に、アリシアは一瞬思考が追いつかず、熱が一気に顔へと昇る。


えっ、と、短く息を漏らすしかなかった。


それを目にしたセリアは、感情の切り替えが追いつかないまま、思わず声を荒げる。


「ちょっと、リッタ!こんな真剣な話をしているのに、貴方は何をしているの!」


叱責の言葉には、先ほどまでの涙の余韻と、守るような苛立ちが混じっていた。


だがリッタは意にも介さず、むしろ不思議そうに首を傾げると、アリシアの胸のあたりをふにふにと、確かめるように握る。

柔らかな感触を確認するその仕草は無邪気そのもので、悪意も計算もない。


だからこそ、余計に逃げ場がなかった。


アリシアは恥ずかしさに息を詰まらせ、頬は赤く染まり、抗議の言葉すら形にならない。


リッタは、そのまま言葉を続けた。


「昔の話も大事かもしれないけど、今話したって意味無いでしょ。......だったら今起きている、解決しなきゃいけない問題を話した方がいいと思うよ。」


一拍、わざとらしいほどの間が置かれる。


「......この胸の大きさについてとか」


空気が、はっきりと別の方向へ跳ねた。


セリアはその言葉に引き戻されるように、はっと我に返る。

残っていた涙を腕で拭い、先ほどまでの感情を振り払うように息を整えると、自然と視線はアリシアの胸の辺りへ向いていた。


その視線に気づいたアリシアは、わずかに首を傾げる。


「......セリア?」


問いかけられた瞬間、セリアは自分でも驚くほど素直に口を開いていた。


「そういえば......アリシア様はどうしてこんなに大きいのですか?」


あまりに遠慮のない視線と問いに、アリシアは思わず声を上げる。


「ちょっと!」


頬を赤く染めたまま、慌てて言葉を重ねた。


「あなた達も成長期なんだから、大きくなるわよ!」


そう言いながら、アリシア自身も耐えきれずに視線を胸元へ落とす。

そのときになってようやく、リッタの手がいつの間にか離れていることに気づいた。


顔を上げたアリシアが二人を見ると、セリアとリッタはそれぞれ自分の胸へ手をやり、小さく、ほとんど聞こえない声で呟いていた。


「……成長期……」


その様子に、アリシアは耐えきれないほどの羞恥を覚える。

セリアが、自分の胸とアリシアの胸を見比べるように視線を動かしているのに気づき、思わず顔を背けた。


そして、ちらりと様子を窺うようにセリアへ視線を送った。

一瞬の逡巡ののち、まるで言葉を置く場所を正確に測ったかのように、静かに口を開く。


「そ、それに……様はいらないわ、アリシアでいいわよ……」


その声に、セリアは即座に反応した。

思わず顔を上げ、まっすぐにアリシアを見つめる。


「いいのですか」


控えめながらも、隠しきれない喜びが声音に滲んでいた。


アリシアはこくりと小さく頷き、少し間を置いてから、照れを含んだまま続ける。


「敬語も……なし……」


その言葉が落ちた瞬間、セリアの目が大きく見開かれる。

宝石のようにきらめかせながら、胸の奥から込み上げてくる感情をそのまま映した表情だった。


「あ……アリシア……」


確かめるように呼びかける声は、どこか慎重で、けれど嬉しさを抑えきれていない。

アリシアはその様子に、気恥ずかしそうに視線を逸らしながらも、うん、と小さく頷いた。


次の瞬間だった。


「アリシアー!」


弾むような声とともに、勢いよく抱きつかれる。

距離を詰めることに一切のためらいはなく、まるで昔からの友人のような無邪気さだった。


そのまま、再びアリシアの胸のあたりをふにふにと揉みながら、屈託なく言葉が続く。


「すごいわ!ふわふわしてる!」


遠慮も計算もないその態度は、打ち解けた証そのもので、場の空気を一気に明るい方向へ引き戻していた。


表向きは淑女を装っていても、まだ十五歳の貴族の娘だ。胸の内は、まだまだ子供のまま。


アリシアは頬を赤くして、照れ隠しみたいに笑うと――

「ちょっと!くすぐったいよ」

と、そう言って、くすぐったそうに身をよじった。


セリアは、ん?――というように小さく首を傾げ、ふと上を向いてアリシアの顔を眺めた。


視線に気づいたアリシアは、みるみるうちに顔を赤らめ、目を泳がせるが、その様子に耐えきれなくなったのか、「ねえ、なんの時間なの!これ」と、アリシアは慌てて言葉を重ねる。


その後しばらくの間、二人はすっかり打ち解けた様子で軽くじゃれ合い、互いの距離を自然と縮めていった。


一方、リッタは相変わらずぷかぷかと宙に浮かびながら、夜空に瞬く星々を静かに眺めていた。


けれど、その横顔は――二人のやり取りを見ていたからか、どこか柔らかく緩み、気づけば微笑みを浮かべていた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


気づけばもう大晦日ですね。

今年も終わり、なんて言いつつ……アリシアたちの物語は、まだ今日は終わりません。


このあと、深夜にももう一話投稿する予定です。

年の終わりに、もう少しだけ彼女たちと一緒に時間を過ごしてもらえたら嬉しいです。


それではひとまず、また後ほど。

続きも、どうぞお付き合いください。

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