第26話「三人の少女、その先へ」
「クラウス!」
セリアは焦ったように名を呼び、そのまま彼の方へと振り向いた。
しかし、視線を向けたその時には、クラウスはすでに隣にいなかった。
アリシアの魔法に呑み込まれたリッタを救い出すべく、彼はすでに空中へと身を躍らせていたのだ。
クラウスはそのまま前方へ手を掲げ、剣を生成する。
刀身は細く、無駄のない造形――素早い振り回しに特化した、実戦向きの一振りだった。
生成された剣を即座に引き抜き、彼はアリシアの魔法へと正対する。
そして、小さく呟いた。
「さすがアリシア様。素晴らしい精度の魔法です。」
一呼吸置いて、続ける。
「ですが今のアリシア様の魔法なら、今の私でもどうにかなります……!」
言い終えると同時に、クラウスは動いた。
その剣は瞬く間に無数の軌跡を描き、アリシアの魔法へと正確無比な斬撃を刻み込んでいく。
鋭い剣撃が幾重にも重なり、水の鯨の胴体を捉えた。
やがて――
水鯨は中央から両断され、その巨体は力を失ったように二つに裂ける。
魔法の底へと沈められていたリッタの身体を、クラウスは確かに掴み取ると、そのままゆっくりと高度を落としていく。
風を切ることもなく、まるで静かに地へ導かれるかのような落下だった。
腕の中のリッタは、背後に広がる光景へと視線を向ける。
分断され、なおも形を保とうとする水の鯨――その残滓へ、そっと手を伸ばした。
魔法は、彼女の指先に触れることなく、淡く揺らぎながら消えていく。
「……強かったな。白き英雄」
吐息のような呟きだった。
その声を聞き、クラウスは腕の中の彼女へと視線を落とす。
そして、どこか可笑しそうに、ふふふと小さく笑った。
「当然です。アリシア様はかつて、お一人で世界を滅ぼせる程の力をお持ちでしたから」
その言葉に、リッタは一瞬だけ目を見開き――
すぐに、ははっと小さく笑った。
「そりゃ……敵わないね」
かすれるような声だった。
クラウスはその反応を受け止めるように、柔らかく微笑みかける。
「ですが、よく頑張りましたね」
そのまま、彼は静かに地面へと降り立った。
衝撃はほとんどない。
足裏が大地を捉えた、その瞬間――
アリシアが、こちらへ向かってきていた。
クラウスは背後を振り返り、歩み寄ってきたアリシアへ視線を向けた。
「いえ, 問題ありませんよ」
そう告げる声音は、柔らかく、落ち着いていた。
その腕に抱かれていたリッタも、アリシアを見上げる。
「本当に強かった。ありがとう、アリシア」
短い言葉だったが、そこに嘘はなかった。
それを受け、アリシアは少しだけ目を瞬かせる。
そして、首を横に振る。
「ううん。私の方こそ、びっくりしちゃった。リッタ、すごく強くて」
率直な賞賛だった。
リッタはわずかに視線を逸らし、少しだけ照れたように息を吐く。
「……ありがとう」
そう言ってから、彼女は静かに手を差し出した。
握手を求める、ごく自然な仕草で。
「これから、よろしくね」
アリシアは、にこりと笑い、差し出された手をしっかりと握り返した。
「うん。こちらこそ」
そのやり取りを、少し離れた場所から見ていたセリアは、胸の奥に小さな感情の揺れを覚える。
アリシアと親しげに向き合うリッタの姿に、ほんのわずかな嫉妬を抱えながらも
戦いの果てに迎えた、この結末を――
静かに、満足そうに見届けていた。
その後、わずかな休息を挟み――
アリシア、セリア、リッタの三人は、王都ルミナリア正面に構えられた大門の前に立っていた。
アリシアが、一昨日この地を通り抜けた時と変わらぬ光景。
いよいよ出発――
そんな空気が自然と漂う中、不意にリッタが口を開く。
「これから、どこ行くの?」
その問いに、セリアは少し呆れたような表情を浮かべる。
「さっきクラウスに言われたでしょ。フィアナを連れ去った犯人は、王都の近くにある大森林へ逃げた可能性が高いって」
そこへ、アリシアが頷きながら続ける。
「うん。だから、まずは大森林を目指しましょう!」
はっきりとした声音だった。
それを聞いたリッタは、少しだけ間を置き――
肩をすくめるようにして答える。
「ふーん……わかった。行こう、大森林」
どこか乗り切らない反応のまま、彼女はさっさと歩き出した。
その背中を見送りながら、アリシアとセリアは自然と視線を交わす。
そして、ふふっと小さく笑い合い――
二人もまた、リッタの後を追って歩き出した。
お読みいただき、ありがとうございます。
今年も残りわずかとなってきましたが、
年度が変わるまでの間、できる限り毎日更新していく予定です。
日によっては、一日に二話投稿できることもあるかもしれません。
物語はここから、次の舞台へ進んでいきます。
今後の展開も、楽しんでいただけましたら幸いです。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。




