第24話「剣聖に匹敵する強者」
「そうでしたか……」
ルシアスはそう応じ、深くは踏み込まず、静かに頷いた。
やがて話題は、自然と次へ移っていく。
アリシアとセリアはクラウスの案内のもと、旅立ちの準備を整えた。
装備の点検、物資の確認、最低限の打ち合わせ――淡々と進む手順の一つひとつが、これから向かう先の重みを静かに告げている。
すべてを終えた頃には、外気は出立を待つように澄み、城内にも落ち着いた緊張が満ちていた。
大広間を抜け、正面玄関へ向かおうとした、その直前。
ふいに足を止めたクラウスが、おもむろに口を開く。
「もし宜しければ、私からも旅の同行者を一人、ご紹介させて頂けないでしょうか」
思いがけない申し出に、セリアが反射的に声を上げた。
「えっ!クラウスも!?」
驚き、勢いよく振り返るセリア。
つられてアリシアも視線を向ける。
しかしクラウスは動揺する様子もなく、静かに肯定の意を示した。
「はい」
短く答えたのち、そのまま言葉を継ぐ。
「アリシア様が戦闘に入った際など、セリア様がお一人になられることがあった時、必ず心強い味方になるはずです」
淡々としているのに、妙に説得力のある口調だった。
セリアは言い返しかけて――すぐに飲み込む。
状況を思い返せば、その判断は理にかなっている。
彼女は許可を求めるように、アリシアへ視線を送った。
アリシアは、少し考え――
「確かに、二人より三人の方が、そういった際には戦略の幅も広がるかもしれません」
静かな同意。
その言葉にセリアは、張っていた息をほどくように周囲を見渡した。
「ところで……その方というのは一体どこに?」
問いかけながら、視線をクラウスへ戻す。
するとクラウスは、静かに
「まもなく……」
と告げた。
その言葉から一拍遅れて、アリシアたちの前方――正面玄関の大扉が、重々しい音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
反射的に二人が振り返った。
そこに姿を現したのは、セリアと同じくらいの背丈をした、蒼い髪の少女だった。
静かな足取りで一歩踏み出し、差し込む光の中へと身を置く。
肩口で切り揃えられた蒼髪はわずかに外へ跳ね、一部だけ編み込まれた細い三つ編みが小さく揺れている。
感情を映さぬ紅の瞳は、距離を測るようにこちらを見据えていた。
無機質にも見えるその表情の奥には、年齢に似合わぬ冷静さと、言葉にされない覚悟が滲んでいる。
やがて、少女が口を開いた。
「クラウス、これどういうこと?」
問いかけに、クラウスは小さく息を緩め、
「良かった。何とか間に合いましたね」
と、どこか安堵した様子で応じた。
アリシアとセリアは、揃って少女を探るように見つめる。
その視線に気づいたのか、少女は背後で扉を閉め――
「あっ」
と、小さく声を漏らした。
何かを思い出したように、改めて二人へ向き直る。
「僕はリッタ・フェルメリア。よろしくね」
拍子抜けするほど淡泊な自己紹介だった。
それに続けるように、クラウスが補足する。
「彼女はエルディア下街出身で、歳はセリア様と同じ十五歳になります」
その言葉に、セリアは思わず声を上げていた。
「エルディアの出身!?」
その名を、頭の中でなぞる。
エルディア下街――王都の影に生まれた街。
華やかな都の裏側で、人々が今日を生き延びることだけを目標に暮らしている場所だ。
驚きを隠せないまま、セリアは視線を下に逸らし――それに、と言葉を継ぐ。
「わたくしと同い歳……?」
短い沈黙が落ちる。
その間を破るように、今度はリッタの方から口を開いた。
「ところでさ……」
そう言いながら、彼女はアリシアの方へと歩み寄ってくる。
そして、目の前まで来ると、リッタは足を止めた。
視線は、アリシアの少し下――顔を見上げる位置にある。
「君があのアリシア?」
あまりにも唐突な問いかけに、アリシアは一瞬、
「えっ」
と戸惑ったものの、すぐに気を取り直す。
「えぇ」
短く、しかしはっきりと答えた。
「ふーん……」
リッタはそう呟くと、品定めをするようにアリシアを上から下まで見回す。
視線は装備、立ち姿、呼吸の間合いへと移り、最後に再び顔へ戻った。
一通りの確認を終えたのか、リッタはアリシアと視線を合わせる。
「少し僕と勝負しようよ」
思いがけない提案に、アリシアが一瞬目を見開く。
それより早く、セリアが声を上げた。
「なんてことを!」
無礼だとでも言いたげに、きつい視線をリッタへ向ける。
しかし、当のアリシアは冷静だった。
「勝負……?」
首を傾げ、問い返す。
リッタは小さく頷き、
「君が本当にあの白き英雄だというなら、力を見せてみてよ」
その言葉に、セリアは思わず眉を寄せる。
白き英雄……?
聞き慣れぬ呼び名に、疑問を浮かべながら首を傾げた。
アリシアは少し考え――
「わかりました」
意外なほどあっさりと、了承した。
それに、セリアは目を見開き、
「えっ……アリシア様!?」
と声を上げる。
だがアリシアは、慌てるセリアをなだめるように微笑みかけた。
「大丈夫よ、セリア」
そのまま少し間を置き、今度はクラウスの方へ視線を向ける。
「クラウスさん」
呼びかけに、クラウスは即座に応じた。
「えぇ、構いませんよ。宜しければ、外の庭をご利用ください」
流れるように話がまとまり、勝負の決行が決まる。
状況についていけず、セリアは、
「えぇぇ……」
と、思わず声を漏らした。
その後、リッタが、
「ありがとう」
と短く礼を述べると、一行はクラウスに先導され、王宮の庭へと向かう。
広々とした草原が広がるその場所で、クラウスとセリアが見守る中、
アリシアとリッタは、互いに向かい合って立った。
空気が張り詰める。
二人は、クラウスの――始まりの合図を待った。
一瞬、場が静まり返る。
その沈黙を破るように、リッタが口を開いた。
「白き英雄は、剣が得意って聞いたことあるから。それ使って戦ってよ」
思いがけない申し出に、アリシアは思わず、
「えっ……いいの?」
と聞き返してしまう。
リッタは迷いなく頷いた。
「もちろん。お互い、出し惜しみなく全力でやろう」
その言葉に、アリシアはわずかに目を瞬かせる。
そして、ふと気になり問いかけた。
「あなたは?」
リッタは答える。
「僕は、ほとんど魔法使えないから。これでいく」
そう言うと、彼女はどこからか取り出した鉄の手甲を両手に装着し、低く構えた。
金属が噛み合う乾いた音が、静かな空気に響く。
それを見たアリシアは、思わず、
「ふふっ」
と小さく笑みをこぼす。
「そういうことなら……」
呟くように言い、彼女は空中へと手を掲げた。
次の瞬間、冷気が集束する。
淡く輝く氷華が形を成し、アリシアの掌へと収まった。
それを鞘から抜き放ち、自然体のまま構える。
その光景を見て、リッタは小さく呟く。
「あれが……」
二人が向かい合い、構えを取る。
風の音だけが耳に届く、張り詰めた静寂が流れた。
やがて、クラウスが一歩前へ出て、手を挙げる。
「――はじめ!」
その声と同時だった。
リッタは、自身の手甲を確かめるように拳を結び、ほどく。
「英雄が……どれほど……」
小さく言葉を漏らした次の瞬間、地面を強く蹴り上げた。
踏み込み一つ。
距離は一瞬で消え去り、リッタの姿が視界から消える。
予想外の速さに、アリシアの反応がわずかに遅れる。
――だが、間に合った。
咄嗟に剣を振り上げ、迫る拳を受け止める。
ガキィン!
氷華と手甲が激しく交わり、甲高い衝撃音が庭に響き渡った。
空中で交錯したまま、リッタはわずかに口元を緩める。
「やっぱ、強いね」
その言葉に、アリシアもまた、余裕を失わぬまま微笑んだ。
「あなたこそ」
そう称賛した直後、リッタはそのまま後方へ跳び退いた。
距離を取るための一跳び――そして軽やかに着地する。
着地と同時に膝を落とし、手甲を前へ。
視線は一瞬たりともアリシアから外さず、構えを立て直した。
張り詰めた空気の中に、一瞬の静寂が落ちる。
リッタが言う。
「いくよ。今度は、もっと早く」
それに対し、アリシアはわずかに口元を緩め、
「望むところよ」
と応じた。
次の瞬間――
リッタの眼差しが、鋭く切り替わる。
セリアの目には捉えられないほどの速度で、リッタはアリシアへと飛び出した。
それとほぼ同時に、アリシアの姿もまた、サッと視界から消える。
一瞬の後。
セリアの目に映ったのは、もはや姿ではなかった。
感じ取れるのは、かすかな気配だけ。
空中にはただ、氷華と手甲が激しくぶつかり合う音だけが響いている。
ガキン!
キン!
ギャン!
その姿を捉えることはできない。
だが、わかる。
王都ルミナリアが誇る王立学園。
その初等科において、トップを争う実力を持つセリアですら、完全には追い切れない。
両者の卓越した強さが、ほぼ拮抗しているのだ。
アリシアが凄まじいのは言うまでもない。
だが、その速度に食らいついているリッタの存在も、また異常だった。
あまりの二人の実力に、セリアは大きく目を見開いたまま、言葉を失う。
開いた口は、なかなか閉じることを忘れている。
――はっ。
ふと気づいたように、セリアは隣に立つクラウスを見上げた。
クラウスの視線は、確実に――
キィン、と弾ける金属音の発生点から、次の音へ。
その目は、二人の軌跡を寸分違わず捉えている。
(うそ……!? クラウスには、見えてるの……!?)
セリアは心の中で叫んだ。
もう一度、必死に目を凝らし、二人の姿を追おうとする。
だが――やはり、見えない。
――ガキィン!
硬質な衝突音が庭に弾けた、その直後だった。
アリシアとリッタは、まるで示し合わせたかのように同時に跳び退く。
交錯していた軌道から、瞬時に身を切り離し、それぞれが戦いの起点へと戻った。
次の瞬間、セリアの視界が追いつく。
高速の残像が消え、ようやく二人の姿が、はっきりとそこにあった。
リッタは肩を大きく上下させ、
「はぁ……はぁ……」
と、抑えきれない息を吐いている。
額には薄く汗が滲み、呼吸の荒さが、先ほどまでの激戦を雄弁に物語っていた。
対してアリシアは、
「はっ……はっ……」
と、呼吸こそ速まっているものの、足運びも姿勢も崩れていない。
剣を持つ腕に力みはなく、むしろ――
余裕すら感じさせる。
口元には、かすかな笑みが浮かんでいるようにも見えた。
息を整えながら、リッタが言う。
「すごいね……ほんとに、強い」
偽りのない感嘆。
その言葉を受け、アリシアはわずかに首を傾ける。
「そう?」
間を置かず、穏やかな声音で続ける。
「期待に応えられたなら、良かった」
二人の間に流れる空気は、戦闘の最中とは思えないほど柔らかい。
互いを認め合い、楽しんでいる――そんな感情が、自然と滲み出ていた。
だが、リッタはそこで一歩踏み込む。
「魔法は使わないの?」
その問いに、一拍の間。
そして、続けて。
「そっちも、強いんでしょ?」
アリシアは思わず、
「えっ?」
と声を漏らし、小さく笑ってしまった。
だがすぐに表情を引き締め、一度だけ深く息を吸う。
「わかった」
明るく、しかし覚悟を含んだ声。
「魔法と剣。全力で、いかせてもらうね」
その瞬間、リッタの瞳がわずかに輝いた。
「そう来なくちゃ」
短く、満足げにそう言うと、即座に宣言する。
「じゃあ――第2ラウンド!」
言葉が終わるより早い。
リッタは再び踏み込み、アリシアへと肉薄する。
ガキン!
ガキン!
氷華と手甲がぶつかり合い、衝撃が連続して空気を震わせた。
次の瞬間、リッタはその勢いを殺さず、宙へと跳ぶ。
一気に高度を取り、空高く舞い上がる。
そして――
片方の腰へと手を引き、身体をひねりながら構える。
大きな一撃が来る――
直感的にそう察したアリシアは、氷華を構え直し、迎撃の姿勢を取った。
一瞬の静寂ののち、リッタが静かに口を開く。
「拳で穿つ空圧」
腰に構えていた拳を、大きく振りかぶり――
次の瞬間、前方へと突き出した。
ドンッ――!
大気が震え、圧縮された空気が解き放たれる。
空圧は目に見えるほどの密度を持ち、風の塊となって一直線に突き進む。
まるで、砲弾。
空圧そのものを撃ち出したかのような一撃だった。
それを見た瞬間、アリシアは理解する。
今の氷華では、受けきれない。
判断は一瞬だった。
氷華を空中に解き、霧散させる。
同時に、両手を前へ。
展開されるのは、淡く輝く緑の魔法陣――風属性。
アリシアは、静かに詠唱を紡ぐ。
「天に満ちし風は乱れず、
地を裂く嵐は――
螺旋を成し、ただ貫くために集束せよ」
詠唱と同時に、魔法陣の上で風が動き出す。
渦を巻き、絡み合い、やがて小さな竜巻のような回転を成した。
アリシアが、魔法名を告げる。
「螺旋を成す暴風の槍」
その言葉と同時に、回転は一気に加速する。
風は細く、鋭く収束し、先端を尖らせながら――
回転する風のドリルとなって突き進む。
圧縮された空圧が大気を震わせながら迫る。
それを迎え撃つかのように、猛烈な回転を帯びた風の槍が進む。
二つの力が、今――
正面から、衝突する。
読んでいただき、ありがとうございます。
更新の間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。
次回、第25話からは、本作と並行して新たな物語も投稿する予定です。
舞台は、今から120年後――帝都と化した東京。
AIに支配された世界で、人は何を失い、何を取り戻そうとするのか。
少年少女たちがそれぞれの答えを求め、抗う物語になります。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。




