第21話「明かされる事実と、二人の少女」
「いかがでしたか? 最初の講義は。……アリシア様」
その声に気づき、アリシアははっとして後ろを振り返った。
少し離れた場所に、穏やかな表情を浮かべたルシアスが立っている。
彼の存在を認めた途端、アリシアの肩から力が抜けた。
どこか元気のない様子で、小さく口を開く。
「ルシアスさん……」
その様子に違和感を覚えたのだろう。
ルシアスは首をわずかに傾けると、ゆっくりと彼女との距離を詰めてくる。
そして、気遣うような口調で問いかけた。
「随分と暗めの雰囲気ですが、何かありましたか?」
その言葉に、アリシアは一瞬だけ視線を彷徨わせる。
迷いが滲んだ沈黙のあと、静かに首を振った。
「いえ……特には……」
だが、その答えを聞いたルシアスは、どこか確信めいた様子で微笑む。
「そうですか。てっきり僕は、生徒たちの前で無方陣魔法が使えることを、バラしてしまった上に、大戦時関連の書物のどれにも自分の名前が載っておらず、思いのほか心に引っかかっているのかと思いましたよ」
その瞬間だった。
アリシアは目を大きく見開き、次の瞬間には顔がみるみる赤く染まっていく。
まるで心の奥を正確に言い当てられたかのようだった。
そして、むっとした表情のまま、ルシアスに向けて言い返す。
「見てたんですか」
「えぇ、しっかりと。」
あっさりと、しかし迷いのない返答。
その言葉を受けて、アリシアはムッとした表情のまま、ルシアスを見つめた。
感情を隠そうともせず、真っ直ぐに向けられた視線だった。
そんな彼女の様子を見て、ルシアスは一瞬だけ間を置き、
やがて少し笑いながら、両手を軽く上げる。
「まぁまぁ。そんなに気を悪くしないでください。講義はよくできていましたよ。」
その言葉に、アリシアの表情から張りつめたものが、ゆっくりとほどけていく。
視線を外し、周囲へと一度目をやってから、小さく息を吐いた。
「そうですか……」
そう言って、横へと首をやる。
拗ねた様子が隠しきれないその仕草に、
ルシアスは思わず、ふふっと笑みをこぼした。
「本当に可愛らしい人ですね」
その言葉に、アリシアはちらりとルシアスを見る。
だが、すぐに視線を下へと落とし、肩をすくめるようにして、
「いいです……そういうのは」
と、ぼそっと呟いた。
その反応を見て、ルシアスは表情を引き締め、
今度は落ち着いた声で、静かに語り始める。
「まぁ、お詫びのつもりと言ったらなんですが、大戦時の書物にアリシア様のお名前が記載されていないのは、陛下がアリシアの詳細に関する記録を全て抹消されたからです。」
その言葉が耳に届いた瞬間、
俯いていたアリシアの動きが止まった。
そして、はっとしたように顔を上げ、
信じられないものを見るように、ルシアスを見つめる。
「それは……どういう……」
あまりの事実に、言葉が途中で詰まった。
その反応を見て、ルシアスは我に返ったように目を見開く。
「あっ……いけませんね。」
慌てて口元を押さえる仕草をし、
すぐに言葉を続けた。
「この事実は口外禁止とされていたのに……つい口が滑ってしまいました。」
ぽかんと立ち尽くすアリシア。
対照的に、ルシアスはいつものようにニコッと笑う。
「この事は、陛下に直接お伺いするのがいいでしょう。」
そう言って、一呼吸置くように、わずかに間を作る。
「王宮へ、ご案内致します。丁度、陛下にアリシア様のお目覚めを報告しようと考えていたので、それも兼ねて。」
その言葉に、アリシアは一度視線を落とす。
「陛下に……?」
短く考え込むような沈黙のあと、
彼女は静かに頷いた。
「分かりました」
それだけ答えると、歩き出したルシアスの後ろへ、
音を立てないように静かについて行こうとする。
——そのとき。
「あ、あの……。わたくしも同行させていただけないでしょうか」
と、背後から聞き覚えのある、少女らしい声が響いた。
ルシアスとアリシアは、同時に足を止めて振り返る。
そこに立っていたのは、セリアだった。
二人が彼女の姿を認めるより早く、ルシアスが静かに口を開く。
「セリア嬢、なぜここに?」
問いかけに対し、セリアは一歩も退かず、
落ち着いた様子で答えた。
「はい。今朝、わたくしが申し上げた質問につきましては、
ルシアス様より“今は疑問として留めておくように”とご指摘を受けました。
……ですが、その後に拝見したアリシア様の魔法──詠唱魔法を難なく行使し、
さらには無方陣魔法を扱えるかのような振る舞い。
そして……お名前までもが同じであること。
どうしても胸の内に留めておくことが出来ず、
その真相を確かめに参りました」
一言一句を噛み締めるように語るセリアの視線は、
まっすぐにアリシアへと向けられていた。
その視線を受け、アリシアは小さく息を呑み、
思わず名前を呼ぶ。
「セリアさん……」
だが、セリアは一瞬も怯まず、
静かに、しかし強い意志を宿した声で続ける。
「無礼であることは、重々承知しております。
ですが……どうしても確かめたくて……。
アリシア様は……その……
八十年前の大戦において多大な功績を挙げ、
白銀の剣聖と称された方――
そのご本人なのではないでしょうか」
その言葉が告げられた瞬間、
空気が、張りつめたように固まった。
アリシアは思わず、はっと息を呑む。
自らの正体を、正面から突きつけられた衝撃に、
反射的に身を強張らせた。
「ルシアスさ」
助けを求めるように後ろを振り返り、
その名を呼ぼうとした――その途中で。
「そうですよ」
ルシアスが、躊躇もなく、はっきりと断言した。
その即答に、アリシアは一瞬、思考が追いつかず、
遅れて息を呑む。
「えっ」
短い声が、かすかに漏れた。
セリアも同様だった。
推測が現実として突きつけられた衝撃に、
目を見開いたまま、言葉を失う。
「やっぱり……」
確信と動揺が入り混じった声だった。
アリシアは我に返り、慌てたようにルシアスを振り返る。
「いいんですか……ルシアスさん」
その問いに対し、ルシアスは即座に答えた。
迷いも、躊躇もない。
「えぇ、セリア嬢は聡明な方ですので、問題ありません。」
その断言に、アリシアはわずかに肩の力を抜く。
一度、視線を落とし、
自分の中で何かを決めるように、短く息を整えた。
「……そうですか。でしたら……」
その先を言葉にする前に、
静かな声が割り込んだ。
「……申し訳ありませんでした」
アリシアははっとして振り返る。
セリアは深く頭を下げていた。
その姿勢に、一切の迷いはない。
「知らなかったとはいえ……
いいえ、それでも許されることではありません。
かつて王国を救った英雄に対して、
あのような無礼な質問をしてしまって……
本当に、申し訳ありませんでした」
その言葉を聞きながら、
アリシアは戸惑うように目を瞬かせる。
そして、慌てて首を振った。
「い、いえ! 私の方こそ、すぐに真実をお伝えできず……すみませんでした」
そう言って、今度はアリシアが頭を下げる。
セリアは顔を上げかけ、
「ア……アリシア様は何も」
と言いかけた、その瞬間。
パン、と乾いた音が場に響いた。
ルシアスが手を叩き、
張りつめていた空気を軽やかに断ち切る。
「お互い蟠りも解けたところで、そろそろ向かいましょうか。王宮へ。もちろんセリア嬢も一緒に」
唐突なほど明るい声に、
セリアは驚きの色を隠せず、目を瞬かせる。
「え、よろしいのですか?」
その問いに、ルシアスは微笑んだまま答える。
「えぇ。お二人とも息が合いそうですし、仲良くなるきっかけになるかもしれませんしね。」
その言葉に、
セリアとアリシアは一瞬、互いを見つめ合う。
張りつめていたものが、
その視線の交差とともに、ふっと緩んだ。
ふふっと、
どちらからともなく、小さな笑みがこぼれる。
こうして三人は並び、
王宮へと向かって歩き出すのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
会話中心の回が続いてしまいましたが、
物語としては、ここで一つの区切りでもあります。
ここから舞台も変わり、また少しずつ話が動いていきますので、
引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。




