第20話「消された記録」
生徒たちもざわり、と互いに顔を見合わせる。
“やはりそうだよな?”と確認し合うような、微かな動揺が広がっていった。
アリシアはその空気に気づき、焦ったように口を開いた。
「あっ……い、いえ……」
だが、言葉は途中で途切れてしまう。
「私も、無方陣魔法はできません!」
そう言うと、ひと呼吸置いて続けた。
「その……そういうものも、あります。という意味で……
講義の方を……」
必死に言葉を繋げようとするが、
生徒たちの視線には疑念が色濃く浮かび始めていた。
その不信感に、アリシアは耐えきれなくなる。
「……すみません」
静かに、しかしはっきりと告げる。
「本日の講義は、ここまでです」
演習場の空気が、すっと冷える。
「今日学んだことは、しっかりと復習をお願いします」
その言葉に、
女子生徒は「はい……」と小さく返事をし、
男子生徒の何人かは「はーい」と気の抜けた声を上げた。
やがて生徒たちは各々散っていき、
演習場には、アリシアだけが残される。
風が吹き抜け、
広い演習場に、先ほどまでの微かな動揺だけが、
静かに残っていた。
生徒たちの姿が完全に見えなくなったのを確認し、
アリシアは小さくため息をつく。
「……はぁ」
そして、ふとした拍子に、
先ほどの言葉が脳裏をよぎった。
――無方陣魔法が……大戦で、失われた……?
「……そんな……」
アリシアは指を下唇の少し下に当て、
考え込むように視線を落とす。
しかし、すぐに首を横に振る。
「……ううん」
「今はそれより、やるべきことをやらないと。
大戦時のことは、後で調べればわかるもの」
そう自分に言い聞かせるように呟き、
アリシアは踵を返し、演習場を後にした。
◇ ◇ ◇
そして夕方。
沈みかけた陽の光が窓から差し込み、
廊下を橙色に染め上げている。
その光の中、
アリシアは一人、図書館にいた。
――王立魔導学院が誇る、王立図書館。
そこには、ルミナリア王国の歴史、魔法体系、
大戦の記録に至るまで、
ありとあらゆる書物が所狭しと並んでいる。
アリシアは棚から棚へと視線を走らせ、
何冊もの書物を手に取っては、ページをめくった。
だが――
「……えっ」
思わず、声が漏れた。
「本当に……記述が、一つもない……」
静まり返った図書館の中で、その声はひどく小さく、しかし確かに響いた。
何冊もの書物を両脇に積み上げ、
アリシアは一人、机に向かい、必死にページを繰っていた。
指先で文字をなぞりながら、
「……ない……どこにも……」
と、掠れた声で呟く。
無方陣魔法。
その名を求めて、どれほどの書を調べただろうか。
大戦に関する記録は無数にある。
失われた魔法についての記述も、決して珍しいものではない。
それでも――
無方陣魔法についての記録だけが、どこにも見当たらなかった。
すると、アリシアは不意にはっと顔を上げる。
「……私の、名前も……」
思わず、声に出していた。
焦るように、横に積まれた書物の中から一冊を取り出す。
大戦時の消失者記録だ。
ページを開き、
一人ひとり、名前を追っていく。
その中で、すぐに見覚えのある名が目に留まった。
「……アルマ・フレイヴァン……」
アルマ――
その名を、小さく口にする。
アルマが記されているのなら、
少し前に、自分の名前が載っているはずだった。
そう思いながら、
アリシアは一人ひとり、慎重に名前を確認していく。
だが――
どれだけ探しても、
そこにアリシアという名前はなかった。
他の大戦時の資料にも目を通す。
だが、結果は同じだった。
無方陣魔法についての記録は、一切存在せず、
そして――
アリシアという名前も、どこにも見当たらない。
その事実を前に、
アリシアは静かに目を大きく見開いた。
やがて、何も言わず、
そっと本を閉じ、元の場所へ戻す。
そして、図書館を後にした。
夕日に照らされた廊下を、
アリシアは静かに歩いていく。
その背後から、声がかけられた。
「いかがでしたか?
最初の講義は……アリシア様」
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