第19話「失われた技術と限られた才能」
生徒たちは再び感嘆の息を漏らし、
頭上から降り注ぐように展開された水の帳を、目を輝かせながら見渡していた。
アリシアは手を静かに叩き、「はい!」と合図を送ると、柔らかな笑みを浮かべて言葉を続けた。
「じゃあ次は、詠唱魔法! やっていきましょうか」
その声に、生徒たちが期待に満ちた視線を向ける。
アリシアは先程とは違い、胸元から掲げていた手をゆっくりと前へ伸ばす。すると空中に青い魔法陣が、淡い光を帯びながら再び展開された。
「今度はこの魔法に詠唱を加えます。危ないですから、皆さんは少し離れていてください」
静かな声で告げられ、生徒たちは慌てることなく一歩、また一歩と後ろへ下がり、アリシアの周囲に広めの円を作る。
十分な間合いが取られたのを確認すると、アリシアは深く息を吸い――詠唱を紡ぎ始めた。
「――静寂より広がれ、蒼き膜よ。
我が呼び声に応え、揺らぎの結界と成せ。
流転する水よ、天へと舞い、霧纏いし帳となれ。
《水帳結界》」
澄んだ声とともに、魔法陣が一気に輝度を増す。
次の瞬間――先程の十倍はあろうかという巨大な水球が、轟音ひとつ立てず静かに生成された。
アリシアは詠唱を終えると、今度は手をゆっくりと頭上へ掲げる。
それに呼応するように、膨大な水球と魔法陣が天へ向かって昇り、しゅるしゅると細い水線へ姿を変えていく。
演習場の吹き抜けを突き抜け、空へと上昇していく水線は、やがて高度のせいで見えなくなった。
だが十数秒後――空の彼方に、薄い膜のような円環がゆっくりと広がるのが確認できた。
「……っ」
その光景を見た女子生徒は、声にならない驚愕に口元を押さえる。
男子生徒の何人かは「すげぇ……」と、興奮を隠しきれず声を漏らした。
しばらくして、アリシアの上空にあった水球は完全に消失していた。
全てが、空に浮かぶ帳状の結界へと変わったのだ。
アリシアは静かに手を下ろし、生徒たちへ向き直る。
「先程の魔法に詠唱を加えると、王国全体を覆えるほどの結界を張ることができます。」
その説明に、生徒たちはどっと感嘆の声を上げ、自然と拍手が広がった。
「先生すごい……!」
「ルシアス様以上……?」と隣同士で顔を見合わせる生徒、
「詠唱魔法だなんて……!」と呟き震える声。
まるで新しい世界を目の前にしたかのように、
誰もがアリシアの魔法に魅了されていた。
その熱気がゆっくりと落ち着き始めた頃、
アリシアはそっと微笑みを浮かべ、手を軽く打った。
「ここまでで何か質問のある方はありますか?」
と、軽く手を上げる仕草で、生徒たちが挙手しやすいよう促した。
周りをくるりと一周見回してみるが――
皆まだ先程の詠唱魔法の余韻に包まれており、質問が出る気配はない。
それを察したアリシアは、ひと呼吸置いて言葉を続ける。
「なさそう……ですかね? ……じゃあ最後に無方陣まほ――」
と言いかけた、その瞬間。
静かに「はい」と声が上がり、セリアが手を挙げた。
アリシアは気づいて「はい」と返事をし、
「セリアさん、どうしましたか?」
と優しく問いかける。
セリアはどこか緊張した様子で、
「そ、その……」と前置きしてから話し始めた。
「先程先生が見せてくださった、詠唱魔法なのですが……」
アリシアは「ん?」というように小さく首を傾げる。
セリアは一度息を整え、続けた。
「それを使うことができるのは、王都でも数人の魔法使いのみで……」
そして、ひと呼吸。
「あの……先生は一体……?」
セリアはまるで、アリシアの正体を探るような眼差しで問いかけた。
アリシアは「えっ……」と小さく声を漏らし、思わず固まる。
周囲へ視線を向けるが――
おそらく他の生徒たちも同じ疑問を抱いているのだろう。
どの瞳にも、期待と戸惑いが入り混じった空気が漂っていた。
「こ、これくらい、皆さんも出来るようになりますよ!」
焦りを隠しきれない声音でそう言い切り、
そのまま話題を変えようと無方陣魔法の講義に移ろうとした――だが。
「先生……無方陣魔法に関しましては、
八十年前の大戦で、既に失われてしまった魔法技術になります……」
静かに、それでいて確信を持った声でセリアが告げる。
アリシアは、はっと目を見開いた。
「え、うそ……」と言いたげに視線が泳ぎ、胸の奥がざわつく。
生徒たちもざわり、と互いに顔を見合わせる。
“やはりそうだよな?” と確認し合うような、微かな動揺が広がっていった。
お読みいただきありがとうございました!
ゆるやかな授業回が続きますが、物語はいよいよ大きく動き出します。
30話までにはアリシアには、そこそこ大きな戦いをしていただく予定ですので、
ぜひ楽しんでいただければと思います!




