第13話「王立魔導学院」
――場面は静かに転じる。
その後、ルシアスの案内を受けながら学院内を歩き回った。
彼は校舎の構造や学院の仕組みを簡潔に説明してくれたが、アリシアの耳には半分ほどしか入らない。
ただ、歩くたびに広がっていく景色だけが鮮明だった。
やがて石畳の先に、学院の本校舎が姿を現す。
灰色の石を積み上げた落ち着いた佇まい。
過度な装飾はなく、質実剛健という言葉がよく似合う。
だが、濃い青の瓦屋根と、中央で一段高くそびえる塔が、静かに誇りを主張していた。
校舎はゆるくコの字型に広がり、奥には柔らかく陽を受ける芝生の中庭が見える。
周囲には低い石壁と魔力灯が等間隔に並び、夕刻になればきっと淡い光を放つのだろう。
風が抜けるたび、古城めいた重みと学院らしい静けさが同時に漂った。
そんな景色に見入っていると、ルシアスが一つの扉の前で足を止めた。
閉じられた扉の向こうからは、生徒たちのざわめきが微かに響いてくる。
「……こちらです」
彼はアリシアへ向き直り、穏やかな声で告げた。
「ここが、今回アリシア様に担当していただく――王立学院・初等科の教室になります。」
アリシアは扉へ視線を向けた。
ここが……と、胸の奥で小さく呟くように思いながら、その静かな木扉を見つめる。
緊張と期待が入り混じる感覚が、きゅっと胸を締めつけた。
それでも、気持ちを整えるようにルシアスへ視線を戻し、小さく頷く。
「……はい」
ルシアスは穏やかな調子で続けた。
「まずは僕から、生徒たちにアリシア様を紹介いたします。その後で、アリシシア様にも簡単に自己紹介をお願いできればと」
そう言いながら扉に手をかけた――が、その手がふと止まる。
わずかな沈黙のあと、彼は横顔のまま小さく、しかし確信を帯びた声音で言った。
「……それと、生徒たちにはアリシア様の“正体”は伏せておいた方がよろしいでしょう。
知られてしまえば、きっと混乱を招きます」
その言葉を聞いて、アリシアは小さく首を傾げた。
「今、アリシア様がお目覚めになったことを知るのは、王都では僕のみとなります。八十年前の存在である英雄が再びお目覚めとなれば、その事実は王都だけでなく、他国にも届くことになるでしょう。
そうなれば向こうは何をしてくるか分かりません。何せ今は――均衡が、かろうじて成り立っている状態ですから」
「……そう、なのですか……」
短く視線を伏せ、胸の奥でひとつだけ迷いが揺れる。
それでも顔を上げ、落ち着いた声で続けた。
「……分かりました」
その返答に、ルシアスは「ありがとうございます」と柔らかく頷いた。
そして扉へと手を伸ばした――が、背後から小さな声が追いかける。
「そ、その……でしたら……」
アリシアはためらうように指先を胸元へ寄せ、視線を揺らしながら言葉を継いだ。
「私は……どう名乗ればいいでしょうか?」
その問いに、ルシアスは一瞬だけ驚いたように瞬きをし、ふふっと穏やかに笑みを浮かべる。
「そのまま、“アリシア”と名乗っていただいて構いませんよ」
「……えっ……?」
アリシアの唇が小さく震え、声にならない驚きが漏れた。
目を丸くしたまま、彼の言葉の意味を確かめるように瞬きをする。
「アリシア様は有名人ですから。あなた様のように――強く、気高く育ってほしいと、子どもにその名をつける方も多いのです。
ですから、名乗っていただいても、正体がそのまま露見することはないので、ご安心ください」
アリシアはそれを聞き、自分の名前が使われていることに嬉しくなり、顔を少し赤くする。
そして、にこやかに笑い、「わかりました」と明るく答える。
それを見たルシアスは、静かに頷き、
「では……いきますよ」
と短く告げて扉を押し開けた。
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