来訪者
「これで四件目か……何たることだ」
目の前の悲惨な光景。
それを前にして、キスレチン共和国最強にして治安維持最高責任者たるウフェナ・バルデスは頬を引きつらせる。
そう、そんな彼の眼前には半壊した地域開発庁舎が存在した。
「報告致します。つい先程、経済庁舎にも連中が姿を現した模様」
「なに? それでどうであった?」
「は、はい。事前に警備体制を強化していた結果、どうにか自爆前に取り押さえることができたとのこと」
ここまで駆けてきた為か、未だ呼吸の整わぬ報告者はどうにかその事実を伝える。
途端、ウフェナはわずかに胸をなでおろした。
「そうか……しかしこれほど多くの信徒たちがこの国に潜んでいたとはな」
「正直、未だ連中の全貌はわかりません。このままでは際限が無いようにも思われます」
「わかっている。だが今後のことは上が考えること。我らはこの街を、そしてこの国を守るために最善を尽くすのみ」
報告者の言に一理あると思いながらも、ウフェナは敢えて原則論をその口にする。そしてそのまま彼は一つの事実をその口にした。
「それにだ、後手になっていることは事実なれど、防衛計画事態は崩れてはいない。実際、建物の損壊はあれど、被害者はほとんど存在しないのだからな」
「結果論ですが、国際会議場の爆破事件で警備体制の増強と外出禁止令を出しておいたことが功を奏したようにも思えます。それにその後、意図的に国内警備に濃淡を付けたことを踏まえ、偶然にしては些か出来すぎのようにも感じます」
それは当然の疑問。
今回の自爆テロが開始された頃より、彼は一つの疑念を抱いていた。
それは政府主要施設の警備計画に意図的な穴を作り出し、眼前の地域開発庁舎のように敢えて警備を減らし内勤の人間を他部署へと短期移動を行っていた事実である。
それは国際会議場の爆破事件を理由として、続発するテロを警戒するが故になされたものであったが、結果として被害は極めて最低限となり、同時に姿を現した信徒たちの捕縛も予想よりも容易に行えてはいた。
いや、もっともそれでも後手に回っていることは事実ではあるが。
ともあれ、これらの結果は一つの疑念へと行き着く。
政府は今回のテロリストたちの蠢動を事前に察知していたのではないか。
また先日の国際会議場の爆破事件は、今回の事件を見据えて何らかの意図により引き起こされたものではないのかと。
そんな考えが脳裏に浮かぶと、彼はウフェナに向かい率直な問いかけを向けずにはいられなかった。
「それはわからぬ。ただ……ある男の影はちらつきはするがな」
「……ある男?」
思いがけぬウフェナの発言に、報告兵は眉間にシワを寄せる。
すると、そんな彼に向かいウフェナは、脳裏に浮かぶかつて正面から対峙した男のことを口にした。
「おそらくは……仮面の強者の仕業か。この手のことをさせればあの者以上のものはおらぬからな。いや、まあそんな事はどうでも良い。ともかく少しでも被害を抑えるため、連中の蠢動を取り押さえる。それこそが現場を担う我らの仕事であろうからな」
***
「奴をさすがと褒めるべきか、それともこの国にいながら奴に借りを作った我らを恥じるべきか……どう思うかね、カロウィン・クレフトバーグくん」
「さてどうでしょうか。すでに退役し民間人となった私にはその判断はしかねますな」
思わぬ形で呼び出されることとなった、元共和国軍統合参謀本部長カロウィン・クレフトバーグは、ぐるりとその場に居合わせた一同を見回し、そう告げる。そしてそのまま彼は、眼前のこの国の指導者に向かい、一つの問いかけを向けた。
「ともあれ、一民間人となった私がこのような場へと出席させられたのは、いかなる理由によるものですかな?」
「君が次なる選挙のための準備に勤しんでいることは理解している。だが今回はそんな君の力を借りたいのだ」
「それは私が野党である民主改革運動から出馬することを抑止する思惑のようにも感じますが」
どこか皮肉げな口調で、カロウィンは同盟派の党首でありこの国の大統領でもあるフェリアムへとそう言葉を返す。
だがそんな彼の発言を、フェリアムは軽く鼻で笑ってみせた。
「ふん、むしろ結果次第では我が党にとって君の起用は不利となる。だからこれは我が党の意見ではない」
「ではどなたの頭の中から出てきたお考えでしょうか?」
「俺だ、貴公を推薦したのはな」
それは思わぬ方向から向けられた声。
カロウィンがゆっくりとその声の方向へと視線を向けると、かつては何度も敵として対峙し、そして一度のみ味方として肩を並べたことのある男がそこに存在した。
「へぇ……なるほど。ノイン皇帝どのご推薦とは、これは流石に予想外ですな」
「西方の全戦力を糾合し、連中を叩き潰す。その指揮を取れるものなど、この国には貴公しかおらぬだろう」
視線と言葉を向けられたノインは、まっすぐにカロウィンを見つめながらそう言葉を向ける。
それに対しカロウィンは、軽く肩をすくめてみせた。
「まあこの国ならばそうかも知れませんね。ですが、貴方やカイラ王、それにエインス大公ならば不可能ではないかと思います。それに何より、より適任がいることをみなさまはご存知かと思いますが?」
「我らは駄目だ。我らが率いるならば、部隊の中枢を自国の兵にせねばならんだろう。他国の兵をすりつぶしたなどと要らぬ嫌疑を受けたくないのでな。それにあいつは何をしているかわからん。この事態を前に動いていることは確実だろうがな」
特定の人物を脳裏に浮かべながら、ノインははっきりとカロウィンに向かいそう告げる。
それに対しカロウィンは、苦笑を浮かべながらゆっくりとその口を開いた。
「ふむ、なるほど。まあ彼の代役ならば光栄と思うべきですかな。ともあれクレメア教と全面戦争となると、どこまでやるかが問題となるでしょうな」
「俺にしてみれば、全てのトルメニア人とクレメア教徒を捕縛してしまえば良いと思うが? いや、貴公らには自らの手足を縛る信仰の自由なるものがあるとは知っているがね」
帝国の全権を一人でにぎる男は、どこか皮肉げな口調でそうカロウィンたちへと言葉を向ける。
それに対しフェリアムは、カロウィンに代わって言葉を返した。
「ふん、言いたいことはわからぬもないが、トップが腐れば全てが腐る国家よりはましだろう。せいぜい貴公も自身が腐らぬようにすることだ」
「これはこれは、大統領に我が身の心配までして頂けるとはありがたい限りだ。ただいまは、それ以上に優先して心配することが貴公らにはあると思うがね。ともあれだ、どうするのだ、クレメア教徒を。この際、貴公の置き土産として思い切って――」
「少しお待ちいただけますかな、ノイン皇帝どの」
ノインの声を遮るかたちで、突然発せられた言葉。
それは会議室の入り口に立つ、一人の老人から発せられたものであった。
途端に、会議室内はざわめきが生まれる。
しかしながら老人の横に一人の青年が立っていることに気づいたノインは、すべてを察し突然その場にて笑い始めた。
「ははは、なるほど。フェルム、それがあいつの考えか」
「先生の考えかどうかわかりません。ですが、少なくとも猊下がこの地へ来られたことは、ご自身の意思によるものかと思います」
ノインの発言に応じる形で、フェルムはそう言葉を返す。
途端、フェリアムは驚きとともに両目を大きく見開く。
「猊下だと……まさかそちらのご老人は!?」
「クレメア教の総主教を務めておりますラムールと申します。さて少しばかりお時間を頂けますかな、皆々様」