テロリズム
「総主教猊下、市内に異変が発生いたしました!」
面談の場に突然飛び込んできた男。
それはつい先程、この部屋へとフェルムを案内したメルロー司祭に他ならなかった。
だが動揺を隠せぬ彼とは異なり、この部屋の主はわずかに顔をしかめるのみにて、冷静さを保ったまま詳細を求める。
「やはり動いたか……それで状況は?」
「無数の施設にて爆発が発生。どうやら少なからぬ信徒たちが犠牲となった模様です」
「そうか……やはりフェルム教授、貴公は遅かったようじゃな。いや、我らの方がより遅くはあったようだが」
その視線をフェルムへと向け直し、ラムールは自嘲気味にそう口にする。
一方、そんな彼の言葉に対し、フェルムは率直な問いを放った。
「どういうことでしょうか? 先程貴方はあのケティス枢機卿の名を口にされました。まさかこの事態は彼が引き起こしたというのですか?」
「ふむ、その推測は間違いではない。ただしより正確に言えば、行動を起こしたのはプレメンス派の者たちであろう」
「ご指摘のとおりです。プレメンス大司教たち過激派に付き従う者たちが、次々と自らの身体に爆薬を巻き付け事に及んだ模様」
メルローは未だ困惑を隠しきれぬものの、ラムールの問いかけに対し伝わったばかりの報告をそのままに行う。
それに対し、フェルムは思わず戸惑いの声を上げた。
「自らの身体に爆薬を巻き付けて……そんなことを……」
「いえ、確かに奴らならやりかねません。我らと袂をわかってより、そのような行為を行うことで天へ行けるのだと仄めかしているようですので」
わずかに冷静さを取り戻したメルローは、フェルムに対しそんな許しがたき事実を告げる。
すると、ラムールはどこか悲しげな表情で遠くを見つめながらその口を開いた。
「自爆テロ……か。そのようなこと、ゼス様が望んでおられたはずもないのにな」
ラムールのその言葉は重く、そして場は一瞬で沈黙が包み込んだ。
だがそんな空間において、最初に言葉を発したのはメルローであった。
「猊下、ただ幸いなことに彼の警告があったことで、事前に一部の者達の捕縛は成し得ております。最悪の事態は防げたかと」
「そうじゃな。その方は半信半疑であったようだが、やはり対策をうっておいて正解ではあった」
「いえ、申し訳ありません。どうしても彼の進言を受け入れるのは抵抗があり……」
苦い表情を浮かべながら、メルローはラムールに向かいそう告げる。
それに対しラムールは、すぐさま首を左右に振った。
「無理もない。だがそれでも最低限の対策が成し得たからこそ、早急に犯人の同定が行えたのだ。本来ならば身内の犯行であるからこそ、後手にまわっていたであろうからな」
「ただ彼らのシンパの大半は国を出たと思っておりましたが、まさかこれほど残存し潜伏しているとは……お恥ずかしながら想定外でした」
「やむを得ん。我らは信仰の徒であって、調査や疑いの為に生きるものではない。だが事ここに至り、私も例の地へと赴かねばならんだろう」
そう口にすると、ラムールはゆっくりと椅子から立ち上がる。
途端、そんな彼に向かいメルローが慌てて言葉を向けた。
「猊下……御身自らではなくとも、代理のものを遣わせれば」
「もはやそのような状況にないのだ、メルロー司祭。私が動かねばクレメア教の、そしてトルメニアの未来はなかろう。なればこそ、フェルム教授。少しばかり貴公に協力を願いたい」
立ち上がったままのラムールは、その視線をゆっくりとフェルムへと向ける。
フェルムは突然のことに戸惑い、そのまま言葉をラムールへと返した。
「協力……ですか」
「ああ、あの者は汝の来訪時にこの申し出をすることを提案してこの地を去った。残念ながら、あの者とともに歩むには、私は足手まといのようでな」
「なんというか、我が師が失礼を成したようで本当に申し訳ありません。僕でできることでしたら、何なりと」
脳裏に問題教師の顔を思い浮かべながら、軽い頭痛を覚えつつもフェルムはそう告げる。
すると、ラムールは一つうなずきそしてゆっくりとその口を開いた。
「感謝する、フェルム教授。ではお願いしよう、私の初めてとなる国外への旅の協力をな」
***
「それで本当にやるつもりなの?」
闇夜に紛れて動く二人組の男女。
その一方の男に対し、女性は呆れ気味にそう問いかける。
すると、男の方はため息交じりに言葉を返した。
「代わりに誰かがやってくれるなら、喜んで譲りたいところだけどね。残念ながら代わりがいない以上、仕方がないのさ」
「あの老人はやるつもりだったみたいだけど?」
つい先日邂逅した宗教団体の長。
その老人の顔を脳裏に浮かべながら、女性はそう言葉を向ける。
だが男性はすぐさま首を左右に振ってみせた。
「流石にあの人の手を汚させることはできないさ。宗教の長の手は汚れてはならないだろうからね」
「そう? でもケディスの手は汚れきっていると思うけど?」
「だから私達は、彼と向き合わなければならない。つまりはそういうことさ」
女性の言葉に対し、男性は端的にそう答える。
途端、女性はそんな男性の発言に不快感をあらわとした。
「私達と言われるのは心外ね。まったくなんで存在しない神のことで揉めるのかしら。バカバカしいことこの上ないわ」
「剣の巫女である君の言葉とは思えないな」
「その名は使わないで。もう関係のない話よ」
かつての肩書。
それを耳にするなり、女性は苛立ちを隠すことなくそう言い返す。
途端、男性は肩をすくめると、わずかばかり申し訳無さそうに言葉を紡ぎ出した。
「彼の国における認識は変わってないと思うけど……いや、失礼。別に君を揶揄するつもりは無い。それはあくまで君が決めることだからね」
それだけを口にすると男性は……ユイ・イスターツは前方にそびえ立つクロスベニア最大の宮殿へとその視界を向け直す。
「ともかくこちらは私が受け持つと決めた以上、今は仕事を優先するとしよう。それがラムールさんとそして彼との……そう、ゼスとの約束なのだからね」