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独立宣言

 西方会議。


 それはケルム帝国の膨張を阻止するため、西方主要国が共同で立ち上げる形となった同盟会議の別称と長く見做されていた。

 実際、この西方会議の存在故に、帝国の膨張速度は緩やかなものとなりクラリス王国への侵攻を契機とする新たな動乱の時までは有効に機能していたとも言える。

 だがしかし、既に帝国はかつての立ち位置になく、また同時に西方会議を主催していたキスレチン共和国もまたその国力を落としつつある。


 結果的に、対帝国を旗印として存在した西方会議はそのあり方を見直すべきという考え方が生まれ始めていた。


 そして西方会議の最終日、定例となった全国家参加の協定案の締結の時を持って、ついに歴史の新たな一ページが刻まれることとなる。


「それでは、今日この時を持ってオブザーバー参加を行っていた我が国が、この西方会議の一員となることで異存はありませんな」


 そう言葉を口にするとともに、一人の男はぐるりと周囲を見回す。


 ノイン・フォン・ケルム。

 魔法の消失により些か国力を低下させたものの、現在においても依然として大陸最大国家の一つと知られるケルム帝国現皇帝。


 そんな彼はどこか不敵な笑みを浮かべると、議長席に腰掛ける男のところでその視線を固定した。

 途端、議長席に座る男は眉間にシワを寄せながら、軽く鼻息を立ててみせた。


「ふん、もちろん異存はある。だが既に多数派工作がなされたあとだろう?」

「表現が些か直接的過ぎますな、大統領どの。いくら次の選挙の審判を受けないからって、それはマイナス点ではありませんかな」


 不機嫌さを顕とするフェリアムに対し、ノインは敢えてからかうかのような口調でそう言葉を向ける。

 すると、フェリアムはすぐさま彼に向かい、反論を口にした。


「最後まで帝国の策謀に政府は対抗しようとした。その形式を取るほうがまだマシなのでな。少なくとも、次の政権の為に必要なポーズくらいはとるさ」

「選挙のためのポーズ……か。まったく民主主義などと言うものが、いかにくだらぬ産物かわかると言うものだ」


 フェリアムの発言を、ノインは思わず鼻で笑う。

 だがしかしフェリアムは、そんな彼に向かい自らの見解を紡ぎ出した。


「貴国以外の方々の前で言いたくはないが、王や皇帝による専制政治に比べればまだましなだ。たとえその実態が、我らの国のような汚物の肥溜めであったとしてもな」

「見解の相違がありそうだな。いや、民主主義が汚物という点では一致するが」

「お二方ともそれくらいで如何でしょうか。もはや協定案の可決は決まっているのですから、このくらいで手を打つということで」


 この会議において最大の実力を持つ二カ国のやり取りを前に、一人の涼やかなる青年は両者を立てつつもそう言葉を差し挟む。

 途端、フェリアムはその青年に向かい一つの疑問を口にした。


「ラインドル王国としては、この決議に不満はないのかね?」

「不満……ですか。そうですね、現在のわが国の最大貿易相手国に対し、偉そうに反対を述べるほどの見解を残念ながら僕は有してはないですね。いえ、それを金魚のフンと呼ばれるなら、甘んじてお受けさせていただきますが」


 かつてとは異なり、一切気後れすることなくそう言い切ると、青年はフェリアムに向かいニコリと微笑む。

 そんな彼の成長を微笑ましく思いながらも、一切それを表情に出すことなくこの場の議長は皮肉を口にする。


「金魚のフンにしては、貴国はいささか強すぎるのではないかね。貴国の魔石研究は、我々の一歩先を行っている。まあすべては一人の教授の功績ではあるだろうが」

「もともとはその教授を輩出したのは奴の仕業……いや、我が妹の婿によるもの。この一事を考えても、我が国とラインドルの間に隙間風が吹くことなど無いだろうな」

「おや、ノイン皇帝どの。一体誰のことを言われているわけか分かりませんが、誤りのある発言はどうかと思います」


 これまで一切発言を行っていなかったとある国の女王は、事ここに居たり初めてその口を開く。

 だがそんな彼女に向かい、ノインはわずかに口元を歪めてみせた。


「ほう、相変わらずクラリス王国は彼を自分のものとしたいわけか」

「少なくとも、あなた達より我らのほうが関係性は確かですので」

「あのさ、どうでもいい話をいつまでもしてないで、さっさとこのくだらない議決を終わらせなよ。どうせ可決するんだから、これ以上だらだらやってもしょうがないだろ」


 その言葉が発せられると同時に、人々の視線が赤髪の女性へと集中する。

 だが彼女は一切気にする風もなく、ただただいつものように手元のスキットルを口元へと運んでみせた。


「前代未聞だ……まさか酒を飲みながら参加する国家指導者がいるとは」

「誰もやらないから代理やっているだけなものでね。だから好きにさせてもらうだけさ」


 呆れ果てるフェリアムに対し、赤髪の女性は当たり前のようにそう言い返す。

 途端、フェリアムは深い溜め息を吐き出すと、一同を見回しゆっくりとその口を開いた。


「やむをえぬ……それではここ場にて議決をとる。帝国の我ら西方会議への参加に関して――」

「た、大変です! 異変が、異変が起こりました!」


 会議室の中に突然飛び込んできたフェリアムの秘書官は、顔を青ざめさせながらそんなことを口走る。

 途端、ノインは先程までの笑みを表情から消し去ると、彼に向かい言葉を向けた。

「異変とはどういうことだ。また爆発でも生じたのかね」

「いえ、そうではありません。クロスベニアが……クロスベニア連合がクレメア教団の過激派に乗っ取られ独立宣言がなされました!」




***




「私が信徒の皆さんに提供できるもの、それは我が体に流れるこの血と、涙と汗、それ以外の何も存在しない。つまりそれは私のすべてだ。そう、我らが神が与えてくださったその全て、それを皆さんに捧げたいと思う。この新しき国の周囲には数限りない敵が、陰謀が、悪意が渦巻いている。そして我が国が掲げる正しき信仰はそれらにより叩き落とされようとしている。だがその上で私は皆さんに約束しよう。私は戦う。私は前へと進む、そして私は皆さんの心の中にしか存在しなくなったかつてのトルメニアを、そしてクレメア教を取り戻す。例えどんな犠牲を払おうと、どんな辛苦を味わおうと、私は彼らと戦う。彼らは知っている。我々正しき神の僕を駆逐しない限り、自らの未来はないのだと。奪うことだけが彼らのあり方であり、そしてそんな彼らに我々の信仰は引き裂かれてきた。だがもうそれは終わりにしよう。彼らに毅然と立ち向かい、そして天命を、この信仰を守るという天命を遂行しよう。そうすれば、たとえ皆さんの孫の時代が来ようと、孫の孫の時代が来ようと、永遠にこの祈りを、正しき信仰を人々は語り継ぐだろう。独立のために立ち上がったあの時代こそが、後世の歴史において最も激しく、最も苛烈で、そして最も眩い時代であったのだと。さあ我々は立ち上がるときだ。私は立つ。この信仰を守り抜くために。そしてみなさんもどうか立ち上がって欲しい。この正しきクレメア教の……そう正統クレメア教の未来の為に」


 その言葉とともに、見渡す限りの信者たちは一斉に拳を上方へと突き上げる。そして同時に、割れんばかりの歓声が一人の男へと降り注がれた。


 ケティス・エステハイム。


 そう、かつてキスレチン共和国の実質的指導者であり、クレメア教団最後の雄と呼ばれた男。

 彼は再び歴史の表舞台へとその姿を現す。


 この日この瞬間、西方史に残るクレメア教最大の動乱がその始まりの時を告げた。


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