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動乱の香り

「ではクルスターン司教、決起に際し支障はないということだな?」


 一人の初老の男が向けた声。

 それに対し、クルスターンと呼ばれた若き男は、顔を伏せながら震える声で報告を述べる


「は、はい、プレメンス大司教……偶然の爆発事故にて西方会議襲撃が失敗したことはまさに痛恨の極み。ですが、我らの聖戦に対し何ら掣肘を加えるものではありません」

「……ならば良かろう。しかしよりにもよって、暗殺用の魔石爆薬が設置直後に爆発するとはな」


 その言葉を吐き出した瞬間、プレメンスと呼ばれていた老人は深い溜め息を吐き出す。

 だがそんな彼に向かい、対側の席に腰掛けていた中年の男が、一つの疑念を向けてみせた。


「はたして本当に事故だったのでしょうか?」

「どういうことだヤーマン司教?」

 突如挟まれた声に対し、プレメンスは怪訝そうな表情を浮かべそう問いかける。

 すると、ヤーマンは静かにその視線をクルスターンへと向けた。


「実行部隊の中に、意図的に爆発させた者がいる……そんな可能性も否定できないのではないかと」

「馬鹿な! 我々の同志に、いや、我が配下に裏切り者がいるとおっしゃるのか!」

 憤りを顕にして、クルスターンはヤーマンに詰め寄りかける。

 だがそんな彼に向かい、ヤーマンは一切の動揺を見せることなく軽い口調で言葉を返す。


「あくまで可能性の話です。ですが、そんな都合よく偶然前日に爆発事故など起こるものでしょうか?」

「ヤーマン司教、君の言うことにも一理ある。しかしながら裏切り者の可能性は無いのではないかな。実際、現地の実行部隊はそのことごとくが連中に拿捕され裁判にかけられると聞く」

 クルスターンが感情のままに反論しかけるのを制したプレメンスは、冷静な口調で彼なりの見解を口にする。

 それに対し、ヤーマンもなるほどとばかりに一つ頷いた。


「ふむ……それはそうですね。問題は彼らが余計なことを話さなければ良いのですが」

「彼らは熱心な信徒であれども、それ以上ではない。使い捨ての駒にあの計画の意味などわかりはしません。それは余計な心配というものでしょう!」

「なるほど、それは失礼」

 感情を必死に抑えながら反論を口にしたクルスターンに対し、ヤーマンはもはや話はここまでとばかりに短くそう答える。


 司教同士の対立。

 それに僅かな苛立ちを覚えながらも、年長者であるプレメンスは最初に刃を向けたヤーマンに対し苦言を呈した。


「ヤーマン司教、今は我々の結束が何よりも大事なときだ。我々の同志の中に裏切り者がいるなどということは考えたくない。無駄な諍いを生む発言は控えてもらいたいな」

「そうですね、以後気をつけるとしましょう」


 全く反省する素振りは見えぬものの、ヤーマンはそれだけを口にするとそのまま目を閉じる。

 一方、そんなヤーマンを、プレメンスは今でも射殺さんばかりの視線で見つめ続けていた。


 プレメンスは内心、面倒さしか感じることはなかった。

 だがこの場において一度も発言していない最上位の存在をちらりと仰ぎ見ると、彼は改めて本題を切り出す。


「ともかく、予定外の事態こそ存在したが全ての準備は整った。忌むべき魔法がなくなったことこそ、我らが神、そしてゼス様から我々への合図と見るべきなのだ。そう、鉄と火薬を持って、西方に正しき教理の旗を立てる時」

「では事は予定通り開始させて頂きます」


 プレメンスの言葉を合図として、実行部隊を預かるクルスターンは確認の問いを向ける。

 それに対し、プレメンスは最奥の席に腰掛ける男に向かい、取り次ぐような形で最終確認を行った。



「うむ、もはや大陸西方に我らの決起を阻むものなどおらぬ……そうですな、教皇猊下」

「無論そのとおりです。ただしできるだけ流れる血の量は少なくせねばなりませんよ。それこそが我らが神の使徒であることの証明なのですから」





***


 宗教国家トルメニアの首都アンクワット。

 その中心地でもあり、最大の建築物でもある総主教館に一人の男が、正規の手順を持って来訪を行っていた。


「フェルム教授ですね。総主教館で取次を行っておりますメルローと申します」

「はじめまして、メルロー司祭。この度は総主教さまへの面会機会をいただき本当にありがとうございます」

「いえ、お気になさらずに。総主教猊下も快く許諾されましたので。もっともご出身のラインドルではなく、帝国ルートから面談の打診があった時は些か驚きはしました」


 軽い苦笑を浮かべながら、メルローと呼ばれた司祭はそう言葉を返す。

 途端、フェルムはやや申し訳無さそうな口調で、その理由を口にした。


「あ、いや、その……ラインドルの海はトルメニアとつながっていなかったもので」


 そう、この度の面談において、フェルムが頼ったのは皇帝ノインであった。

 もちろんそれは、正式国交がないトルメニアへと訪問するに当たり、実質的に中海を支配している帝国船の利用がもっとも有効だと判断したが故であった。


 思いがけぬフェルムからの依頼。

 それに対し、わずかばかり面識のあったノインは、一つの条件を飲ませた上で許可するに至る。


 もっともそれが故に、今回の訪問に若干異なる色を帯びたこともまた事実ではあったが。


「いえ、もちろん責めたりするつもりはありません。ですが、ある意味西方の縮図を見た思いでした。ともあれ、ご案内いたしますのでどうぞこちらへ」


 言葉とともに、メルローはフェルムを先導する形でゆっくりと歩みだす。

 そしてひときわ巨大で豪奢な扉を前にしたところで、彼はその足を止めた。


「猊下はこちらにてお待ちいたしております。どうぞ中へ」


 その言葉とともに、メルローは深々と頭を下げる。

 それを受け、フェルムはゆっくりと扉の奥へとその足を踏み入れた。


「遅かったのう、フェルム教授」


 まるで不意打ちのように、突然向けられた声。

 途端、フェルムはその視線を前方へと向けると、そこには人地の老人の姿が存在した。


「ラムール総主教ですか、時間通りのつもりでしたがお待たせいたしてしまいましたでしょうか?」

「ああ、数日ほど待たせて頂いたものじゃて」

「数日? どういうことでしょうか?」


 意味のわからぬラムールの発言に対し、フェルムは思わず眉間にシワを寄せる。

 だがそんなフェルムの反応をどこか慈しむかのように、ラムールは優しく彼に向かい微笑んでみせた。


「いや、貴公を責めるつもりはないのじゃ。貴公の遅着を詫びねばならぬものは他におるのでな」

「……まさか!?」


 不意に脳裏に一人の男の影がよぎり、フェルムは思わず目を見開く。

 すると、ラムールは一つ大きく頷き、彼に向かい更に言葉を続けてみせた。


「うむ、貴公への伝言を預かっておったのだが、残念ながらあの男の予想より数日ほど遅い。まあそれでも十分に立派なものじゃと思うがな」

「大陸最大の宗教団体の長を伝言係にするとは、相変わらず……それであの人はなんと?」


 どこか疲れたような思いを抱きつつ、フェルムは端的に目の前の老人に向かいそう問いかける。

 それに対しラムールは、どこか苦い口調でその言葉を紡ぎ出した。


「備えをせよとのことだ。もっともそれは我らに対しても向けられたものではあるがな」

「備え……ですか」

「そう、一人の危険な男が嵐を起こさんと準備を進めておる。それに備えよとあの男は言っておった」


 マナー知らずで要件だけを告げると、あっさりと立ち去っていった人物のことを思い起こしながら、ラムールはフェルムに向かいそう告げる。

 それに対し、フェルムはまっすぐに彼を見つめると、強い口調で問いかけた。 


「一人の男……ですか。それは一体?」

「面識があるかは知らぬ。だがお主もその存在は知っておるであろう。かつてのキスレチン共和国軍務大臣であり元クレメア教枢機卿……ケティス・エステハイムだよ」


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