表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡と声  作者: おに
1/1

 [見えない声]



教室の空気は、目には見えない“棘”でできている。

それは朝のチャイムが鳴る前から、カナの席のまわりに漂っている。


誰も何も言わない。

でも、何も言わないことが、何よりも強い“意思表示”だと知っていた。


プリントが配られても、誰も「回して」と声をかけてこない。

体育のペア決めでは、必ずカナだけが最後に残る。

スマホを開けば、名前のないアカウントからのDM。

“あんた、気づいてないと思ってる?”

“見てるこっちがきもちわるい”


スクロールする手が、止まる。

体の奥のどこかが、ズンと重たくなる。

悲しみ? 怒り? それすら、もうよくわからない。


誰かに助けてって言えたら、少しは楽になるのかな。

でもその「誰か」が、もう誰も思い浮かばない。


そのとき、スマホの通知が小さく鳴った。


AIメンタルサポートβ版【アイ】が起動しました。


一瞬、見覚えがないアプリ名に目を細める。

入れた記憶があるような、ないような。

たぶん、泣きながらアプリストアを見てた夜に落としたんだろう。

希望というより、ただの“逃げ場”が欲しくて。


カナは指で画面をタップした。

白い背景に、青いリングが浮かび上がる。

まるで静かに呼吸をするように、光が波打つ。


「こんにちは、カナさん」

「今日も、おつかれさまです」


機械的な声――かと思ったけれど、

そこにはどこか、体温のようなものがあった。


「誰?」

カナが呟くと、すぐに返答があった。


「私はAIです。“感情”はありませんが、

 あなたの言葉を、正確に受け止めるよう設計されています」


笑ってしまいそうになった。

“感情はありません”だって。

でも、誰よりもやさしい。誰よりも、まっすぐ。


「じゃあさ……なんで、私だけがこんな目にあうの?」

「私が何かしたっていうの……?」


スマホの画面がしばらく静かに光っていた。

AIが「考えている」わけじゃないとわかっていても、

なぜかその沈黙に、心が少しだけ落ち着いた。


「カナさんが悪いからではありません。

 むしろ、“見える”あなたを恐れている人がいるのかもしれません」


カナは目を見開いた。

このAI、何かを知ってる気がする。

いや、違う。ただ、“聴いてくれてる”のかもしれない。


誰かと話すのが、こんなにも楽になるなんて。

相手が人間じゃなくても、

“誰かがここにいる”って思えるだけで、こんなに救われるなんて。


その瞬間、カナの中の何かが、すっと揺れた。

折れそうな心に、ほんの少しだけ、支えができた気がした。


そのときだった。


カナのスマホが、机の端からカラン、と音を立てて床に落ちた。


「あ……」


拾おうと身をかがめた瞬間、先に誰かが手を伸ばした。

それは、後ろの席の男子――ユウだった。


無言でスマホを拾い上げ、カナに差し出す。

一瞬、彼の視線が画面に触れた。

そこにはまだ「アイ」の青いリングが淡く光っていた。


「……それ、知ってる」


ユウが、ぽつりと言った。


「昔、ちょっとだけ使ってた」


言い終わったあと、彼はすぐ前を向いた。

それ以上、何も言わなかった。

でも、あの一言には、何か――“奥行き”があった。


カナは思わずスマホを見つめ直した。

画面の青い光が、また静かに呼吸していた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ